第2章 大嫌いなアニメ声で、バ美肉します。
第6話 いざ、虹ハウスへ!
VTuberになる決意をした日の昼すぎ。
「ただいま」
母が帰ってきた。
緊張する。夢乃さんを紹介し、VTuberになることを説明しないといけないから。
後者については、西園寺さんが引き受けてくれる話なのだが。
仕事の都合で、西園寺さんはいったん引きあげて、まだ戻ってこない。
(どうしよう?)
考えがまとまる間もなく、リビングのドアが開いてしまう。
「あら、かわいいお客様がいらっしゃるのね」
母は夢乃さんにニッコリ微笑むと、僕に意味ありげな視線を向けてくる。
絶対に勘違いしてるし。
いよいよ困った。
「お邪魔しますわ」
なぜか、西園寺さんが後から入ってきた。
「お母さまとは下でバッタリ出会いましたの」
「西園寺さん、うちのお店にも来てくださるのよ」
「良いお店ですので、知り合いの社長さんをお連れすると喜びますの」
なんと、世の中は狭かった。
母の準備が終わるのを待って、西園寺さんが僕の件について説明を始めた。
虹の橋学園への転入と、VTuberになる話の後。
「なお、
もうひとつの確認事項も切り出した。
事前に話を聞いていて、一番の懸念材料だったが。
「甘音、チャンスだよ。やってみれば」
親子2人暮らしなのに、母はまったく気にしてないようだった。
「あっさりと決めていいの?」
「いまの甘音、良い顔してるから」
母の言葉が胸に染みた。
「それに、
「……ありがとう。僕、もう一度やってみる」
というわけで、快く送り出された。
最低限の着替えと、ノートPCを持って家を出る。
西園寺さんは車で来ていた。しかも、黒塗りの高級車である。
僕は夢乃さんに続いて、後部座席に乗り込む。
「甘音ちゃん、ビンビンにならなくていいのに」
夢乃さんが微笑む。
「高級車に慣れてないだけだから」
「猪熊さん、リラックスしてくださいましね」
運転席の西園寺さんは、ちょうどシートベルトをかけるところだった。
こちらを振り向いた若き理事長。豊かすぎる谷間にシートベルトがめり込んでいる。
(余計に緊張するんですけど⁉)
童貞を刺激しないでください。
そう言えたら、楽だったのに。
密室に美女と美少女。しかも、ふたりとも巨乳。
気が気でないので、外の景色を眺めていると。
「猪熊さん、着きましたわ」
5分も経たないうちに、車が止まった。
「ふぇっ? もうですか」
「本日13回目の『ふぇっ』をいただきました。あたし、昇天しちゃった!」
夢乃さんは大興奮だった。
僕は苦笑しながら、車を降りる。
数年前にできた大きな商業ビルの前だった。高層ビルで、上の階はタワーマンションだったはず。
僕たちのところに壮年の男性がやってくる。
「理事長、お車を移動します」
「よろしくお願いしますわ」
20代半ばの美女理事長は、本物のセレブでした。
理事長に案内され、ビルに入る。
「我が校は通信制ですので、校舎はありませんの。ここのオフィス棟を借りて、職員が働いておりますの」
「そ、そうなんですか」
「なお、通信といっても、VRで行いますから」
僕の知る学校とは全然ちがう。
「学校生活だけでしたら、寮までは不要なのですが、ごめんなさいね」
「ん。VTuberやるなら、虹ハウスにいた方が便利」
虹ハウスに聞き覚えがあったので、引っかかった。
質問は後でするとして、理事長に返事をしよう。
「夢乃さんの言うとおりです。うち、防音設備もないので、むしろ助かります」
「うふっ、そう言ってくださるとうれしいですわ」
通信制の高校なのに寮に入ったのは、VTuberのためである。
環境の整った部屋を用意くださるというので、ありがたいかぎり。
西園寺理事長に案内され、エレベータに乗る。
西園寺さんは11階と、30階のボタンを押す。
(なぜ、2つ?)
「わたくしは学校に戻りますわ。詩楽ちゃん、猪熊さんを寮に案内してさしあげて」
「ん。ホントに例のプランを実行していいのね?」
「承認はするわ。ただし、間違いは起こさないこと」
「ん。あたし、クソババアとはちがうから」
夢乃さんは口を尖らせる。
西園寺さんも困ったように微笑んでいた。
気まずい空気のまま、11階で西園寺さんが降りていく。
「では、失礼しますね。今後ともよろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそ、いろいろありがとうございます」
エレベータのドアが閉まったとたん。
「甘音ちゃんは奏じゃなく、あたしだけを愛していればいいの」
夢乃さんの攻撃対象が僕になった。
「奏は爆乳だけど、あたしも胸には自信あるんだから」
僕たち以外に誰もいなくて助かった。
「す、すいません」
とりあえず、謝ってみたものの、不機嫌そう。
「僕、夢乃さんの胸もキレイだと思うよ」
「甘音ちゃんのエッチ。でも、甘音ちゃんは実質女子だからセーフ」
ゴツい僕に意外な言葉である。
そうこうしているうちに、エレベータが到着する。
「この階には、レインボウコネクトのメンバーが住んでるの。いわば、みんなの寮ね。通称、虹ハウスだから」
虹ハウスについては、
とあるマンションの1階に数人のVTuberが住んでいて、虹ハウスと呼んでいるのだ。家が近いのを利用し、オフコラボも盛んに行われている。
いざ虹ハウスを目の当たりにして、豪華さに驚く。
「ネット環境も安心して。VTuberが何人も住んでるのに、夜でもグルグルしないから」
グルグルとは、ワイチューブが重いときに発生する現象だ。ロード中の表示がグルグルと回って、映像や声が途切れてしまう。ひどいときには配信すらできなくなる。
「ん。着いた。この部屋だから」
「ここが僕の部屋?」
「そう。あたしたちの愛の巣よ」
(きっと、冗談だよね?)
と思ったが、夢乃さんが玄関を開けたとたんに違和感を覚えた。
(女物の靴があるじゃん⁉)
「この靴は、前の人の忘れ物かな?」
「……甘音ちゃん、イミフ」
夢乃さんは小首をかしげる。
「とにかく、入って」
疑問に思っても、僕にはどうしようもできない。
指示に従って、靴を脱ぐ。
リビングに入る。
ダイニングテーブルや、冷蔵庫、ソファ、テレビなどが備わっているのは、まだいい。家具付きと聞いているし。
テーブルの上に食べ終わったヨーグルトのカップがあるのは……?
さすがに放っておけない。
僕はヨーグルトの容器を指さして、聞く。
「……これ、誰か住んでるよね?」
「甘音ちゃん、あたしが口をつけたスプーンを舐めたいの?」
(おまえのか⁉)
叫びたくなるのをこらえた。
メンタル弱い子なので、優しく言おう。
「ここ、夢乃さんの部屋だよね?」
「そう。そして、甘音ちゃんの部屋でもある」
「ふぇっ⁉」
またしても、驚いてしまった。
夢乃さんがとろけそうな顔をするが、見なかったフリをする。
「夢乃さん、冗談だよね?」
「マジマジ。ちな、マジ卍は死語だから」
いくらなんでも、同じ年の女子と同居なんて。
さすがに、夢乃さんの勘違いだろう。
いきなりで悪いけど、西園寺さんに連絡しよう。
と思っていたら、僕のスマホが鳴った。西園寺さんからのLIMEだった。
『詩楽ちゃんを同じ部屋に住んで、見守ってくださいませんか?』
なんと理事長公認だったらしい。
「ごめん、夢乃さん疑って」
とりあえず、夢乃さんには謝ったのはいいものの。
(マジでどうしよう?)
男女の同居は一般的には望ましくない。
しかし、夢乃さんは飛び降り未遂をしたわけで。
放っておけない。
「マジで僕と同居していいんだね?」
「あたしは甘音ちゃんがいいの」
はかなげな微笑は小動物のよう。保護欲をかき立てられる。
誰かに強く求められたのも初めてで、守ってあげたくなる。
「わかった。家事とかも僕がするから」
部屋の様子からして、生活能力がなさそうだし。
高級マンションに格安の料金で住まわせてもらうんだ。家事ぐらい引き受けよう。
「甘音ちゃん、良いお嫁さんになる」
「……お嫁さんなんだ」
「ん。じゃあ、お嫁さんの部屋に案内するから」
夢乃さんに先導され、リビングに隣接した部屋に入る。
ベッドや机、本棚といった一般的な家具に加えて。
床には――。
赤や白、黄色、ピンク、紫などのカラフルな布が何十枚もありました。
「あたしの下着がほしいの?」
僕は卒倒しかけた。
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