第5話 僕がVTuberって、マ?

「夢乃さんが萌黄あかつきちゃんって、マ?」

「もっちろん」


 夢乃さんが銀髪をかき上げる。


 すると、一瞬で、顔つきが引き締まって。

 なのに、笑顔で。

 アイドルばりのオーラを全身から放って。


「魔法少女萌黄あかつき。いざ参上!」


 萌黄あかつきちゃんの決め台詞を叫んだ。

 昨夜、僕が彼女に初めて声をかけたときと同じセリフである。


「うん、本物だな」


 迷うことなく僕がうなずく。

 声が似ているのもあるが、僕のとある過去が告げているのだ。


「……あっさり信じていいの?」

「僕が1日どれぐらい、あかつきちゃんの動画を見てると思う?」


 知り合ったばかりの子に、諦めた夢を話しても仕方がない。

 声を中心に語ることにした。

 

「あたしの配信を全部見てるとして、4時間ぐらい?」

「4時間なんて少なすぎる」

「は、はあ」

「僕、学校行ってないんだよ。あかつきちゃんの配信をずっと見てるから。勉強しながらや、寝てるときも含めたら、1日22時間ぐらいかな」

「……甘音ちゃん、人間やめてるの?」


 しまった。推しに引かれた。


「キモくてすいません」

「ううん、うれしいんだけど……推し事は生活に影響ない範囲でね」


 推しに心配されて、泣きたくなる。

 けれど、長時間の活動といえば。


「先日、Opax-Legendaryの大会があったとき、あかつきちゃんは1日16時間配信してたよね?」


 萌黄あかつきちゃんもかなりの長時間配信者だ。

 なお、Opax-Legendaryはバトルロイヤルゲームのタイトルであり、多くのVTuberが実況配信をしている。


「それは当たり前。世界ランカーを目指すなら、敵はゲームに人生を賭けた猛者ばかり。あたしもゲーム配信を仕事にしているし、負けてられないの。だったら、徹底的にやるまで」


 夢乃さん、いや、萌黄あかつきちゃんは鼻息を荒くする。


「詩楽ちゃん。たった10日前に倒れたのは誰ですの?」

「うっ」


 事務所のオーナーに睨まれて、さすがのあかつきちゃんも舌を出す。


 あかつきちゃんが10日も配信を休んでいるのは、体調崩したせいだったのか。

 それにくわえ、昨日の件もある。


「僕、あかつきちゃんの姿に感動したから。貧乏人だから、少ないけど人生初ウルチャを送らせてもらったんだ」

「ありがとう。でも、ウルチャのご利用は計画的に」


『ウルチャ』は『ウルトラチャット』の略で、動画サイトワイチューブにおける投げ銭のことだ。


 さっきから、夢乃さんの配慮を感じる。

(優しい子なんだな)


「心の中では、ウルチャを100億円送ってるからね」

「……甘音ちゃんの愛が重たくて、うれし恥ずかしい」


 あかつきちゃん、配信本編後のウルチャを読むときにも、熱いメッセージだと恥ずかしがることがある。

 キャラを作っているとはいえ、夢乃さんにあかつきちゃんを重ねてしまう。


「僕、あかつきちゃんガチ恋勢だから、無理してほしくないんだよね」

「だそうですわよ、詩楽ちゃん」

「甘音ちゃんに言われたんだったら、気をつける」


 お偉い人より僕を大事にする夢乃さん強キャラだ。


「ところで、おふたりさん。話を戻していいかしら?」


 西園寺さんはため息を吐いたあと、僕を見て微笑む。


「詩楽ちゃん、あなたは猪熊さんと一緒にVTuberをしたいのかしら?」

「ん。甘音ちゃんは癒やし。1メートル以内に甘音ちゃんがいると、メンタルが安定するの」


 夢乃さんは言い切る。

 僕は恥ずかしさをこらえて、聞いてみた。


「夢乃さん、なんで僕なの?」

「……一耳惚れしたから」


 昨日も言われた、一耳惚れである。


「ふたりとも、一耳惚れとは、どういうことかしら?」


 優しいお姉さんと思っていたのに、威圧感がハンパない。

 若くして、理事長や会社のオーナーをしている人だ。包容力だけの人ではないのだろう。


 僕は橋での出来事を西園寺さんに説明する。

 夢乃さんが飛び降りようとしていた件は黙っておく。必要があれば、夢乃さんが言うと思ったから。


「ん。甘音ちゃん、声がかわいすぎて、あたし、一耳惚れしたの」


 夢乃さんが上目遣いで僕を見た。破壊力抜群である。

 萌黄あかつきちゃんに言われているので、たまらない。


「猪熊さんの声、たしかに美しいですものね」


 VTuber事務所のオーナーに大嫌いな声を褒められて、複雑な気分だ。


「甘音ちゃん、オーディション合格だよ」

「えっ?」

「あたしが合格にしたの。だから、甘音ちゃんもVTuberデビューしよう」


 夢乃さん。さも確定事項とでも言わんばかりの態度である。


「詩楽ちゃん、あなたに決定権はありまして?」

「……ダメ?」


 ねだる夢乃さんがかわいすぎる。


「猪熊さんの声には人を惹きつける魅力がありますわ。声だけでしたら、合格でいいでしょう」


 運営のトップに認められて、こそばゆい。


「ですが、猪熊さんの意思を聞いておりませんわ?」

「条件とかありますか?」

「虹の橋学園に転入して、学業と両立してくださいね」

「どうせ今の学校にも行ってませんし、問題ないと思います」

「もちろん、保護者の許可が必要でしてよ。わたくしから説明しますわ」


 それは助かった。


「あと、うちは貧乏なので、機材とか買うお金がないんです」

「ご心配なさらず。収益化して、軌道に乗るまでの費用は運営が持ちますわ」

「おおっ!」


 企業勢VTuberが高い機材を自腹で買っていると聞いていて、お金が心配だった。

 ずいぶん太っ腹な運営らしい。


「あと、もうひとつあります」

「なにかしら?」

「僕の声で男性VTuberをしても……」

「甘音ちゃん、ふざけてるの?」


 夢乃さんにバッサリ。


「甘音ちゃんは女の子になるの」


(やっぱ、そうだよな)


 僕は美少女のアバターで、女子になりきる。

 いわゆる、バーチャル美少女受肉バ美肉だ。


「VTuberはリアルじゃない。演者の人格とアバターを切り離せるから、陰キャなあたしでもやっていられるの」


 夢乃さんの言葉が胸に刺さる。


 僕は格闘技系の外見と、声変わりもしない甘いアニメ声。

 見た目と、声、性格のギャップをバカにされ、苦しんだ。夢を捨てた。


 不一致な僕でも、VTuberなら問題はない。


「わかりました。僕、やってみます」


 覚悟を決めると、夢乃さんが僕の手を握ってきた。

 彼女の手は熱を帯びていた。


「もう離さないから」

「夢乃さん、一緒にVTuberやろう」


 胸の奥がじわりと熱くなる。


 偶然、橋で夢乃さんを見かけて。

 たまたま、僕の声を夢乃さんに気に入ってもらえて。

 まさか、夢乃さんが推しのVTuberで。

 運良く、西園寺さんのサポートもあって。


 きっかけは、大嫌いだった僕の声が、人を救ったこと。

 1年まえ、声が原因で可能性が閉ざされてしまったのに。

 声のおかげで、あらたな道が示された。


「あたし、甘音ちゃんとコラボしたい」


(推しに勧誘される日が来るとは!)

 天にも昇りたい気分だった。


「あかつきちゃんしか勝たん」

「よしよし、いい子、いい子」


 夢乃さんに頭を撫でられる。

 ふんわりした香りが心地よかった。


 と同時に、夢乃詩楽という少女と、萌黄あかつきというVTuberにアンバランスさも感じた。


 昨夜。夢乃さんが橋から飛び降りようとした原因はわからない。

 しかし、僕は彼女を見捨てておけない。

 これからは、これまで以上に。


「夢乃さんこそ、いい子なんだから~」


 真面目な決意とは裏腹に、軽さを装って、夢乃さんの銀髪を撫でる。


「ひゃぅうん❤ 甘音ちゃん、うますぎ」


 夢乃さんが腰砕けになり、西園寺さんが苦笑いを浮かべる。

 僕は慌てて夢乃さんから距離を取った。


 窓の外では太陽が明るい光を放っていた。

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