第4話 推しの運営には秘密がある?

「僕に夢乃さんと同じ学校に転校しろと?」

「もちろん、それなりのお礼はさせていただきますわ」


 西園寺さんはカバンから札束を取り出した


「ぶはぁっ!」

「……少ないですか?」

「そうじゃありませんから」


 西園寺さん、優しそうでいて、ぶっとんでいる。


「猪熊さんなら、詩楽さんを救えると見込んでいたのですが、残念ですわ」


 若い理事長の言葉が胸に染みた。


「すいません。僕、不登校なんです」


 正直に打ち明けると、西園寺さんは柔らかな笑みを浮かべた。

 暗い気分になりかけたが、爆乳美女に癒やされる。


「ご安心ください」

「どういうことですか?」

「虹の橋学園は通信制の高校です。病気やいじめ、集団生活に合わないなどの理由で不登校だった生徒も多くいます」

「ん。あたしも中学はほとんど行ってなかったし」


 夢乃さんが胸を張って答える。

(変なところに自信があるんだね)


「虹の橋学園はでない生徒たちが、明るい未来を掴むきっかけとなる橋となりたい。そんな思いから設立した学園です」

「なら、僕みたいな人間も受け入れてくださるんですか?」


 意地が悪いと思ったが、聞いてしまった。

 しかし、西園寺さんは動じることなく、僕に微笑を向けたまま。

 同じ笑顔でも、僕を嘲笑してきた人たちとは似ても似つかなかった。


「僕、いかにも格闘技してそうな外見じゃないですか?」

「甘音ちゃん、体格は柔道部っぽいけど、顔はかわいいよ」


 夢乃さん、自己肯定感は低いのに、僕を全力で肯定してくる。


「なのに、高校生になっても声変わりもしないんです。アニメ声ですし。外見とのギャップがハンパないですよね」


 僕の口から乾いた笑みがこぼれる。


「周りに『声だけは萌えるけど、キモい』とか笑われて、学校に行くのが嫌になったんです」

「それは、おつらかったでしょうね」


 西園寺さんの寄り添い感が半端ない。


「よしよし、いい子、いい子。お姉さんの胸で泣いていいでちゅよ」


(マジですか⁉)


 テーブルの上にドカンと置かれたメロンを一瞥する。

 ゴクリと唾を飲んでしまった。


「詩楽ちゃん、わたくしの真似かしら? あなたにしては演技が中途半端ですわね」

「ちぇっ」


 夢乃さんの仕業だったらしい。


「猪熊さん、お詫びしますね」

「いえ、お気遣いなく」

「もし、我が校に入っていただければ、全力で支援しますわ」


 美人理事長が聖女すぎて、心が傾く。


(どうせ、不登校だし、問題ないよな)


 決意しかけたところで、ふと写真立てが目に入った。

 僕が小学生のときに、母と撮った写真である。


「でも、僕、母を喜ばせたくて、今の進学校に入学したんです」


 7歳のときに両親が離婚して以来、母は女手ひとつで僕を育ててくれた。


 僕は母に楽をさせてあげたくて、中学時代にある夢があった。

 もうちょっとで夢が実現する。そう思ったときに、諸事情で諦めて。

 夢が破れた僕は、受験勉強をがんばって、今の進学校に入学した。


 西園寺さんの誘いに乗ることは、今の学校から逃げるんじゃ。

 夢から逃げ、学校から逃げ。

 逃げてしまったら、母に迷惑をかける気がする。


 迷っていたら、夢乃さんが得意げな顔をして、言う。


「うちの学校、萌黄あかつきがいるよ」

「ふぇっ⁉」


 とっさに叫んでしまった。

 西園寺さんも目を見開く。


「詩楽ちゃん、自分がなにを言っているか理解してまして?」

「ん。奏に言われるまでもない」


 夢乃さん、自分の学校の理事長を堂々と呼び捨てするから、大物だ。

 そもそも、夢乃さんのために、理事長が名古屋から朝一で駆けつけている。

 ふたりの関係は、謎だ。


「あたし、甘音ちゃんには才能があると思う」


(えっ、僕に?)

 なんのことかわからず、僕は首をひねる。


「なら、わたくしから猪熊さんに事情を説明しますわね」


 若き理事長は息を深く吸う。ふたつの風船が膨らんだ。風船乳ですね。


「じつは、レインボウコネクト所属のVTuberは我が校の生徒たちですの」

「は、はい?」


 あまりのことに耳を疑った。

 萌黄あかつきが所属するレインボウコネクト。

 萌黄あかつきと、さくらアモーレはチャンネル登録者数100万人を超えている。その他にも、人気VTuberを抱えている。


 大手事務所のVTuberたちが僕と同世代だったなんて。


「ちなみに、わたくしが運営会社のトップですのよ」


 さらにびっくりさせられた。


「でも、社長のインタビューを読んだことありますけど、30代半ばの男性でしたよ」

「ん。PANDAAAAのおっさんね」


 所属VTuberからPANDAAAAAと呼ばれて、ネタにされている名物社長だ。

 西園寺さんという20代の爆乳美人がいるんだったら、普通は美人社長が話題になるはず。


「わたくしは社長ではなく、筆頭株主オーナーですの」

「オーナー?」

「ええ。虹の橋学園の理事長だけでなく、複数の会社を持っておりますの。すべての会社の社長は務まりませんわ。そこで、レインボウコネクトの社長は彼に任せておりますの」


 大手VTuber事務所の秘密を知ってしまった。


「ところで、レインボウコネクトのVTuberが高校生というのは……?」

「先ほども申しましたが、我が校にはではない生徒が多くおりますの」


 一瞬で他人事でなくなった。


「3年ほど前。学校を設立して、数ヶ月後。生徒たちがつぎつぎと、歌や絵、小説などのクリエイターで活躍し始めましたの」

「へぇー」

「偶然にしてはできすぎた人数でしたの。もしかしたら、生徒たちは世の中ではうまくやっていけなくても、特別な才能があるのかもしれないと感じましたわ」


 理事長の瞳はどこまでもまっすぐだった。


「そこで、我が校ではクリエイターの支援をすることになりました」


 そのとき、ふと思った。


「もしかして?」

「ええ。VTuberもおりましたわ。VTuberは演者だけでなく、動画クリエイター、イラスト、モデリング、エンジニア、音響、企画系はシナリオも。さまざまなクリエイターが必要ですの」

「そうみたいですね」

「生徒たちの未来につなげる意味でも、我が校の理念にふさわしいですの。そこで、わたくしはレインボウコネクトを立ち上げ、VTuberを支援することにしましたわ」


 人気VTuber事務所の裏話第二弾である。


「結果として、生徒たちは自分の仕事が世の中で認められて、自信を取り戻していきましたの」


 今の話を聞いて、完全に気持ちが傾いていた。

 虹の橋学園なら、一度は捨てた夢を叶えられるかもしれない。

 そう思った矢先のことだった――。


「甘音ちゃん、あたしと一緒にVTuberをやってよ」


 理解できなかった。

(絶対に聞き間違えだよな?)


 夢乃さんの声が萌黄あかつきちゃんに似ているから、勝手に思い込んだ可能性もある?

 夢かもしれない。ベタだけど、頬でも叩いておくか。


「そこまで、彼を気に入ったのね?」

「うみゅ。あたし甘音ちゃんがいなかったら、VTuberを続けられない」


(ん?)

 ペシペシしたのに、まだ夢乃さんは自分をVTuberだと言い張っている。


「……過労で倒れて10日も休んだ子に言われると、無視できませんわね」


(なんですって?)


 西園寺さんが真面目な顔で言っているわけで、ウソとは思えない。

 しかも、『10日も休んだ』が、どうしても引っかかる。


 僕、大変な勘違いをしていたかも。


 夢乃さんは萌黄あかつきちゃんに声がそっくり。

 虹の橋学園には、萌黄あかつきちゃんがいる。

 レインボウコネクトのオーナーでもある西園寺さんが、夢乃さんを妙に気にかけている。

 夢乃さんは変わっているけれど、大物の雰囲気が漂っている。


 これらの点を総合的に考えるなら――。


「あたし、萌黄あかつきは甘音ちゃんと一緒にVTuberをしたいの!」


 夢乃さんが萌黄あかつきちゃんボイスで叫ぶ。 


「ふぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっ‼」


 予想が的中したことに、驚きを隠せなかった。

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