第91話 トレンド入り

 僕のカノジョのスリーサイズが全世界に公開された事件の1時間後。

 詩楽が落ち着いた頃合いを見計らって、僕はリビングに行く。


 詩楽はソファにもたれかかっていた。

 銀髪は湿っている。風呂上がりらしい。

 普段だったら艶めかしい色香を放っているのに、今日に限っては生気がなかった。


「僕でよかったら、話聞くよ」

「ん、甘音ちゃんにしか話せない」

「……」

「世界中の人にスリーサイズを教えるなんて、あたし、ポンすぎ。勢いで入力するなんてありえない」

「そもそも、スリーサイズが必要なゲームなんて……」

「あれはまあ、ゲームの悪ノリみたいなもん」

「ふーん」


 ゲームに突っ込んで気を逸らそうと思ったけれど、本人はゲームだから仕方ないと考えているようだ。


 作戦を変更しよう。

 詩楽の羞恥心を僕も一緒に味わうことにした。


「僕が詩楽の立場でも、穴があったら入りたくなるな」

「全世界の人間が甘音ちゃんみたいだったらいいのに」

「それは大げさだな」

「本当だもん」


 真剣な目だった。


「なんで、人間って他人をバカにするのかしら」

「うーん、難しい問題だね」

「ん。いくらVTuberは芸人枠だからって、言っていいことと悪いことがあるのに」


 自分のミスを恥じる態度から一転、他人を恨むような口調になった。


 日常的にポンコツぶりを発揮している萌黄あかつきさん。最近はネタになる系のやらかしにも、笑って対処できるようになっていたのに。


「バレた以外にも、嫌なことがあったのか?」

「甘音ちゃん、鋭い」


 詩楽みたいな子と半年以上も暮らしているんだ。

 最近はメンタルが安定してきたとはいえ、美咲さんのときの件もある。

 常に観察して、少しでも不安があれば、解消しておきたい。


「詩楽が好きだから、よく見てるんだよ」

「甘音ちゃん、あたしのこと好きすぎ」


 詩楽はクスッと笑う。


「もしかして、あたしのストーカー?」

「ストーカーっていうより、保護対象なんだけど」

「あたし、子どもなの⁉」

「88は子どもじゃないと思うけど」

「甘音ちゃんのエッチ……でも、エッチな甘音ちゃんもちゅき」


 彼女はデレた後。


「ありがと。冗談のおかげで気が楽になった」


 真顔になった。


「それで、なにがあったの?」

「……誹謗中傷」

「えっ!」

「まあ、あたしたち、よくあるじゃない?」

「そうだな」


 僕もアンチに叩かれたことは何度もある。相手にするだけ時間の無駄なので、無視しているけれど。


「配信が終わってからエゴサしたの。案の定、例の事件で盛り上がってた。『88』がトリッターのトレンドに入っていたし」

「そんなに⁉」


 詩楽がスマホを見せてくる。


『BMIからの体重バレとちがって、完全に自爆して草生える』

『88の女、あいかわらずのポンだな』

『魔法少女はポンでもなれる』


「このくらいは気にしないんだけど」


 今ぐらいの投稿でも、ファンが親しみを込めたものと、ファンでもない人がバカにしたものに分かれる。


 感想を書くのにもスキルはいる。むしろ、『面白いです』ぐらいなシンプルな方が個人的には好きだ。書く方も楽だし、読む側が誤解する余地も少ない。


 さらに、詩楽がスマホを見せてくる。


『いや、あかつきの魂、実際は貧乳かもしれんぞ。ガワに合わせて、巨乳のフリして書いたとか』

『魂が巨乳を羨んでたんじゃねえの。想像妊娠ならぬ、想像巨乳ってか。残念すぎるやろ』


 ここまでくると、あきらかに文章力の問題ではない。

 あかつきさんをバカにしたいか、貶めたいか。なんらかの悪意が働いていると思われる。


 さらには。


『大きな胸囲を公衆の面前で晒すとは、彼女は名誉男性なのだろうか? じつに、けしからん』

『この女は男に媚びを売ろうとデタラメを言っている』

『大きな胸の女が、アニメみたいなキモいキャラで活動してるの、恥ずかしくないのかな』


 思わず言葉を失う。

 さっきからの詩楽の態度にも納得がいった。


「あたし、好きで活動してるんだけどね」

「詩楽……」

「あたし、男を喜ばせるために巨乳になったわけじゃないよ」

「発育は自分の意思とは関係ないもんな」


 詩楽はうなずく。


「大変な人たちに目をつけられたな」

「ん。反論はできないし、無視するにもつらすぎる」


 最悪なことに、一部の投稿は詩楽の地雷を踏み抜いている。『男に媚びを売る』は、詩楽にとって母親を思わせる言葉だ。彼女が傷つくのも無理はない。


 詩楽が言うとおり反論はできない。

 かといって、有名税だから泣き寝入りするのもちがう。


 内心では僕も怒っている。カノジョを傷つけた落とし前をつけたい。

 けれど、感情的に行動しても、戦争がエスカレートするだけだ。

 それに、詩楽を守れるのは僕だけ。僕が冷静でいないと。


 僕は深呼吸して、気持ちを落ち着ける。


「この件、僕から理事長に報告しておくよ」

「助かる」

「気にしないで」


 いまも理事長には詩楽の様子を定期報告している。そのために、同居を認めてもらっているわけだし。


「ま、変に燃やされないように祈るしかないよね」

「そうだな」


 ふたりして、ため息がこぼれる。

 現実的な対処が終わっても、詩楽の顔色は晴れない。

 簡単に割り切れたら、苦労はいらないのだろう。


「詩楽、今夜は僕の胸を貸すから」

「ん。甘音ちゃん、抱っこして」


 詩楽さんをお姫さま抱っこする。

 そのまま、僕の部屋に行き、彼女をベッドに寝かせた。


「ふー、甘音ちゃんの胸板、たくましい」

(88さまも柔らかいよ)


 セクハラになるので、脳内で留めておく。


「今日は疲れたでしょ?」


 後輩に指導したり、配信で事故ったり。


「ん。ストレスがマジでハンパない」

「……じゃあ、明日、デートしよっか?」

「やったぁぁ」


 詩楽が僕の胸板に頬を擦り付けてくる。

 僕の下腹部に押し当てられた双丘が形を変える。


「よしよし、いい子、いい子」


 僕は詩楽の銀髪を撫でる。


「今日は髪撫でASMRをお送りします」

「最高すぐる」


 詩楽が眠りにつくまで、僕はASMRを続けた。

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