第13話 【Opax】金曜夜に戦いまくる!【萌黄あかつき/虹】

 女子の部屋に初めて入って、緊張していたら。


「とりま、ベッドに座って」

「なっ⁉」


 さすがに難易度が高すぎる。


「時間もない」


 時刻は午後5時55分。萌黄あかつきちゃんの配信は6時から。

 僕が戸惑って、貴重な時間を無駄にしたくない。


「じゃ、じゃあ、お邪魔します」

「本当はサムネ作りも見てほしかったけど、もう終わってるから」


 詩楽はマイクに向けて何かしゃべっていた。


 マイクとPCの間には、よくわからない機材が2台接続されている。

 モニターも3台。タワー型のゴツいPCは7色に光っている。


「配信前に機材のテストもする。本当はもう終わっているけど、最後にやってみた。ちなみに、マイクがつながっている機械はオーディオインターフェース。1台でもいいんだけど、ウシお姉さんに見てもらったら、2台通した方が良いって言われたの。たしかに、2台にしたら音質が上がったし」

「は、はあ」

「あたしはASMRはしないから、まだマシなんだけどね」


 ウシお姉さんとは、レインボウコネクト1期生のVTuberだ。音響オタクでASMRの達人である。


(音響はよくわからない世界だな)

 しっかり勉強しないと。


「画面に映す内容を説明する。真ん中のモニターはゲーム。左は配信ソフト鉄板のOBS Studio。右はワイチューブの管理画面。配置はあたしの好み」


 左のモニターを見る。

 

 女子っぽいファンシーな部屋に、萌黄あかつきのアバター、ワイチューブのコメント欄、現在時刻、SNSトリッターのアカウント情報など。萌黄あかつきちゃんの配信で見かける内容だった。


「OBS Studioを覚えるのは必須ね。基本機能だけでも、ノイズを抑制したり、配信中に叫んだときに声を調整したりもできる。でも、プロの配信者としては、VSTプラグインが使いこなせるようになって、ようやく一人前ね」

「うっ」


 詩楽も仕事になると厳しい。プロの洗礼を受けた気がする。


(僕、できるのかな?)


 猛烈な不安に襲われていたら。


「大丈夫。あたしが手取り足取り教えるから」

「お願いします」


 こっちの詩楽は天使だった。


「あっ、もう時間ね」


 説明を聞いているうちに、6時になっていた。


「じゃあ、まずはトリッターに投稿よ」


 冷めた口調から一転。

 詩楽は銀髪をリボンでまとめると、顔つきが変わる。


『みんな、お待たせ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 はじまるよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


 普段の詩楽とは別人のテンションだった。

 萌黄あかつきちゃんがトリッターに書くやいなや、大量の「いいね」がつく。


「次は、OBS。シーンが『オープニング動画』になっているのを確認してから、『配信開始』のボタンを押す。ここからは説明できないから、あたしの操作をよく見ててね」


 黒かったワイチューブの管理画面が変化する。

 萌黄あかつきちゃんの3頭身キャラが走っていた。配信前に流れるオープニング動画だ。


 何度も見慣れているのに、高揚感がハンパない。


(落ち着け!)


 僕はリスナーじゃない。

 先輩の仕事を見させてもらっているんだ。


(勉強しないで、どうする?)


 意識を切り替えるため、形から入ることにした。

 これからは、あかつきさんと呼ぼう。

 おかげで、冷静になれた。

 

 3分ほどして。


「みなさん、こんあかつき。こんばんは。バーチャル魔法少女萌黄あかつきです。今日は金曜日。明日からは休み。ゲームしまくるぞぉぉぉっっっっっっっっっっっっ!」


 コメント欄を見る。書かれたばかりのコメントが秒で消えていく。

 読む余裕はないと思いきや。


「誰がエロギじゃぁぁあ⁉ 萌黄もえぎだっての。あたくし、超清楚な魔法少女なんだし、エッチなのは禁止よ!!!!!!!!!!!!」


 詩楽はコメント欄を読んで、キレていた。


 なお、『エロギ』は萌黄あかつきさん定番のネタである。


 きっかけは、デビュー翌日の配信にまでさかのぼる。最初の挨拶で、『モエギ』と読もうとして、『ドエロ』と発音してしまったのだ。


 デビュー配信は、銀髪で清楚な魔法少女キャラをアピールしていた。

 ところが、翌日には『ドエロ発言』が飛び出す始末。

 切り抜き動画で拡散された挙げ句、『エロギ』とネタにするリスナーも現れた。


 すっかり、あかつきさんはポンコツ扱いされてしまいましたとさ。

 以上、昔話はここまで。


 ゲームの準備をしながら、コメントまで拾って、みんなが期待する返しをする。神業だ。


 感心していたら、ゲームが始まる。


「今日はOpaxをやるけど、チームじゃなく、ソロでやるから」


 あかつきさんが得意なタイトルだ。バトルロイヤルFPS。他のプレイヤーは敵で、生き残りを目指して戦う。

 あかつきさんは見事な手つきで敵プレイヤーを倒していく。


「いまの見た? あたし、射撃でオリンピック出れるんじゃね?」


 勝ち誇っていたが。

 後ろから別のプレイヤーが現れる。相手のマシンガンが火を噴く刹那――。


「そうはさせるか!」


 あかつきさんは瞬時に反転し、敵の頭を撃ち抜く。

 その間、コンマ1秒ぐらいだろうか。

 ゲームもスポーツもしない僕からすると、人間の反応速度とは思えない。


「ふう、あたし、後ろにも目がついてるからね。これで、近くの敵も全滅させたかな」


 余裕が出たらしい。さっきまでの緊迫感は消えていた。


「ところでさ、このまえ、マネちゃんとケーキの食べ放題に行ったの。すっごくおいしくて、ふたりで50個も食べちゃった。てへっ」


 ゲームしながら雑談もこなしている。


(並列処理ができるって、詩楽さんの頭はマルチCPUなの?)


 先輩に尊敬の眼差しを送っていたら。


「あっ⁉」


 あかつきさんが操作していたキャラが突然、倒れた。


「なんで、死んだし⁉」


 空気が一瞬にして、よどんだ。


「……あたしが悪うござんした。ゲームを舐めてたから、バチが当たったんだよね。ポンなあたし、マジでダメダメ」


 普段の詩楽を見ているよう。


:さすがの、あかつきクオリティ

:上手いだけじゃないんだよな

:期待を裏切らない女 ¥500


「あたしはゲームの神に恥じない生き方をしてみせる」


 そう言うと、あかつきさんは新たな戦場へ身を投じる。

 その後はプロゲーマー顔負けのテクニックを見せ続けるのだった。


 3時間でゲーム本編の配信を終え、ウルチャ読み雑談に2時間。

 配信が終わったのは11時近くだった。


 2人で適当に食事を済ませて、深夜0時頃に自室に戻る。

 結局、課題は進まなかったけれど、収穫もあった。


(先輩の仕事を見学するのも勉強になるんだな)


 ベッドに入っても興奮が冷めやらない。むしろ、配信中に自分を抑えていた分の反動が出た。


 配信中の詩楽はかっこよくて、かわいくて、適度にポンコツで身近さをアピールして。


 あらためて、僕はあかつきちゃんを好きになっていた。


(いや、あかつきちゃんでなく……詩楽かもな)


 仕事中の詩楽を見て、萌黄あかつきと夢乃詩楽を切り離せなくなっていた。

 僕が好きなのは、萌黄あかつきなのか、夢乃詩楽なのか。


 詩楽が隣の部屋にいると思うだけで、体も火照ってくる。


 悶々としていたら。

 ドアがノックされた。


「甘音ちゃん、起きてる?」


 僕は慌てて、身を正す。


「うん、どうしたの?」

「……眠れそうにないの」

「そうなんだ。僕でよければ、付き合うよ」


 意識している女の子が、真夜中に僕の部屋に入ってきた。

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