第148話 【#親子対談】気持ちは見えない? 【萌黄あかつき/虹】

『お久しぶりですわね。あかつきさんのお母さま』


 理事長のバストアップ写真が配信画面に映るや。


:爆乳オーナー登場わっしょい~!(^^)!

:強力な味方現れる

:あかつきママ、ヤバい奴やし、Vに勧誘⁉

:大人エロいコンビの結成フラグが勃った?

:上のコメント壮大な誤字w


 コメントが盛り上がり出した。

 約1ヶ月前に顔出し配信をした結果、西園寺理事長は若手美爆乳オーナーとして人気になっている。

 いちおう、社長は別にいるんだけど。


『誰が来たのかと思えば、あなたは――』

「製作委員会って、映画やアニメじゃないんですから!」


 小百合さんの言葉を遮って、僕はボケた。


 というのも、理事長は本名で、かつ、顔出しをしている。


 小百合さんが理事長を『正妻の娘』と呼んだら、相当まずいことになる。

 小百合さん、理事長の父親の愛人だと暴露しそうだし。ついでに、子ども《詩楽》を産んだと言いかねない。


 そしたら、アウト。

 西園寺理事長は経営者であるため、公人的な立場もある。西園寺という少ない名字から、父親にたどり着くことは容易にできる。

 しかも、理事長の父親は名の知れた経営者で、テレビのニュースに出てくるような人だ。財界人の立場で、政府に政策提言もしているらしい。


 隠し子が数十人もいると判明したら、大スキャンダルになってしまう。

 社会的な影響がでかすぎる。


 絶対に秘密を守り抜かねば。


「ところで、製作委員会なんですけど――」

『製作委員会よりも、精子ドナーの話をしましょ。音も似てるし』


 ボケようと思ったら、相手のボケの方が上手だった。最初の2文字しかあってないし。

 話がそれてくれて、助かったけど。


『お母さま。運営として、NGですわ』

『かたいこと言わなくていいのに、目狐め』


 電話口の向こうで、小百合さんの舌打ちが聞こえた。


『私、娘のことはあんたに任せたはずよ』

『あなたは娘の育児を放棄して、わたくしに預けた。でしたら、余計な手出しをしないでくださるかしら?』


 理事長も小百合さんも音声のみの参加だ。けれど、ふたりから殺気が伝わってくる。


『あら。私は遊んでるだけよ。なにが悪いの?』

『へぇ、あなたの辞書では、「育児放棄」を「遊び」と表現するのですか?』


 普段はソプラノの理事長の声が、低めのアルトだ。

 怖い。理事長を敵に回さなくて、よかった。

 というか、理事長のイメージが悪くなる。司会の出番だ。


「あ、あの。運営さんに怒られそうなので、そのあたりで」

『す、すいませんでしたわ。わたくしとしたことが……』

「で、奏が来た用件は?」


 詩楽は僕が理事長にした依頼を知らない。

 心理的な影響が大きい内容で、事前に教えるわけにはいかなかったのだ。態度に出てしまうかもしれないから。


『じつは、わたくし、あかつきさんのお父さまに会ってきましたわ』

「えっ?」『なんですって⁉』


 母娘の声が揃った。


『あんた、余計なことをしないで』

『余計なことではありませんわ!』


 いつも冷静な理事長も声を荒らげる。


 無理もない。

 というのも。


『内容は、もちろん、小百合さんとあかつきさんについて』


 実の父親に対して、浮気相手と隠し子の話を聞き、配信で語る。

 僕の非常識な頼みを嫌な顔をせずに、引き受けてくれたわけで。


 詩楽を溺愛しているとはいえ、相当な覚悟が必要だろう。

 感情が昂ぶるのも当然だ。


『お父さまの言葉を読み上げますわ』


 理事長はこほんと咳払いすると、改まった口調で声を出す。


『小百合さんと娘には、私の身勝手な欲望に巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません。


 妻子ある身でありながら、他の女性との悦楽に身をゆだねてしまったのだから。


 いえ、私が迷惑をかけたのは、ふたりだけではありません。

 私は妻以外の女性との間に、数十人の子どもをもうけました。


 そのなかには、うちのメイドをしていた女性も含まれています』


:なに、これ?

:今って、令和だよね?

:数十人の子どもって……江戸時代の将軍w

:メイドに手を出すって、なんてエロゲ?


『不貞行為について、反省をしております。私は愛人たちと、その子どもに対して、責任を果たせていないのですから、申し開きのしようもございません』


 理事長は平然とした声音で読み上げる。


『ですが、反省はしているが、後悔はしていない』


:うわっ、出たぁっ!

:あかつき、両親とも大物すぎるやろ


『だって、私が女性たちと子どもを愛したのは事実ですから。後悔したら、過去の愛し合った思い出は、すべてが紛い物になってしまう。そんなことは許せない!』


 理事長の声に強い想いが乗っかった。


『小百合さん。私は間違いなく、あなたを愛していました。子どもが生まれる前も、その後も』

『う、うそよ。だって、私が本気になったら、あの人は私を捨てたんだから』


 小百合さんがつらそうに言うと。


「お、お母さん……」


 詩楽が心配そうにつぶやく。


『嘘じゃない。私は小百合さんを愛していた。しかし、立場がある。妻子や他の子どもを見捨てるわけにはいかなかったんです』

『そんな……私が嫌いになったから、あなたは私を捨てた。じゃないと、私、私……』


 詩楽が涙ぐむ。僕はハンカチを取り出し、そっと頬を拭く。


『妻に小百合さんとのことがバレてしまい、やむなく小百合さんとの縁を切りました』

『わ、私が本妻の立場を奪おうとしたから?』


 小百合さんの声は弱々しくて、まるで、か弱い乙女のよう。


『ですが、ずっと小百合さんと娘が気がかりだった』


 理事長は噛みしめるように言葉を紡ぐ。


『このたび、娘の過去ネグレクトを聞いて、私は胸が引き裂かれそうになりました。私が小百合さんを傷つけたから、娘にまで迷惑をかけてしまった。私は取り返しのつかない罪を犯したのです』

『あなたの家庭を壊そうとしたのよ。私が悪いに決まってるじゃない……ぐすん』


 小百合さんの声に涙が混じる。


『最後にこれだけは信じてください。今でも、小百合さんとすごした日々を大切にし、娘を愛している』


 理事長は数秒の間を置く。

 顔は見えなくても、穏やかな微笑を浮かべている光景が目に浮かぶ。


『どうか、ふたりが過去を乗り越え、親子になれますように』


 理事長は口を閉じる。


 誰も話さない。マイクが拾うのは、母娘の泣き声のみ。

 間違いなく、心は動いている。


 正直、劇薬だった。こんな手段を用いた自分を怒りたい気持ちはある。


 だがしかし、僕は詩楽を幸せにするって決めた。

 推しのためなら、どんなことでもしてみせる。


 最後の一押しをするなら、今だ。


「お母さん、僕はお母さんを大切にします」

『お母さんですって?』

「だって、将来、あかつきさんと結婚するつもりですから」

『こんな最低最悪の人間なのよ?』

「それがどうしました? 僕のカノジョは自己肯定感の低さでは誰にも負けませんし、慣れてます」

「ちょっ、はにーちゃん⁉」


 詩楽に頬をつねられた。


「それに、あなたは推しの母親。僕にとっては聖母なんです」

『痴女な悪女なのよ?』

「だから、なんです? あなたは愛に飢えていた。寂しかったんじゃありませんか?」

『………………あなたの言うとおりよ。私は本気で愛した人に愛されたかった』

「なら、はにーがあなたも愛します」

『えっ?』「ちょっ⁉」


 またしても親子の声が重なった。


:まさかの親子丼宣言

:はにー、やりおる


「そういう意味じゃなくてですね、肉親として、あなたを大事にします」

「はにーちゃん、びっくりさせないでよ」


 詩楽には後で謝るとして、


「だから、お母さん。僕と娘さんを結婚させてください」


 僕は頭を下げた。額が机にぶつかったが、構わない。


「ちょっ、はにーちゃん⁉」

「あかつきさん、嫌だった?」

「ううん、そうじゃないし、うれしすぎるけど。唐突すぎ」


:「娘さんをください」的なアレをリアルに見られるとはw

:そして、伝説になった


 詩楽ははにかむと。


「お母さん。あたしの結婚を認めてくれるかな?」

「えっ、あかつきさん、今の発言って……」

「あたし、お母さんを許す」

「いいの?」

「ん。お母さん、恋に傷ついて、悲しんで、ぶっ壊れただけってわかったから」


 詩楽の顔は慈愛に満ちていた。


「あたしもつらくなって、死のうと考えことがある。あたしとお母さんは、自分を傷つけるか、他人を攻撃するかの違いで、似てるの。だから、あたし、お母さんのつらい気持ちがわかる」


「あかつきさん、いい子すぎて、大好き。今すぐ結婚して」

「なら、明日にでも結婚式しよっか」


 ふたりで盛り上がっていると。

『……わかったわよ。娘とお婿さん』

「「えっ?」」

『これまでひどいことをして、ごめんなさい』


 詩楽が鼻をすする。


『私、あの人に嫌われたと思い込んで、娘のせいにしちゃって。本当に最悪な母親。でも、もう間違えない。急には無理だけど、娘を愛せるようにがんばってみる』

「お母さん」

『ふたりの結婚式までには、本当の母親になってみせる』


 僕まで泣けてきた。


「1万人の人が証人ですよ」

『ええ。これだけの人を裏切ったら、私は本物のクズになってしまう。それだけは嫌よ』


 安堵したら、肩の力が抜けてきた。


『ところで、私を大事にしてくださるのでしたら、1日に5回はセクロスしてくださいね。娘の旦那さま?』

「それは勘弁です」

「たまにの浮気は許すけど、1日5回はダメ」


 詩楽さん、気にするのはそこですか。


『こほん。過激な発言は慎んでくださいましね』


 理事長に怒られてしまった。

 僕、悪くないですよね?

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