第147話 【#親子対談】やべえ奴でもわかりあえる? 【萌黄あかつき/虹】

『私が娘を愛する? ありえないわ』

「はにーちゃん、この人があたしを好きになるなんて、ありえない」


 小百合さんと詩楽、両方に笑われてしまった。


「というか、息合ってない⁉」


 少しだけ希望が見えてきた。


「ありえないという言葉は、ありえない」


 僕はかっこいい発言をするキャラになりきって、意味ありげにつぶやく。


「はにーちゃん、かっこいいこと言う。けど、さすがにムリ」

「もちろん、無理やり言うことを聞かせるつもりはないよ」

「……」

「でも、現実はなにが起こるかわからないでしょ?」


 実は、現実を変えうる秘策はある。

 先日、理事長が家に来たときに、頼んでいた。

 予定では、今日の夜に理事長が動く手はずになっている。


 そろそろ、連絡が来てもいい頃なのだが。

 やっぱり難航しているのだろうか。


 なら、準備が来るまで引き延ばさないと。


 ただし、堂々巡りな争いをしていても、不毛な議論を聞かされる方も迷惑だ。リスナーさんに申し訳が立たない。


 いくらワガママな配信とはいえ、リアリティショー的な狙いで企画を立てている。最低限のドラマを見せないと。


『現実はなにが起こるかわからないのでしたら、私が全人類の男とセックスするのも不可能じゃないってことね?』

「さすがに、無理です。地球の裏側の人や、赤ちゃん、病気で寝たきりの人なんかもいるんですよ…………っていうか、過激な用語は使わないでください」

『なら、不可能を可能にするなんて言わないでほしいわ』


 怒られてしまった。


(詩楽の母親、ホントにめんどくせぇ)


 詩楽自身、面倒くさい子だから、ある意味では似た親子かもしれない。

 詩楽には絶対に言えないけれど。


「わかりました。僕が悪かったです」

『じゃあ、今からセクロスしてくれるのね?』

「……」

『あら、放送禁止用語は避けたわよ』

「そっちじゃないんですけど⁉︎」


 僕、突っ込みは苦手なんですけど。


『あなた、おち○ぽは大きいのに、突っ込みが苦手なんて……』


 僕の心を読んで、エッチなボケをかましてくるとは。もう、やだ。


『大丈夫。お姉さんが優しく、突っ込みを指導するから』

「いいかげんにして。はにーちゃんの初めては、あたしのものなんだから」

「ちょ、う、あかつきさん⁉」


 いけない。うっかり、詩楽と呼びそうになった。


:これ配信してしまっていいんだろうか?

:夜の魔法少女なのかな?

:運営が止めないということはセーフ

:はにーちゃん、DTとバラされて恥ずかしがってる

:女の子の童貞バレw

:羞恥プレイと考えれば助かる?

 

「話を戻しますけど、はにーは小百合さんの夢を不可能と言ったことに対して、否定したんです。あたなとエッチをするつもりはありません」

『別にいいわ。すべての男性とセクロスできるなら、いつかあなたともできるのですから』


 ほんとに口が達者な人だ。


「先に進まないので、スルーしますね」


 肯定も否定もできないので、話題を変えるしかない。

 まあ、おかげで時間は稼げたのだが。


 論点を整理する。


 母親が娘を嫌う理由を突っ込んでいった結果、小百合さんの本音を吐き出させることができた。

 かつて、一度でも詩楽を愛そうとしたが、詩楽の父親を思い出して、つらくなったとのこと。


 そこで止まっていたんだった。


「小百合さん、嫌いだった男性を好きになったことはありますか?」

『私、本気で男を好きになったことは1人しかいないわ。セクロスしたいと思ったことは何百人とあるけど』

「なら、嫌いな人とエッチをしたくなったことはありますか?」

『あるわね。冴えないオタクだと思っていた人が、意外とたくましいとか萌えるわ』

「なにかきっかけがあれば、嫌いな人への印象が変わるってことですよね?」

『そうよ』


(よし!)


 内心でガッツポーズをした。

 これで、言質は取れた。


 嫌いな人であっても、きっかけがあれば好きになれる。

 それは男に限った話ではなく、娘にも当てはまるはず。


 感情的なしがらみを乗り越えられる、なんらかのきっかけを提供すればいい。

 そのための策をさっきから待っている。


『でも、あくまでも男とセクロスするときの話よ。娘とはエッチしないし、意味ないわ』

「強がりもいつまで持ちますかね」

「はにーちゃん、そいつは10割エロのことしか考えてないのよ」


 先ほどから詩楽のマイナス思考が全開なのも気になっている。

 小百合さんはいったん放置して、詩楽のフォローをしようか。

 今回の進行役。これまでの仕事で一番難易度が高いのだが。


「あかつきさん、はにーを信じられない?」

「そんなことあるわけない!」


 詩楽がムキになって叫ぶ。

 彼女の横顔が寂しそうで、僕は銀髪を撫でた。


「だって、はにーちゃんプロポーズしてくれたもん。一生離さないって」

「うん、はにーはあかつきさんの味方だよ、永遠にね」

「だから、はにーを信じて」

「わかった。はにーちゃんと一緒なら、どんなに厳しい戦いでも耐えてみせる」


 配信中だというのに、僕たちは見つめあう。

 勢いでキスしたくなったけど、さすがに自重した。

 

:あかはにてぇてぇ

:男女だとわかっていても、許せる


 と、そこでディスコーダーのDMが来た。


(間に合ったのか⁉)


 が、すぐに期待は裏切られた。


『お兄ちゃん、少しだけ配信に混ぜてにゃ』


 詩楽が僕の顔色をうかがう。僕がうなずくと、詩楽はDMを返信した。

 その直後に、美咲さんから通話がかかってきた。


『お取り込み中にすいません。さくらアモーレです』

『あら。この間のロリ巨乳ね。アイドルビデオ《AV》の話、受ける気になったのかしら?』

『愛の伝道師的には興味あるし、相手の俳優がはにーちゃんだったら考えるけどさぁ、事務所的にはNGになりそう』


:はにーならいいのかよ⁉

:はにーハーレムなのか⁉


『じゃなくって、ありえないはありえないの話をしにきたんだし』

「アモーレさん、どういうことですか?」

『アモーレも親と仲が悪かったんだよね』


 美咲さんは語った。


 彼女の秘めた過去を。

 父親への憎しみを。

 数ヶ月前、無期限活動休止に至った理由を。


『でもさ、はにーちゃんたちが暗い世界からアモーレを出してくれて、勇気が出た。でね――』


 スピーカー越しでもわかる。美咲さんが満面の笑みを浮かべていることに。


『思い切って、父親と話してみたわけよ。そしたら、理解できた。アモーレを大事に思ってたから、学歴にこだわって自分の言うことを聞かせようとしてたって』

「アモーレさん……」

『正直、いくらアモーレのことを考えていたとしても、立派なパワハラ。親子でもパワハラ。はっきり言うと、むかつく。バカクソオヤジふざけんなっての!』


 言葉とは裏腹に、そこまで強い怒りは感じられない。


『娘の立場としては冗談じゃないって感じなんだけど、親父なりの考えがあるわけじゃん。そこは理解してるつもり』


 美咲さんは一呼吸分の間をとってから。


『だから、前よりは父のことが嫌いじゃなくなった』


 スッキリした声だった。


『だから、今が嫌いだから、永遠に嫌いだなんて断言できないよぉぉっ』

『ふーん、あなたがそうだったから、私たちにも当てはまるってことなのね?』


 小百合さんは挑むように言う。


『ええ、そうよ』

『甘い。甘いわね。世の中にはいろんな人がいるの。私には通用しないわ』


 小百合さんは開き直る。


「自分で言うことじゃないでしょ」


 詩楽がポツリとつぶやくのが聞こえた。


『なに、この人⁉ さすがに、手に負えないにゃ』


 美咲さん、配信中は語尾を変えているのに、普段の語尾になっている。


『ってなわけで、失礼しました。ふたりとも応援してる』


 美咲さんが逃げるように通話を切った、そのときだ――。


『お待たせして、申し訳ありませんでしたの』


 待っていた人が現れた。

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