第6章 Vの戦い

第144話 乗り越える壁

 すべてをカミングアウトした翌日。

 理事長が我が家を訪れていた。

 

 うちにある一番良い茶葉を使って、紅茶を入れる。お茶請けは理事長が持ってきたスコーンだ。


「お口にあえばうれしいです」

「一生懸命に入れてくださったのでしたら、技術はどうでもいいのですわ」


 世界中のお金持ちに見習ってほしい。


「昨日の配信のようにね」

「ぐさっ」

「……甘音ちゃんへの皮肉だとしたら、かなででも許さない」


 詩楽が敵意を剥き出しにする。


「ごめんなさいね。皮肉ではありませんわ」

「まあまあ、詩楽さん。僕は気にしてないから」

「むしろ、まっすぐな伝わってきて、わたくしとしては評価しておりますの」

「運営さんには迷惑をかけて、すいません」


 事前に相談しているとはいえ、いろんなことを暴露してしまった。

 詩楽による、はにーとあかつきの交際発言は予想外だったし。


 ネットでも話題になっている。

 離れていくファンはいることに、運営やファンへの申し訳なさはある。

 しかし、僕たちが選んだ結果だ。僕も詩楽も割り切っている。

 

「わたくしたち運営の存在意義は、あなたがたが人間としても成長できるように支えることですわ」

「「……」」

「あなたたちが正直に生きることを選択したのですから、全力で応援するまでですの」


 かっこいい。美人爆乳経営者はかっこよさでも頂点に立つ女だった。


「とはいえ、未成年の高校生が結婚を前提に交際しているのです。世間の目が厳しいのは事実。一線を越えないように注意しなさいね」

「はい」

「ん。けど、あたしたちはVTuber。顔出ししてないから、ラブホに行ってもバレない」

「……たしかに、現実リアルのタレントとちがって、週刊誌も決定的な証拠をおさえるのは難しいわね」


 詩楽に同意しているように見えて、声に厳しさがある。


「でも、あなたたちは正直になることを選んだのよ。淫らな道に堕ちて、ファンを裏切るつもり?」

「わかりました。詩楽に手を出さないと誓います」

「仕方ない。正式に婚約するまでは我慢する」

「なら、この話はここまでにしますわね」


 理事長は紅茶を口に含む。


「お母さまの件です。詩楽ちゃん、配信の妨害以外に向こうから何かしてきましたか?」

「配信以外では特にありません」

「ただ、垢を変えて、嫌がらせのコメントを書いてきて、うざい」

「知り合いの弁護士にも相談し、運営でも証拠を集めておりますわ。ただし、対応に時間がかかりますの」

「わかってる。でも、あの人のせいで、今年の夏休みはメチャクチャ」


 詩楽はため息をこぼす。

 僕は彼女の手を握る。


「ごめん。ちょっと吐き出させて」

「いいのですわ、詩楽ちゃん。言葉にするだけでも、少しは楽になりますから」


 理事長が微笑を浮かべる。

 お姉さんの包容力はハンパない。


「あの人のせいで、あたしは自分の存在価値がよくわからないまま大きくなった」

「う、うん」

「VTuberになってからは、『男に媚びを売る』があたしの地雷だった。自分もあの人と同じなんだと思っちゃうから」


 別居していた頃も、詩楽は母親と自分を重ねて苦しんでいた。それだけ、彼女の中では大きい悩みなのだろう。


「……そして、死にたくなったの」

「つらかったよな」

「うん。あたしの苦しみは、全部、あの人につながってる」


 詩楽は胸に手を添えて、しみじみと語る。


「なら、ここで、あの人との問題を解決しておきたい。じゃないと、これからも、ずっと同じようなことで悩みそうな気がする」

「詩楽にとって乗り越えないといけない壁なんだな」

「ん。そう」

「あっ!」


 つい叫んでしまった。


「甘音ちゃん、どうしたの?」

「理事長、相談したいことがあるんですけど……」

「いいわ。おっしゃってくださいまし」


 僕は自分が考えたプランを話す。


「ん。甘音ちゃんの案、あたしは賛成。VTuberらしい戦い方だし」

「失敗したら、つらい目に遭うかもしれませんわ。それでも、よろしくって?」

「ん。問題ない。すべてを失っても、甘音ちゃんがいれば大丈夫」

「あなたの覚悟はわかりましたわ。なら、わたくしは反対できませんわね」


 詩楽が胸を撫で下ろすと同時に、僕は口を開く。


「詩楽、ごめん。コンビニに行って、アイスを買ってきてくれないか?」

「ん。わかった」


 詩楽はリビングを出て、玄関に向かう。


(ごめんなさい、詩楽さん、理事長と話がしたくて)


 僕はプランを実行するにあたってのを話した。

 さすがの理事長も渋い顔をする。


「申し訳ありません。お約束できませんわ」

「ですよね……」

「交渉はしますが、万が一のリスクもあります。公人ですので、ご容赦ください」

「理事長にはご迷惑をおかけします」

「いえ、わたくしにも関係することですから」


 理事長は悲しげに微笑む。

 理事長的にもつらいなか、かなり無理な注文を引き受けてくれて、ありがたすぎる。


「では、わたくしは先方のスケジュールを確認しますので、失礼しますわ」


 理事長は紅茶を飲み干すと、席を立つ。


 数日がすぎ、夏休み終了の3日前。

 は発動された。

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