第34話 【クリスマス】全肯定カップル【イチャラブ⁉】

 旅行2日目、クリスマスの夜。


 昨日に引き続き、僕は詩楽と同じ布団で寝ていた。

 詩楽を腕枕しながら、僕は物思いに耽っていた。


 頭は彼女のことでいっぱいで、まったく眠くならない。


(ホントに詩楽はがんばったよなぁ) 


 どうして飛び降りようとしたのか語ったわけで。

 自らの問題に向き合い、つらい感情を僕に吐き出した。


 だいぶ楽そうになったのに、まだ彼女の声は戻らない。

 僕も変わらずアニメ声が失われたまま。


 12月25日も、あと1時間もしないうちに終わってしまう。

 僕の3Dお披露目配信は、27日の20時から。


 明日の朝には旅館を出発し、休暇は終わりだ。


 運営からはギリギリまで待って、回復しなかったら、延期にすると言われている。

 だからといって、「はい、そうですか」とは答えにくい。多くの関係者が動いている。迷惑はかけたくない。


 マイナス思考は良くないとわかっていても、焦りが心をむしばむ。


(どうすればいいんだよ?)


 僕のことはともかく。

 大好きな恋人で、一番の推しで、尊敬する先輩。

 宇宙一大切な人の力になれない自分が情けない。


 やるせなくて、ため息がこぼれる。

 すると。


「……ごめんね、甘音ちゃん」

「う、詩楽、まだ起きてたの?」

「うん、いろいろ考えちゃって」

「僕も」


 詩楽が顔を上に向ける。

 薄暗い常夜灯のもと、目が合った。


「ごめんね。あたしのせいで」

「別に、詩楽のせいじゃないし」


 僕たちは布団を出ると、窓際の広縁ひろえんに行く。椅子とテーブルが置かれたスペースだ。

 ふたりで椅子に座る。山の中の旅館。都内よりも目立つ月が、銀髪少女を儚く見せている。


「いま、詩楽はどんなことを考えてるの?」


 ふと思って、聞いてみた。

 過去の地雷ではなく、いまここにいる彼女を知りたくて。


「あたし、甘音ちゃんに出会って、本当によかった。こうして、キレイな月を拝めてるんだから」

「う、うん」

「甘音ちゃんのデビュー前って、あたしが先輩づらしてたでしょ?」

「いろいろ教えてくれて助かった」


 彼女は首を横に振る。


「デビューしてからの甘音ちゃん、甘い声と、ガチプロ級の演技で大人気じゃん」


 推しに褒められたのに、素直に喜ぶ気にはならなかった。


「それに比べて、あたしゲームや歌が得意なだけ。存在が希薄で、なにものにもなれなかった雑魚」

「推しの僕からすると、あかつきさんの必死さが好きなんだけど」

「ありがと。でも、あたし、自分の心が満たされてないから、紛いモノなの」


 自己否定する推しを否定したい。

 議論をしているわけではないので、彼女の言葉に全力で耳を傾ける。


「甘音ちゃん、男子なのに男性リスナーさんに尽くせるのが、すごい」

「あたし、どうしても躊躇しちゃって」

「……お母さんのことがあるから?」

「ん」


 母親との関係が詩楽を縛っている。

 どうにか解放してあげたいが。


「本物の甘音ちゃんに比べたら、あたしは偽物。いつか、あたしは置いていかれる」 

「僕はずっと詩楽のそばにいるよ」


 僕は詩楽の前にひざまずき、肩を抱き寄せる。華奢な体は震えていた。


「あたし、甘音ちゃんにふさわしくなりたい。カノジョとしても、VTuberとしても」


 僕は黙って、彼女の髪を撫でる。


「観覧車で誓ったし、3Dライブが正念場。だから、必死に練習したのに」

「……倒れるまでがんばったんだね」


 首を縦に振る。

 彼女がたまらなく、愛おしくなった。


「ごめん。僕が忙しさにかまけて、詩楽のこと見てなくて」

「ううん、あたしがコミュ障で、クソ雑魚メンタルで、ポンコツなのが悪い」


 彼女は自虐の言葉とともに、弱々しい笑みを浮かべる。

 いじらしさがたまらなくなり。


「いや、僕、自虐がひどい詩楽好きだから」


 僕は彼女を自分の胸に引き寄せる。


「僕は、ありのままの詩楽を愛してる」

「ありがとう。でも――」


 詩楽は厳しい目付きで。


「でも、ありのままじゃ成長できない」

 

 ここまで苦しみつつ、まだ成長を願おうとする。


「詩楽らしいね」


 僕は彼女の言葉を受け止めた後。


「それ、よくある誤解だから」

「そうなの?」


 詩楽は首をかしげる。


「成功してる有名人とか、トリッターのインフルエンサーが言うでしょ? 『ありのままはよくない』って」

「そうだね。だけど、ああいう人はメンタル管理のプロじゃない」

「たしかに」

「ありのままの自分を否定したら、メンタルが壊れるんだよね」


 彼女の目が点になる。


「数ヶ月前の僕もそうだったから、わかる」

「うん」

「『ガタイのいい男子高校生で、アニメ声なんて、ありえない。こんなの僕じゃない』って、しょっちゅう思ってたんだ」


 詩楽が泣きそうになる。自分をネタにしたのは失敗だったかも。


「アニメ声という、ありのままの自分を否定し、僕はメンタルを病んだ」

「ぐすん」

「努力で能力はアップできるけど、変えられないものもある。それを否定したら、つらくなると思うんだ」


 僕は彼女の髪を撫でながら言う。


「まずは、ありのままの自分をいったん受け入れて、そこから成長するための方法を考えていけばいい」

「そうなの?」

「うん。詩楽に出会ったおかげで、アニメ声を受け入れられるようになった。そのうえで、もう一度演技をしたくて、VTuberになったんだから」

「……」

「いまではアニメ声な自分が大好き」


 体験談で語ったら、うなずいてくれた。


「豆腐メンタルのあたしもいていいの?」

「もちろん」


 僕は思いっきりうなずく。


「自分に厳しくて、自己否定する詩楽も大好きだから」


 彼女は真っ赤になる。


「クソ雑魚メンタルな、あたしが好きなの?」

「僕、詩楽のすべてが好きだし」

「うふっ」


 彼女は僕の胸板に頬をすり寄せてくる。猫みたいだ。


「あたし、あたしを全肯定してくれる甘音ちゃんが大好き」

「なら、詩楽を全肯定する僕を好きな詩楽が好き」


 日本語がややこしくなってきた。


「あたしたちの好きがループしてる……くすっ」


 彼女はニッコリとしたと思えば。


「でも、結局、あたし、甘音ちゃんに頼ってばかりだね」


 ここまで来ても、自信がないのが詩楽らしい。


「僕は彼氏なんだから、頼ってもいいんだよ」

「そうね。もう強がるのやめる」


 そう言うと、詩楽はギュッと体を押しつけてくる。


 僕は彼女の背中を撫でた。

 しばらく、イチャついていて、ふと思った。


「あの橋で、詩楽は僕に一耳惚れしたんだよね?」

「あたしの直感に間違いはなかった」

「僕も」

「でも、あたし、声だけで甘音ちゃんを好きになったんじゃないから」


 琥珀色の瞳に僕が映る。彼女の中にいる僕は、自分とは思えないほど凜々しかった。


「声に優しさがにじみ出ていて、この人ならあたしを受け入れてくれると感じたというか」


 詩楽がのろけてくる。


 ホントに僕の推し兼カノジョはかわいすぎる。


 つくづく思う。

 僕は大嫌いなアニメ声で、推しを救って。

 今はまだ中途半端で。


 だから、僕は詩楽のためだけでいいから――。


「もう一度、僕は声で……詩楽を救う」


 彼女はポカンとする。


「ありがとう。だったら、魔法少女として応援したい」

「応援?」

「ん。魔法少女萌黄あかつきが魔力を与えるね」

「魔力?」


 詩楽は瞳を閉じると、唇を突き出す。

 意味を理解した僕は。


「わかった」


 僕は彼女の後頭部に手を回すと、顔を起こし――。

 口づけを交わした。


 その刹那。彼女の魔力が僕の中に流れ込んでくるように感じられた。


 初めてのキスはハチミツのように甘くて。

 暁のように気分が明るくなる。


「詩楽、愛してる」

「……ありがとう。また、あたしを救ってくれて」


 月夜のもと、僕たちは愛の言葉をささやきあった。

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