第31話 【クリスマス】温泉オフコラボ【てぇてぇ?】

 性の6時間。

 からドロップアウトした僕には無縁な言葉だと思っていた。


 ところが――。


 カノジョとクリスマスイブに旅行をしていて。

 同じ部屋に布団が敷かれていて。

 彼女が僕の布団に潜り込んできて。

 Fカップ級兵器で背中を攻撃されていて。


 それだけでも、童貞には刺激が強すぎるのに。


「甘音ちゃん、無理しなくていいんだよ」


 僕が振り向くと、彼女は銀髪をかき上げて、上目遣いを向けてくる。


「……お風呂のときから、甘音ちゃん、我慢してる」

「うっ」


 完全にバレてしまっていた。


「あたし、甘音ちゃんに迷惑をかけちゃったし……喜んでくれるなら」


 詩楽の熱い息が僕の首筋を撫でる。


「初めてを捧げてもいいんだよ」

「なっ」


 てぇてぇ関係を維持するのが、僕たちの関係の大前提。

 さすがに驚いてしまったが。


 考えてみる。


 ふたりともストレスの問題を抱えている。

 温泉に入って、おいしいものを食べた。

 でも、症状は変わらない。

 詩楽と結ばれて、精神的に充たされれば――。


(なにを僕は考えているんだ?)


 追い詰められた状況で、雰囲気に流されて。

 彼女の大切なモノをもらってしまったら……?


 僕はよくても、詩楽が後悔するかもしれない。

 どんなに努力しても、僕が責任を取れる問題でもない。


「詩楽、僕のためにありがとう」


 まずは、彼女の想いをしっかりと受け止めてから。


「でも、僕、詩楽のことがホントに大事だから」


 僕は彼女の琥珀色の瞳を見つめて、言葉を紡ぐ。


「僕たちのメンタルが安定している状態で、じっくり考えて、それでもしたいと思ったときに、僕と愛し合ってくれるかな」


 彼女を傷つけないか不安だったけれど。


「甘音ちゃん、あたしのこと好きすぎでしょ」

「えへっ。だって、世界一かわいいカノジョだもん」

「……甘音ちゃん、声がカスカスでも、全然イケる」

「イケる?」

「ん。ハスキーなのもシコい」

「詩楽、僕の声、好きすぎ」


 僕の声は風邪を引いたときのように、かすれている。キャピキャピしたアニメ声ではない。

 数ヶ月前の僕だったら、うれしかっただろう。


 しかし、アニメ声のおかげで、いまの僕がある。


「早くアニメ声を取り戻したいなあ」


 偽らざる本音だ。


「よしよし、ゆっくり休んでね」


 カノジョに頭を撫でられる。

 かわりに、僕は詩楽の背中に手を回す。


「ギュッとしちゃうぞ❤」

「あたし、コアラになる」


 クリスマスイブは抱き合ったまま、眠りについた。



 翌朝。

 まずは森林を散歩する。冬の早朝の空気は澄んでいて、リラックスできた。

 それでも、声は戻らない。


 山中の秘湯なので、遊ぶところもない。

 朝食後は、旅館でまったりする。

 僕は詩楽を膝枕し、本を読む。


 数時間にわたり、ゆっくりした時間をすごす。

 早くも陽が傾き、山が赤く染まる。


「甘音ちゃん、ずっと本を読んでるよね?」

「ああ、これね。佐藤先生から冬休みの宿題を出されたんだ」

「えっ? ネットでできる問題集じゃなかったっけ?」

「うーん、学校じゃなく、VTuber関係だから」


 納得してくれたと思いきや。


「甘音ちゃん、あたしに隠しごとしてるでしょ?」

「へっ?」

「宿題の本と言ってるけど、絶対にエッチな本を読んでる」

「なぜ、そう思うの?」

「だって、あたしを膝枕してるんだよ。ついでに、おっぱい揉んどくのが普通なのに」

「……」

「エッチな本に夢中で、あたしなんかには興味ないのね」

「……わかった。話すから」


 昨日、佐藤先生は帰り際に、僕に一冊の本を渡した。ストレス管理の本だった。


 表紙をめくったところに、メモが挟まれていた。

『彼を知りおのれを知れば百戦あやうからず』


 ストレスを知らずして、ストレスに対処できない。

 宿題の意味がピンと来た。


 専門家でなくてもわかりやすいように書かれていて、だいたいの要点はつかめた。


 まず、ストレスについて。

 ストレスとは、外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態である。


 僕たちのケースで考えてみる。学生生活をしながら、VTuberとしても活動している。さらに、ライブの本番を間近に控え、レッスンに励んでいる。


 リラックスしたままでは対応できない。

 そこで、体を戦闘状態に導くため、体はストレスを発生させる。

 適度なストレスは、いわば強化魔法。


 しかし、詩楽は過労で倒れるまで、がんばった。

 過ぎたるは及ばざるがごとし。ストレスが悪者になる。


 つぎに、ストレス対処コーピングについて。こっちがメインだ。

 ストレスに対処するには、大きく分けて2種類ある。


 ひとつはストレスを減らすこと。

 ゲーム、買い物、お酒、アニメ、ノンストレスなWeb小説を読む、などなど。

 楽しいことをすれば、ストレスは忘れたり、軽くなったりする。


 今回の旅行も、リラックスして、ストレスを解消するのが目的だ。


 でも、結局は一時的に楽になるだけ。ストレスの根本原因は放置されたまま。

 たとえば、土日にリフレッシュしても、月曜日になったら学校や仕事が始まる。月曜日が憂鬱になるのは変わらない。


 そこで、別の方針が必要となる。

 ストレスの発生源を叩けばいい。

 物事の考え方を変えるなどして、ストレスを感じないようにするとか、大元の問題に対処するとか。


 詩楽について言うならば、おそらく母親との関係が当てはまる。

 小さい頃の経験が根本にあって、すぐに卑屈になるのかもしれない。

 過去の出来事は変えられなくても、今の考え方は変えられる。ようは吹っ切ればいい。


 僕が読んだ本には、楽しんでストレスを減らしつつ、長期的に原因に対処するのがいいと書かれていた。


 ストレスという敵を知ったことで、得られたものもある。

 知識のおかげで変に焦らずに、冷静でいられるのは大きい。


 先生には感謝しているのだけれど。

 本を読んだだけで簡単に自分を変えられたら、苦労はいらない。

 実際、詩楽のライブは3日後で、僕は前日だ。


 といった内容を、言葉を選びながら説明する。


「甘音ちゃん、宿題やって、えらい、えらい」


 彼女に褒められた。


「じゃあ、お風呂に行こう?」

「そうだね」

「露天風呂で待ち合わせだから」

「へっ?」

「エッチはしなくても、お風呂はセーフ」


 結局、僕は詩楽に押し切られ、今日も混浴することに。

 外が暗くない分、昨日よりも刺激が強い。

 沈みゆく夕陽を眺めながら、露天風呂を楽しむ。


 体が温まってきたときだった――。


「お兄ちゃん、ユメパイセン。面白いことしてるにゃ」


 第三者の声が割り込んできて。


「らぶちゃんも混ぜるにゃ」


 僕たちのマネージャがタオルを巻いて、立っていた。

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