第103話 無念

 俺の頭の中で、元の記憶と新しい真実が混ざり合っている。俺は、本来、勇者候補として丁寧に育てられるはずだったんだ。でも、王国の複雑な体質と歴史の中で、そんな運命から外れてしまった。


 勇者は、世界を救うという重い責務を背負っている。それは、並大抵の苦しみじゃない。だから、ヤミイチは……父さんは、俺にそんな重い責任を背負わせたくなかったんだ。


 でも、それでいいのか? 俺はそう思う。父さんがどれだけ俺を守ろうとしてくれたか、それはありがたいし、愛されてると感じる。でも、それなら、これまで犠牲になった人たちはどうなるんだ?


 俺が勇者候補だったら、もしかしたら違った結果があったかもしれない。俺が選ばれていれば、そんなに多くの人が犠牲になることはなかったかもしれない。そう考えると、胸が痛む。


「父さん、俺は……俺はどうすればいいんだ?」


 そう問いかけると、ヤミイチは深くため息をついて、俺の目をじっと見つめた。


「ローク、お前はお前の道を歩むんだ……勇者になる必要はない……お前が選んだ道が、お前にとっての正しい道だ」


 でも、それで本当にいいのか? 父さんの言葉に安堵する一方で、心のどこかでずっと引っかかっているものがある。俺は、ただの「ローク」でいいのか? それとも、何かもっと大きな役割を担うべきなのか?



 しかし、俺の中の怒りが渦巻いて、ついに言葉となって爆ぜる。


「じゃあ今まで犠牲になった人たちは何なんだ!」


 声は大きく、感情を込めて叫ぶ。だけど、この場には何も響かない。俺の叫びは、ただ静かに吸い込まれていくようだった。


 サーニャ、エドワード、そして、それ以外の人たち……あいつらはどうなるんだ? そんな疑問が、俺の心をより一層苛む。


 ヤミイチ、父さんはただ眼を閉じると、重い口を開く。


「それは、自分も逃げていたからだ。ローク、お前以外にも守るべき家族がいた。彼らを救い出すために、自分はあの道を選んだ」


 父さんの言葉に、俺の心はさらに乱れる。父さんにも苦悩があったのか……でも、それでも俺は納得できない。そんな簡単なことじゃない。


 その時、突如、トウヤが現れる。彼の手には、フローレンが……。彼はフローレンを無造作に俺たちの前に投げ出す。


「ローク、これがお前の選択の結果だ」


 トウヤの声には冷酷さが滲んでいた。


 フローレンの無防備な姿を見て、俺は衝撃を受ける。これが俺の選択がもたらした結果なのか? いや、違う。これはトウヤの仕業だ。彼が引き起こしたことだ。



 トウヤは俺たちに睨みつけながら、冷たく言い放つ。


「くだらない親子喧嘩なんてやめろ」


 その言葉には嘲笑と蔑みが混じっていた。


「もう理解したはずだ! もともとはお前も同じなんだよ」


 トウヤの言葉には怒りが滲んでいる。


「けど恵まれていたお前は!」と言いながら、彼は言葉に詰まる。


 しかし、俺はそれを言いたいのはこっちだ。


「お前が言うな!」


 俺は声を荒げる。俺たちは全く引かない。お互いの言葉が空中でぶつかり合う。


 そしてトウヤは指をさし、冷静さを取り戻して言う。


「お前の行動がもたらした結果を見ろ! それがお前の選んだ道だ」


 こいつの言葉は俺の胸を突き刺す。


 俺はその言葉に反論しようとするが、心のどこかで、トウヤの言うことにも一理あることを感じていた。けど、それだけじゃない。俺には俺の信じる道がある。


「トウヤ、お前に俺の道を決められる権利はない」


 俺は堂々と宣言する。


「俺は俺自身の選択で、自分の道を進む」


 トウヤは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに冷笑を浮かべる。


「そうか、ならばお前の選んだ道の結果を受け入れろ」



 トウヤは、冷酷な笑みを浮かべながら宣言する。


「もうその女は俺が殺してやった」


 その言葉が、俺の心を凍らせる。


 パティがフローレンに近寄ると、静かに言う。


「確かに……彼女はもう息をしていない」


 その事実を受け入れることが、どれほど辛いことか。

 復讐……確かに今もそれは変わらないが標的は大きく変わるかもしれない。


 そして、トウヤは今度はコルニーに向かって冷酷に言う。


「お前もだ」


 彼の体が赤く光り始め、マガトの証が反応する。コルニーの体が苦しみ始め、一瞬にして彼の体は弾け飛ぶ。


「もうやめろ!」


 俺の心は、すべてが一瞬で止まったような感覚に襲われた。コルニーがトウヤの赤い光に包まれ、苦しみながらも、何かを言おうとしている。こいつの唇は動いているけれど、声はもう出ない。彼の目は遠くを見つめているようだった。まるで、サーニャや俺への最後の思いを伝えようとしているみたいだ。


「コルニー、しっかりしろ!」


 叫んでも、もう彼には届かない。彼の体が爆発し、一瞬で消え去る。彼の存在が、彼の思いが、俺たちの前から奪われる。何とも言えない無力感が、俺を包み込む。


 俺の心は、トウヤの残酷さに対する怒りと、失われた仲間たちへの深い悲しみで溢れていた。フローレンの死、コルニーの最後の思い、それらが俺の心を苦しめる。


 俺は叫ぶ。だが、トウヤはもう止まらない。彼を止めることはできなかった。この場に増えていくのは、ただ死体だけだった。


 その光景に、俺の心は絶望に沈む。こんなはずじゃなかった。こんな悲劇を望んだわけじゃない。でも、トウヤは止まらない。彼の行動は、止められない。


 周囲には、仲間たちの無念が漂っている。俺は、この状況にどう対処すればいいのか、何をすればいいのか、わからなくなっていた。


 これが、俺が選んだ道の結果なのか? それとも、トウヤが引き起こした悲劇なのか? 俺の心は混乱と怒りでいっぱいだった。でも、ここで何かをするしかない。俺は立ち上がり、トウヤに向かって進む。この悲劇に終止符を打つために。

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例え世界を敵に回しても復讐を果たす ワールド @word_edit

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