第64話 過去の記憶と氷と炎の連携

「動きが止まった?」


 ロークが上手くやったのか?

 どちらにせよ、助かった。

 馬車を守りながら戦うのは辛かったからな。

 俺は死体の動きが止まったのを見て察した。

 いや、安心するのはまだはやいか。

 相手が意図的に魔術を止めた可能性もある。理由は分からないが、俺達を油断させる為に。


「……相手は手強い、これで終わるはずもない」


 相手がどんな奴か分からないが、くせ者なのは間違いない。俺の力がどれだけ通じるか。

 未確定な要素が多いがやるしかないな。

 とにかくロークと合流して、残りの二人を起こさないと……。


「ひゅーこいつが噂の標的かぁ!? 楽しめそうな奴だな!」


 ……あいつは? ぐ! この斬撃は。

 避けられたが、俺の目の前を斬撃で地面が抉られる。

 後退しながら敵を見ると、黒髪の男が木の上から俺を狙っていた。やばいな、これだけ消耗した後で現れたか。

 それも見た目だけだが、かなり強そうな奴だ。


「避けたか! やっぱり楽しめそうな奴だな!」

「こんな場所まで来るって事は、お前もあの王国の手先か?」

「あぁん? てめぇ……言葉には気を付けろよ? 俺が、ここに来たのはそんなしょうもない理由じゃねえよ! 後は手先じゃなくて、俺がわざわざ来てやってんだよ!」


 よく話す奴だ。とにかく、馬車で寝ている二人を起こさなくては。流石にこの相手で守りながら戦うのは苦難だ。言動は不安定だが、実力は確かだ。

 サーニャ、ガルベス……はやく起きろよ。


「とりあえず死ね……剣技【真空魔】」


 相手の男は剣を後ろに引く。

 さっきのをまたやる気か!? 

 やばいな、さっきのゾンビを相手にしてたら力が……。

 残り少ない魔力を温存しとくべきだったか。

 いや、そうも言ってられない。


 斬撃は伸びて俺の方に向かってくる。

 仕方がない。魔力をかき集めて氷の盾を作り出す。

 俺が魔術を唱えようとした時だった。


「剣技【炎の守り人】!」


 炎を纏われて現れた炎の守り人。

 その盾は全てを弾き飛ばし、敵の鋭い斬撃を防いだ。

 顔の近くまで炎の暑さを感じる。

 この攻撃というより防御は素晴らしい。

 そして、これを唱えた正体は……。


「大丈夫か!? どうしてこんな事になっているんだ?」

「説明は後だ、とりあえず起きたんだったら戦闘に集中しろ」

「お、おい! ロークは、あいつは何処に行ったんだ?」

「俺の攻撃を完全に防いだ……? ははっ! なるほど、こいつらは遊びそうだな!」


 驚いた表情でサーニャが敵と対峙している。

 とりあえずは助かった。これだけの戦闘音で起きないのもどうかと思うがな。とにかく、これで少しは相手を見る余裕が出来た。


「……それにしても、お前ら俺達に挑もうとしてるんだろ? 笑えるし、無駄な事だ」

「何が言いたい?」

「お前達は強いかもしれないがそれだけだ! それだけじゃ……俺達には届かないぜ!」


 俺達という違和感に気が付いた時。

 まさかと思って俺は背後を振り向いた。


 ガンッと頭に鈍い痛み。

 何かに叩かれたような感覚。

 完全に背後を取られて攻撃された。不覚だった。

 いや、俺とした事が気配も無くこんなに無様に攻撃されたのか。あり得ないが……やられた。


「え、エドワード!?」

「ふーん? 貴方に任せるつもりだったけど、どうやら相手は一人じゃないみたいね?」

「……余計な真似しやがって! こいつらは俺の獲物だ! せっかく盛り上がってきたのによぉ!」


 直前で氷の膜を発生させて致命傷は避けた。

 この女……気配を消して近づいてきたのか。


 一人は伸びる斬撃の使い手。

 もう一人は落ち着いた女。気配を消して近付いてくる。

 武器は……鈍器か? あれで殴られて我ながらよく意識を保ってるな。


「目的を忘れないで……私達は標的の抹消! 遊びとかどうでもいいのよ」

「……じゃあ、さっさと終わらせるぞ!」

「サーニャ! 俺の事は気にするな! お前は自分の戦いに集中しろ!」

「うん、おっけー!」


 男はサーニャ狙いか。

 なら、俺もやれる事をやる。

 この体勢からでも魔術は扱える。

 俺は体の中の魔力を目の前の女に向ける。


「魔術【氷陣(アイスエリア)】

「……へぇ、こんな事も出来るんだ」


 氷を操って地面を氷のフィールドに変化させる。

 さらに、応用を加えて相手の足場を拘束させる。

 それはまるで、手のように形を変化させて動きを止める。瞬時に作り出したものだから、そこまでの強度もないが、時間稼ぎには使える。


「氷の魔術師……噂は聞いているわ! 聞くところによると、うちの王国の弟子だったらしいわね?」

「それがどうかしたか?」

「確かに魔術の精度とさっきから見てると分析力はあって、落ち着いているわね……だけど、私達には勝てない」


 それを言い終えた瞬間。俺の体が宙に舞う。

 ……鎖に繋がれた鈍器? なるほど、動きは封じられても、攻撃は出来るって訳か。

 殴られた痛みでまともに魔術を扱えない。

 完全に不意打ちをくらってしまった。


 いや、落ち着け。考えるんだ。

 こいつらは俺の家族を無茶苦茶にした王国の手先。

 許せるはずがない。ロークのようにあれだけ直動的にはなれないが。俺にだって、負けられない理由がある。


「あら? これを受けて立ち上がるの?」

「……ここで倒れるわけにもいかないからな」

「でも、痛みは想像以上……その証拠に魔術にキレが全くない! 足場の氷も溶けてきてるわよ?」


 あれだけ生意気にロークに言っておきながら。

 隣ではサーニャが必死に戦っているのに。

 …….男を見せろ、エドワード。


「はぁぁぁぁぁ!魔術【氷槍(アイスランス)】

「気合いで何とかなるんだったら……苦労はしないわ!」

「ぐぅぅぅ!」


 必死に作り上げた氷の槍。

 それは相手の鈍器を振り回されて粉々に破壊されてしまう。今までの疲れがあるとは言っても、貧弱ですぐに破壊されるのは屈辱的だ。

 こんな事があるのか。くそ! 外には俺以上に実力のある奴なんて幾らでもいる。


 分かっていた。分かっていたが、認めたくなかった。

 そう言えばシャノンからも同じ事を言われた事があったな。いつだったか……あれは。





「流石ね、もう私が貴方に教える事は何もない」

「いや、これもシャノン先生が教えるのが上手いからですよ」


 まだ俺が何も知らなかった頃。

 ひたすら魔術の修行に明け暮れていた時。

 シャノンと俺は授業の後に勉強や実践形式の練習に付き合ってくれていた。

 思えばよく付き合っていたな。


「優秀な生徒をもって私も満足……貴方も誇りに思いなさい! この私にこれだけ言わせたんだから」

「……そうですね、でも俺にはまだ知らない事の方が多い、それを知る為にまだ強くならないと」

「偉く焦っているのね? よかったら先生に話してみなさい」


 この時からシャノンが俺の秘密をどれだけ知っていたか。それで、この質問の印象も大きく変わる。

 だけど、俺は信じきっていた。共に時間を共有して、一緒に魔術を高め合った。そんな人が裏切るはずがないと。俺は、素直にこの世界の知りたい事。それを、シャノンに話していた。


「……それで、貴方は勇者と王国について知りたいの?」

「えぇ、シャノン先生……貴方は勇者と一緒にいる時間も長く距離も近い……だから、何か知っていると思いまして」

「そうね、知ってはいるけどこれを知ったら、恐らく」


 シャノンは立ち上がった。

 その時の表情は見えなかった。

 だけど、俺に言った次の発言。その声は震えており、少しの時間がこの場に流れる。

 これも本心だったのか? それとも嘘だったのか?

 もっと問い詰めて聞いておくべきだった。


「知ったら私も貴方も破滅よ……少なくとも、私は確実にね」

「……え?」

「話は以上よ、これ以上聞きたかったら自分の力で探し出して、見つけなさい! それも勉強だと思ってね」


 話したくなかったのか。話せなかったのか。

 この少しの違いだけで話は大きく変わってくる。

 だからこそ、俺は、俺は……。





「破滅か?」

「……そんな姿でいきなり何を言っている?」

「いや、昔の記憶を思い出してな……俺の恩師は何かに縛られているように思えた、だから……お前らもそれと同じだと思ってな!」

「ふふ、なるほど……けど、それは確証がない! 憶測だけでペラペラと語るんじゃない」


 いや、知識は嘘はつかない。

 本で読んで事があるが、王国は秘密の厳守が基本。

 情報は他の国や人に回れば命に関わる。

 それが、勇者に関わる事なら尚更だ。

 逆に考えれば今まで勇者の情報が届いてこないのは異常だ。何か、こいつらに埋め込まれているんじゃないか?

 それが、理解が出来れば戦況も状況も大きく変わる。



 問題は、ここを凌げるかどうか。


「もういい! これ以上お話に付き合うつもりはないわ! ここで黙って死ね」


 全ての魔力を使って攻撃を防ぐ。

 その後の事はどうなるか分からないが今はそれしかない。


「おら! 俺の事を忘れるなよ!」

「ぐ! お前は!?」

「……やっと起きたか、でも助かった」


 ガルベスによって相手の鈍器が防がれる。

 大剣とその強大な力で相手の鎖を引っ張る。

 実力はもちろんだが、相手一人一人にタイプと相性がある。この相手は俺がやるより、ガリベスに任せた方が賢明な判断だ。途中で鎖は離されて、相手の女は間合いを取る。


「まだ残っていたか……お前も見た事がある顔だな」

「知ってくれていたか! そうだ! 紅の旅団のリーダーのガルベスだ! 宜しくな!」

「冒険者か、何も考えずただ生きているだけの浮浪者が……まぁいい、お前もこいつのようにしてやる」

「お? それは楽しみだな……けどな、俺は仲間を傷つける奴は、誰であっても許さねえんだよ!」


 大剣と鈍器がぶつかり合う。

 衝撃音が鳴り響いて二つの威力の高さが理解が出来る。

 馬鹿力だな。二人とも接近戦に長けている。

 俺が加わっても足手まといか。


「ふん!」

「力は見た目通りだな! けど、それだけでは……」

「うお!? 体に鎖が!?」


 器用に鎖を使いこなしている。

 女の方も負けていない。

 力では劣るが技量で補っている。

 さて、俺はどうしたものか? 今の残っている魔力なら。


「魔術【氷盾(アイスシールド)】


 ガルベスの目の前に氷の盾を発生させる。

 厚みはそんなにない。けど、相手の隙を作り出す。

 意図を察してくれたのか。ガルベスは大剣を巧く利用して、相手に迫っていく。


「邪魔な盾だ」

「うおおおお!」

「……だが、強度も厚みもない、こんなもの盾とは言えないな」


 その通りだ。氷の盾はすぐに粉々にされる。

 だけど、それでいい。

 戦闘において無駄なものは一切ない。

 ガルベスは大剣を後ろに引きながら女にそれを振り回す。


「くらいやがれ!」

「……連携してるつもり? それは、貴方達だけとは思わない事ね」


 ……! まさか!? 顔の付近までガルベスは大剣を振り下ろした直後。遠くからの斬撃がガルベスの体を貫く。そうか、ずっとこれを狙っていたのか。

 全ては確実に相手を仕留める為の撒き餌。

 サーニャと戦っていたからと油断していた。


「残念ね、私達は戦い慣れてて、お互いの事をしっかりと分かっている……その差が出てしまった、それだけよ」

「……まさか、あっちの男がこっちの戦況も見ているとは思わなかった」

「勝負は決した、諦めなさい」

「……いや、普通はそう思うよな」


 戦況が見えている。それは相手の方が見えている。

 そう思わせていた。だから、俺は大声である人物の名前を呼ぶ。


「サーニャ! 今だ!」

「うん! 剣技【炎雷】」

「こいつら……まさか!?」


 離れているサーニャの名前を呼んだ時。

 その剣技はこっちにいる女に命中する。

 完全に無防備だった女はサーニャの炎と雷が混ざった攻撃を受ける。あの男の剣技は強力だ。でも、ここまで戦って見ていてよかった。剣技を発動してからの時間。

 恐らくだがもう一度使うとなると……。


「大丈夫か!?」

「助かった、狙い通りだったな……」

「でも、エドワードがこんなに傷だらけになって」

「俺の事は気にしなくていい! それよりも……」


 サーニャの剣技を受けた相手。

 何処に行った? 煙と共に姿が見えなくなった。

 相当な手傷を受けた。動けないはずだが……。


「はぁはぁ……まさか、別の方向から攻撃してくるなんて」

「おいおい、やられてんじゃねえぞ! サキ……お前の方が油断したな」


 気が付いたらサキと呼ばれた女は男の隣に居た。

 体が焼かれて、左手が痺れている。そう見えた。

 苦しそうだが、まだ生きている。それが残念だが、相手をさっきよりも追い込んだ。それだけで、充分だ。

 けど、俺の方も受けたダメージは大きい。


「おっと! 大丈夫かよ!」

「……悪いな」

「安心しろ! 後は俺とサーニャで何とかする! お前は、ここまでよくやってくれたな」

「うん! 今回は私もみんなを守る! それが私のやる事だから!」


 倒れそうな体をガルベスに預ける。

 悔しいが、これ以上は体も頭も働けない。

 後は信頼している仲間に任せるとしよう。

 けど、このまま終わる訳がない。

 こいつらも厄介だが、もっと強大な敵が潜んでいる。

 そんな気がした。そいつを倒すまでは安心は出来ないだろう。


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