第51話 歪んだ愛情


「落ち着いたようだな」

「そ、そうだね」


 ロークはどうしたんだろう?

 この街の様子は落ち着いたみたい。

 周りの人達は避難して落雷もなくなった。

 多分だけどロークが何とかしてくれた。


「それにしても……関係ない人を巻き込むこのやり方俺は許さん」

「下手したらたくさんの人達が死んでいた、そう思うと本当に」


 私は唇を軽く噛む。

 受けた傷は治っても一生心に残り続ける。

 ロークも、私も同じだ。

 信じていたのに裏切られて。その繰り返し。

 下を俯きながら私はそう考えていた。


「本当に……」

「ねぇ? 本当にどう思うの?」


 それは本当に一瞬の出来事。

 私は地面に倒れて体の自由が制限される。

 痛い。そして、ビリビリとした感覚がある。

 地面に倒れ落ちた時。指先をピクピクと動かしながら私は見上げる。


「あ、あぁ」

「別にいいじゃないの? 殺しても、貴方達には関係ない事だし」

「関係ない、って! そんなの、うぐ!」


 腹部に強烈な痛み。蹴られたのだろう。

 駄目だ。体の自由が……。電撃によって体が拘束されているかのようだった。

 か、体が動かない。これは辛い。

 私は何とか立ち上がろうとする。でも、不意に受けた攻撃は想像以上だよ。


「やめろ」

「……ふぅ、そう言えば貴方も私の邪魔者だったわね?」

「一応、こいつを託されたからな」


 が、ガルベスさん。

 大きい背中が私を守ってくれる。そうだ、立たないと。

 懐から薬を取り出して口に含む。

 即効性はないけど時間と共に効果はきいてくる。

 それよりも、戦わないと。生きる為に。


「剣を握れ、サーニャ」

「う、うん」

「たく……ロークの野郎は何をやっているんだ? 目の前に、その相手がいるのによ」


 命令されて私はヨロヨロと立ち上がる。

 体の痺れは若干残っているけど大したものじゃない。

 戦うしかない。目の前にロークが苦しませている相手がいる。

 ……少しでもあいつの苦しみをなくしてあげたい。

 だったら、殴られても、痛くても立ち上がる。立ち上がらなければいけない。


「この期に及んで私に歯向かうって言うの?」

「見た感じお前は瀕死の状態……俺達がお前を倒す」

「ふふ、それは一体誰の為なの?」

「……自分の為、そして、大切な人の為だ」


 先に動き出したのはガルベスさんだった。

 言葉一つ一つに重みが感じられる。

 そうか、この人に待っている人がいる。だから、死ねない。

 私だって同じだ。こんな所で惨めに死ぬなんて絶対に嫌だ!


 ガルベスさんは大剣をあの女に振るう。


 ――――命中した? 威力、速度、自分とは桁違いの攻撃が当たる。

 でも、おかしい。相手は全く抵抗しない。

 斬られても、ただ立っているだけ。

 多量の血がこの場に流れ落ちる。しかし、しばらく攻撃し続けていると。


「そんなものなの?」

「……お前、その傷で」


 う、嘘でしょ? 相手は血だらけの状態で剣を受け止めている。

 片腕で返り血を浴びながらあの人はこちらをじっと睨み付ける。

 乱れた髪の毛。狂気的なその表情はとても怖かった。

 恐怖でどうにかなってしまいそうだった。

 すると、相手の女は反撃をしてきた。


「大した攻撃では無いわね……それで、旅団の隊長が務まっているのかしら?」

「黙れ」

「じゃあさ、これも耐えて見なさいよ」


 体全体に感じる痺れ。

 それは次に起こってしまう最悪の出来事。

 ガルベスさんは攻撃を避けようとする。しかし、その場から動けない。

 どうして? はやく避けないと……。


「無駄よ、至近距離で拘束魔術は流石に解けないでしょ?」

「お、お前……まさか攻撃を誘ったのは」

「痛いわ……でも、もっとこれから貴方達は痛くなるから安心してね!」


 やばい! 私は急いで二人に距離を詰める。

 嫌な予感というよりは直感。

 剣技を発動しようとしたが間に合わない。

 そして、あの女が言った発言。


「ぐ……」

「脆い体……大きいのは図体だけだったようね」

「やめろぉぉ!」


 一瞬でガルベスさんの体は貫かれた。

 唖然としながら私は見ていた。

 目の前で雷鳴と共にこんなに簡単に砕け散った。

 私の大声は虚しくガルベスさんはその場で崩れ落ちた。


「ほら、ね」

「……」

「うう……くそっ!」


 もう、冷静にはなれない。

 私は血だらけのガルベスさんを飛び越えて目の前の敵に襲い掛かる。


「剣技【炎雷】!」


 この場に炎と雷が合わさった雷撃が落ちる。

 複数のそれは相手を狙う。

 体全体の力を放出して一気に勝負を決めるようとする。

 ガルベスさんが目の前で酷い状態になっている。

 それが怒りの引き金となり、私は顔を険しくする。


 最大火力の剣技は相手を殺すには十分過ぎる程のもの。

 絶対に仕留めた。私は確信したけど甘くはなかった。


「炎が混じった雷ね……威力は凄いけど私を殺すにはまだまだかな?」

「はぁはぁ……そ、そんな」

「驚いたってこれが現実なのよ? 残念だけど貴方達じゃ私には届かない」


 最初に受けた雷撃。

 それが影響しているのか。私はもう剣技を発動する事は出来ない。

 その場に膝をついて息切れが激しくなる。

 赤く染まって立っている女。見ているだけで気分が悪くなる。


「もう限界なの? 期待外れだったかな……?」

「……どうして? こんな酷い事をするんだ? ロークを、みんなを苦しめて!」

「ふふ、楽しいからよ」

「へ? た、楽しいって?」

「そのままの意味よ? 貴方は自覚しているか分からないけど、ロークにとって貴方は大事な存在……だからこそ、壊したいのよ!」


 言っている意味が分からなかった。

 壊したい? 大切だからこそ守るものじゃないの?

 体の震えが止まらない。分からない。

 この人が何を考えていて、何を求めているのか?

 それでも間違っている。それだけは分かる。


「貴方を殺せばロークはもっと悲しむ……絶望した顔が見たいのよ」

「そ、そんなの!」

「間違っていると思うなら私を何とかしなさいよ! けど? 貴方の力じゃ無理だと思うけど……」


 ――ガルベスさん!?

 私達が話している間。背後からガルベスさんが相手を両腕で拘束する。

 あの攻撃を受けて動けるなんて……やっぱり凄い。


「離しなさいよ」

「動けないと思っただろ? 残念だったな」

「……傷口が回復してる? あっははは! 訂正するわ、流石は旅団の隊長と言った所かしら?」


 薬? 魔術? とにかく助かってよかった。

 思わず泣いてしまいそうになる。でも、まだ終わった訳ではない。

 必死に力を振り絞って私は立ち上がる。

 蹴られた痛み。泥や小石が口に含んでいたが唾をはいて処理する。

 剣を構えて今はあの女から目を離さないようにする。


「それにしても、私達が見捨ててもこれだけ支えてくれる仲間が出来るなんて……ふふ、本当に殺したくなるぐらいに嫉妬しちゃう」

「お前らが思っている以上にあいつにそれだけの価値があるという事だ」

「そう? 私にはそうは思えないけど?」

「お前になくても俺達にはあるんだ」

「……面白くないわ」


 ……くる! その発言と同時に私とガルベスさんは同時に動く。

 建物を利用して雷撃が私に向かってくる。

 それは動物の形をしており、種類も大きさも様々。

 残っている力を使って剣に炎を伝える。


「こんなものに……負けてたまるか!」


 剣で雷撃を振り払って攻撃を止める。

 もう限界だ。悔しいけど怒りに任せて行動した結果だ。

 ガルベスさんは拘束した状態から女を押し倒す。


「……襲う気?」

「黙っていればいい女だけどそんな気はねえな」

「はぁ、そう、だったら」


 私は気が付かなかった。既にあの女の手の平の中で踊っているという事実に。

 違和感に気が付いた時にはもう遅かった。

 肌に感じる静電気のような感覚。ピリピリとしたものは違和感ではなかった。


「ここまでの茶番……付き合ってくれてありがとうね」


 視界が真っ白となる。

 何が起こったのか? 一瞬でこの場は破壊される。

 今までものとは想像にならない程の威力と範囲。


 ……あれ? 気を失っていたのか?

 私は瓦礫を押しのけて起き上がる。

 そこには信じられない光景が広がっていた。


「うそ……こんなの」


 燃えている。建物が、民家が。

 そして、さらに衝撃的だったもの。

 ガルベスさん……!?

 壁にもたれかかってその場から動かなくなっていた。

 なんで、どうして。駄目だ、動けない。

 体はもうボロボロで意識を保っているのもやっとな状態。


 泣くな。泣いたら……負けを認めてしまうことに。


「はい、次は貴方の番よ」

「……! が、はぁ」


 胸に何かが突き刺さる。こ、これって私の剣?

 強烈な痛みを我慢しながら後ろを振り返る。

 そこには傷だらけ女が微笑みながら立っていた。

 地面に静かに零れ落ちる自分の血。

 目を丸くしながらまだこんなに動ける相手に驚いていた。


 そして、剣を強引に引き抜かれる。

 血が止まらない……。

 意識が朦朧としてきても私は相手を見つめる。


「あの男も殺して、貴方も殺せばきっとロークは絶望して、生きててもずっと自分を恨み続けるのよ? 自分と関わったばっかりで大切な人がどんどん死んでいく」

「そ、それでどうなるんだ? お前の……お前の何になるんだ?」

「どうせ、この先生きていても幸せにはならない、この世界を敵に回している時点で」

「……ふ、ふざけるな」

「どんなに喚こうがここで終わりよ、じゃあね」


 喋るだけで辛い。口から血を吐きながら私は地面に倒れる。

 あぁ、私はここで終わるのか? 

 ちくしょう……何でこうなる。

 最後に見えたのは相手の女が剣を私に向ける姿。


 ごめん、私はここで終わりみたいだ。

 どうせ、死ぬなら……最後はお前と一緒に居たかった。

 ローク、私はお前の事が……。

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