第50話 逃走した理由と目的は……


「だから、ロークは勝てないのよ」


 これはシャノンと鬼ごっこで遊んでいた時。

 想い出が蘇り、俺は息をきらしながらシャノンの顔を見つめていた。

 地面に寝転びながら、シャノンは俺を見下ろしている。

 勝てない。頭を使って遊びはもちろん。

 こういう体力勝負の遊びだってそうだ。


「動きも考えも読みやすいのよ……もう少し周りの状況をしっかり見ないと」

「……そう言ってもな、シャノンみたいに考えられねえよ」


 呆れた表情。シャノンの手を握りながら俺は立ち上がる。

 単純な遊び。それでも奥は深い。

 今日だって雨が降った後の鬼ごっこ。

 地面に水気があり走りにくい。

 そういう所も利用してシャノンは俺を追い込んでいった。


 周りの状況を見て地形などを利用する。

 冷静に分析して観察する。


 何気ない事だった。



「殺してやる……殺す、殺す、殺す!」


 目の前で起こっている出来事。

 当時の同一人物とは思えない程に狂っている。

 シャノンが次の攻撃に備えている間。

 エドワードは上空を見上げて俺に合図を出す。


「ローク、隠れろ!」

「……あぁ!」

「何をしようとしても無駄よ! 貴方達はここで死ぬのよ……絶対に、殺してや」


 それはお前だ、シャノン。

 俺はエドワードの合図と共に建物の内に侵入する。

 ガラスの窓を突き破って身を抑える。

 シャノンはまだ気が付いていない。

 もう、お前を倒す方法は思いついている。


「残念だがお前はここで終わりだ! 【氷の槍】」


 上空の空の模様。それはシャノン自身が唱えた魔術の影響。

 降り注いできた多量の雨。エドワードはそれを利用した。

 水滴は一瞬で凶器となって鋭い氷がシャノンを襲う。


「……なぁ」


 俺は身を隠した建物の中からシャノンの悲鳴だけは確認が出来た。

 決してその姿は見なかった。見たくもない。

 本当ならこんな悲鳴は聞きたくなかった。だけど、仕方がない。

 しばらくすると、シャノンの悲鳴は聞こえなくなった。

 若干の体の痛みを感じながら俺は外に出る。


「終わったのか?」

「……あぁ」


 雨にうたれながら、俺は低い声でエドワードに聞く。

 髪が濡れることも、服装が濡れることも気にしない。

 そんな事よりもシャノンがどうなったのか?

 俺は静かに歩きながら氷の槍で貫かれたシャノンを確認する。


「……シャノン」


 赤い液体が流れており残酷な光景。

 終わったんだな。本当に死んだんだな、こいつ。

 口元を抑えながら俺はしゃがみ込む。

 当然の報いだ。俺にした事以外にも、たくさんの人に迷惑をかけた。

 家族を崩壊させて弄んだ。そんなの許されるはずはない。


「流石にこの人でもあれだけの攻撃は避けられなかったか……」

「そうだな」

「これでお前の復讐も俺の復讐も一つ終わった……けど、虚しいな」


 虚しい、か。それを考えたら今までの行動が全否定されている。

 そんな風に聞こえた。幾ら、こいつが罪人だろうと殺していい理由にはならない。

 目を細めながら動かなくなったシャノンを見つめていた。


「でも、これが罪だろうとこの人は裁かれるべき……でも、強大な力の前でそれが出来なかったら、それで揉み消されたら……こうするしかないのか?」

「それは分からない……だけど俺はこれが間違っているとは思えない」


 世界は許してくれなくても、俺はやり続ける。

 それが俺の生きている理由だから。

 復讐とか虚しいと思われるかもしれない。だけど、俺にはこれしかない。

 俺は決意を込めて立ち上がろうとした瞬間。


「がはぁ……ま、まて」

「な!? まだ生きていたのか!」

「しぶといやつ人だ」


 俺の腕を掴みながらシャノンは睨み付けてくる。

 再生の力がこれ程に強力とは思わなかった。

 ガッシリと掴まれた腕は引き離そうにも離せない。

 力強く傷だらけの状態でもこの力は半端ではない。


 何て奴だ。執念深く、掴まれている腕が血だらけになる。


「間違っているとは思えないって……私を殺しても無駄」

「……何を言ってるんだ?」

「そのままの意味よ! この世界は、私達の為にある、いずれはあんた達なんてすぐに……」


 シャノンは薄っすらと笑みを浮かべながら俺達に伝える。

 意味深な内容だった。潰そうと思えばすぐに終わらせる事が出来る。

 そんな風に聞こえて仕方がなかった。


「すぐに? 俺達を殺せるという事か?」

「そうね、もう少しでこの世界は……どうなっちゃうのかしらね?」


 俺はシャノンの腕を振り払って立ち上がる。

 こいつが何を言おうとこの状況はこちらが有利。

 このまま捕まえて情報を聞ければ……。


「とにかく、ローク! この人を殺すのは後だ……色々と聞きたい事もあるしな!」

「ふふ、それはどうかしらね!」


 その瞬間。シャノンは閃光を放ちながら立ち去る。

 迂闊だった。こいつは俺達から逃走する為にあんな事を言ったのか?

 そして、消える時にシャノンは俺に向かって。


「ローク、もっと絶望を見させてあげる……貴方以外の人に」


 反応しようとした時にはもう遅かった。

 ビリビリとした感覚が残ってシャノンはこの場から居なくなった。


 ここまで追い込んだのに。ちくしょう……けど、最後のシャノンの言葉。

 どういう事なんだ? 俺は考え込む前に自分の立場を考えてみた。

 貴方以外の人。それは、俺が知っている誰かという事。


「まさか……サーニャ!?」


 気が付いた時にはもう手遅れだったかもしれない。

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