第68話 闇の力の解放と自由を求めて

「ほら、これが真実だ……諦めろ」 


 放心状態……という訳でもないけど、俺は顔を地面に擦りける。泥だらけになろうと構わなかった。

 もう、希望を感じる事も出来ない。大敗北だ、サーニャもそうだけど、恐らくガルベスもエドワードも王国に連れられる。そして、また俺は一人になる。また、戻ってしまう。あの地獄の日々に。


「ニーナ、そろそろもういいわ」

「あぁ? まだ殺してないけどいいのかよ?」

「ふふ、もうロークに戦う意志なんて残ってないわよ……見て、その顔」


 水晶玉を見る気力もなかった。

 フローレンの言う通り、サーニャを失って俺は戦意喪失していた。ニーナは力を緩めて気が付けば拘束は解かれる。でも、関係ないな。俺は、また失った。

 家族も、故郷も、仲間も、恋人も、全て捨てた。

 いや、捨てられたんだ。俺の意志ではない。

 離したくないのに、離れていく。無情だ、守りたいものも無くなっていく。


 今の俺の顔を笑うか? 見ると覇気もクソもない。

 ただ、この結果は決まっていたかもしれない。

 でも、最後まで信じたくなかった。

 それは、仲間を裏切ると同じだから。

 仲間、そして特別な関係のサーニャ。まさか、本当にこうなるとは思わなかった。


「ありゃ? こいつ、ピクリとも動かねえぞ?」

「ふふ、それはそうよ……こんなにも簡単に裏切られたら誰だってそうなるわよ」

「それもそうか! でも、まだサーニャだけで後の二人が残っているよな?」


 ガルベスとエドワード。サーニャは、家族を人質にこいつらに寝返った。それで、ガルベスは旅団の仲間を……。


「んー? 少なくともあのガルベスって人は私達に同行するはず……だって、ここに紅の旅団の人達が来てるからね」


 ……何? 僅かな力を振り絞ってフローレンが持っている水晶玉を見つめる。そこに映し出されていたのは、さらに人数が増えた光景が広がっていた。

 来やがった。全ては作戦通りって訳か。一度も会っていない旅団の奴らが敵として登場するとは。

 笑い事じゃないが、正気の沙汰じゃない。

 敵は……1、2、いや、数えられない。

 何を考えてここにやってきたのはすぐに理解が出来る。目的はガルベス、これは間違いない。

 それにしても、紅の旅団があれだけ人数がいるとは……はは、これは敵わない。


「これで、お前の仲間は全て終わりだ! 残念だけど、でも! 安心しな! ここで、お前も私達に痛みつけられて、死ぬから何も問題はねえぞ」


 ……もう使わないと思っていた。

 これからは仲間と一緒に戦っていくと。そう、決めたから。制御が出来ない力は、仲間を巻き込むからと。そうやって自分で決めていたのに。


「ふざけんじゃねえぞ」


 体から湧き出てくるのは力。

 さっきまでとは全然違う感覚。

 もう、俺に失ってはいけないものは居ない。

 思う存分にこの力を発揮が出来る。

 闇の剣士、大した力では無かった。けど、様々な体験や戦闘を経験していくうちに。


「ふふ、やっと本気のロークを見れそうね」

「何だ……? こいつ、剣が黒くなって雰囲気が全然違うぞ」

「……今度はこっちの番だ! お前らはここで俺が殺す!」


 憎悪が最大限に膨れ上がってそれが力の源となる。

 あの時と何も変わっていない。

 結局、俺はこうするしか真の力を出せない。

 サーニャや他の仲間を失うのが濃厚なこの現状。

 その元凶となったこいつらを目の前にして、力の出し惜しみをする必要ない。

 全力でただ叩き潰すだけ。殺してやる。ぶっ潰す。


 前方にいるニーナが俺の攻撃を受け止める。

 流石の天職の力は強大。

 しかし、それ以上の力をニーナにぶつける。


「なぁ!?」

「その剣も……この俺の前では無駄だ」


 剣を手で握り潰すと、その剣は跡形もなく消える。

 それは燃えるように剣を焼失させて、ニーナはだらしない表情をしていた。

 自分でもこの力の動力は分からない。けど、そんな事はどうでもいい。


「私の剣が一瞬で……ちぃ! けど、剣が無くなってもこれがある!」


 焦りが見える。ニーナは急変した俺の姿や言動を見て、怯えている。何だよそれ、こんな奴に俺は……そう、考えると苛立ちを隠せない。

 すると、ニーナは体を捻りながら殴ろうとしてくる。まともに受けたら危険だ。だけど、俺はタイミングを合わせてニーナの手首を掴む。


「う、嘘だろ!?」

「悪いが、もう一度死ね」

「ぐぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃ! ロークぅぅぅぅぅ!」


 小枝のように簡単にニーナの手首は折れる。

 その勢いで地面に叩き潰して、それはプラプラと使い物にならなくなる。この森にニーナの悲鳴が響き渡る。あぁ……やべぇ。自分の異常さを感じた時はもつ遅かった。ゾクゾクと体全体に快感を通じて、俺は笑顔になる。


「おら、どうした? 俺の事を殺すんだろ?」


 倒れ込んでいるニーナを俺は何度も蹴る。

 腹を蹴って、力を強くしていく。

 必死にニーナは耐えていたが、それも限界に近づいたのか?


「おぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「……汚ねえな!」

「ぐふ!」


 その場に吐いてしまうニーナ。

 それにしても、こんなにニーナが傷付けられているのに。助けようともしないフローレンはどうなんだ? どうでもいいが……ん?


「ふふ、やっぱりニーナじゃロークには勝てないか」

「ごふ……てめぇ! そんな所で優雅に見てないで助けろよ!」

「あら? さっきまでの威勢はどうしたの? どちらにせよ、私が貴方を生き返らせてあげたのだから……どうしようと私の勝手でしょ?」


 ……哀れだな。ぐ! やっぱりこの力に飲み込まれそうだ。体がどうしようもなく熱い。通常よりも大きな力を手に入れるかわりに負担も大きい。

 ニーナの怒りの矛先がフローレンに向いている時。

 一気にここで決めるか。フローレンにも警戒しているが、奴は攻撃をしてこない。ニーナを助け用途もしない。一体何が目的なんだ?


 いや、相手を見るな。

 自分だ。最終的にやっぱり自分しか信用が出来ない。だから、この力の一部を解放する。

 もう、この闇に体を預けても構わないかもしれない。どうせ、誰も待っていない。待っているのは途方もない絶望だけ。


 それだったら全てを……。


「ぐ………ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 つぅ、思った以上に辛いな。体が蒸発してしまいそうだ。普通だったら耐えられない苦痛。

 でも、今ならこんな苦しみ以上に味わってるんだよ、俺は。


「こいつ、何がどうなって……」

「ふふ、これがロークの本当の力、私達に見せていたのは本当の一部……その、力がここに目覚めるかもしれないわ」

「……これがお前達の最後だ」


 黒い煙と共に俺はニーナの背後に回る。

 蹴られた腹部を抑えながらも、ニーナは立ち上がる。立たないと死ぬからな。けど、そのスピードじゃ遅過ぎる。追いついていない。前回よりも、俺自身の速度が上がっている。

 まずは、ニーナだ。後ろに控えているフローレンは未知数だ。だから、後だ。そして、目の前でニーナを残酷に殺せばこの後の戦闘にも支障が出る。


「いつ間に私の後ろに……がはぁ!」

「喋る余裕はねえよ、お前に」


 それに、自我を保ってられる。

 前回と違ってまた力が強くなっている。

 段々と体に馴染んできている。

 だから、こうやって次を考えながら行動が出来る。

 次はどうやってこいつらを痛めつけようと。

 そんな、戦闘中なのに生意気に強くもないのに。


「がぁぁぁぁぁ、ぐ、ぐるじぃ」

「苦しめよ……お前は一度は俺に殺されたんだろ? だったらこのまままた俺に殺されろ」

「ふ、フローレン! 助けろ! てめぇは何で動かない……あがぁ! ほ、本気でやばい」

「……だって、一度助けたのも勇者や王国の命令で貴方を助けただけ、私の意志でない……この意味が分かる?」


 マガトの証、紋章で縛られてる人間。

 確かに王国に行けば手に入る。地位も名誉も安全で優雅な生活も。でも、奪われる。


「自由が、俺も……進むぞ」


 さっきからニーナの首を掴んでいた。

 足が地面から離れるぐらいに。俺は力を込めて、ニーナを片手で持ち上げていた。だから、ニーナを苦しみのあまり顔を歪ませていた。

 フローレンは助ける意志も、動く姿勢もない。

 止められているのだろうか? これ以上はやめろと。紋章か? それがあるから動けないのか? 


 はは……ふざけんな。

 俺はそんなものに縛れるつもりはない。

 自由を必ず掴んでみせる。

 そして、ニーナの首を掴む力を緩める。

 地面に落ちる一瞬の間を狙って俺はニーナの顔面を殴る。多分、顔は崩れて立ち上がれないだろう。

 骨が折れる音が耳まで届いた。

 かなり威力だったんだな。あんなに遠くまで吹っ飛ぶんだな。ニーナは森の木に直撃して、背中を強打する。手についた血を舐めとって、俺は次の標的に目を向ける。


「次はお前だ……フローレン!」


 こうするしかない。

 普通の人間として生きるのは無理だ。

 でも、進み続けないと。

 必ずここまでやってきた事を無駄にしない為に。

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