第3話 圧倒的な力と勇者


 スキル発覚から一週間。

 俺とニーナとシャノンとフローレン姉さんは鍛錬を行っていた。

 ナイルがこのトリス村にしばらく在住すると言って、面倒を見て貰った。

 天性の才能の三人と凡才以下の俺。この差を埋めるのはやはり困難であった。


「ふん!」


 ニーナは【剛腕の剣士】として剣術を学んでいた。

 体力と力は女性ながら人一倍ある。

 それを生かして多少は強引だったけど、どんどんと強くなっていった。


「うーん、魔力の使い過ぎはよくないね」


 シャノンは【古の賢者】として魔術を学んでいた。

 知識と魔力量に自信があり、シャノンの性格的に似合っていた。

 たまーに見せる黒い笑みが怖いけど。


「あらら、やっぱりお薬はしっかりと作らないといけないわね」


 フローレン姉さんは【光の錬金術師】として錬金術を学んでいた。

 元々、料理や調合に興味がありそれらの才能に溢れていた。

 様々な薬を開発して、村の人達に驚かれていた。


 三人それぞれが課題をこなしている。

 ナイルも褒めており、目を輝かせている。

 一方でハズレスキルを引いてしまった俺は……。


「どわぁ!」


 支給された鉄の剣を地面に落としてしまう。

 重い、これでは自由に動けない。

 呼吸を荒くしながら俺は何とか三人に付いて行こうと奮闘する。


 三人と一緒に王国に行くと決めた。それにはまず力が必要だ。

 王国に招聘されるのは選ばれし者だけ。

 優秀なスキルを持っている三人はもちろんされるだろう。


「ちょっと! 大丈夫か?」


 ニーナの声が聞こえた時にはもう時既に遅し。

 地面に倒れて空を見上げる形となってしまった。

 不甲斐ない。男の俺が女性であるニーナに助けられる。


「何とか……ごめん」

「謝るなよ、少し調子が悪いだけだ」

「まぁ、何かあれば私の魔術で助けてあげるよ」

「怪我しても私の作った薬で治してあげますから安心して」

「みんな……うん、もう少し頑張ってみるよ!」


 もう一度立ち上がり、俺は剣を持って振り続ける。

 辛くても三人と一緒なら乗り越えていける。

 俺は、この一週間三人のサポートもあって挫けずに頑張れた。


 しかし、一週間後の今日。俺達の運命を大きく変える出来事がやってくる。


「王国の勇者がこの村にやってくる?」


 ナイルから報告された。

 どうやらこのトリス村にアレースレン王国から勇者が来るらしい。

 今まで小さな村にやって来るのは初めてらしい。


 その勇者の名とは。


「皆さん、勇者の【トウヤ】です……以後、お見知りおきを」


 馬車から降りて来たのは好青年だった。

 黒髪で美形で端正な顔立ち。

 村の女性達は勇者であるトウヤに魅了されている。

 王族の赤いマントをヒラヒラとさせながら、ニーナ達に近付いて来る。


「噂は聞いている! 君達が……私と同じぐらいの力を持つ者か」

「お、おう、そ、そうだ!」

「ニーナ……口を慎んだ方がいいわよ」

「初めまして、えっと、勇者様かトウヤ様どちらの名前で呼べばいいですか?」

「別にどちらでもいい! それよりも、ナイルが言っていた事が本当かどうか見たい」


 好青年という印象だったが、口調が丁寧という訳ではない。

 ただ、三姉妹の力は認めている印象。

 全く雰囲気が違う。これがアレースレン王国を守る勇者。

 自分とは住む世界が違う。


 それに、ニーナもシャノンもフローレン姉さんも何だか楽しそうだ。


 モヤモヤとした気持ちが俺を包み込む。

 嫉妬? 勝負にすらなっていない。


「ふむ、勇者様がそう言うなら……悪いが、三人共今すぐに勇者様と一戦交えてくれないか?」


 困惑する三姉妹。俺だって勝手に話を進められている。

 だが、流石に勇者の提案だから断れない。

 三人共無言で頷いてすぐにこの村でトウヤとの勝負が開始された。


 観客として村の住民と勇者の護衛も加わる。


「うひょー人が多いな!」

「多くの人に見られているとやりにくいわね」

「こんな機会なかなかないからいい経験になるわね!」


「三人共大丈夫かな?」


 いや、俺が心配してどうする。

 大丈夫だ。強いから、きっと勝てなくても一矢を報いるはず。

 一週間必死に特訓したんだ。努力は裏切らない……はず。



「勝者! 勇者トウヤ!」


 それは圧巻というより実力差がかけ離れ過ぎていた。

 ニーナを上回る剣術と力。シャノンを上回る魔力と魔術。

 フローレン姉さんの作り出した薬なども全て上回る完成度。


 開始される前の歓声もなくなっていた。

 トウヤは表情を崩さずに剣を納刀する。

 三人の天性のスキルの実力を超える力。


 目の前で見せつけられ俺は体の震えが止まらなかった。


 静まり返るこの場で、ナイルは勇者に変わって口を開く。


「御覧の通り、今のままでは天性のスキルも宝の持ち腐れという非常に勿体無い……ですので、是非アレースレン王国にお越しに!」

「こ、こんなに差があるなんて、ちくしょー!」

「嘘よ、こんなに完敗したのは初めて」

「あらあら、大変な事になってしまったわね」


 負けず嫌いのニーナはともかく、シャノンもフローレン姉さんも。

 この結果に驚きながら納得が出来ていない様子。

 俺も、こんなに完敗するとは思えなかった。

 だから、恐怖で体が縛られている。


 そして、トウヤは三姉妹に威圧するように見下す。


「これが君達の現状だ! もっと強くなりたかったら……私の所に来い! その悔しさを王国と世界の為にぶつけてみろ」


 遠くからその光景を見つめる。

 自信満々の発言は自分には出来ない。

 いつも弱弱しく、三人に頼り切っていた。


 トウヤは泣きそうなニーナやシャノンを前にしても関係ない。


「だけど、たった一週間でこれだけスキルを使いこなしているのは見事だった! やはり、ナイルの言った通り……王国に招待したい」

「あ……いや、そう言われると照れるな」

「別に大したことありませんよ、ですけど褒めて下さってありがとうございます」

「あら! 正直怖そうな人だと思いましたけど、笑顔が素敵な方ですね!」


 三人にとってトウヤは魅力的に映っているだろう。

 表情や仕草そして圧倒的な力。

 男としても負けている現実を受け入れたくない。

 気が付けば表情が険しくなっていた。


 あれ? おかしい。胸が痛い。怪我もしていないのに。

 ズキズキとする感覚に俺は倒れそうになる。

 さらに吐き気も追加されて、立ち眩みが襲う。


「あの……この子の父です」

「同じく母です」

「貴方達がこの偉大な変革者の両親ですか、改めて王国に招待したいという事で話を進めているのですが宜しいですか?」

「うーん、私達はこの子達の意志を尊重したいので」

「ええ、私達が決めてはこの子達に悪いので……」

「そうですか、だったらナイル!」


 すると、トウヤがナイルを通じて両親達に話をしている。

 こっそりと話していて内容は分からない。

 だけど、自分にとって関係ない。知らない方がいいというのは理解が出来る。

 そして、話し終えると目の色を変えていた。


「それでしたら、是非!」

「えぇ! 勇者様……あの子達をお願いします!」

「そう言って頂けて嬉しいです」


 両親も村の人達も。まるで洗脳されているかのようだった。

 このままでは、離れ離れになってしまう。

 込み上げてくる色々なものを堪えながら。

 俺は、三人と交わした約束を思い出す。


「ちょっと待って下さい!」


 周りは見えていなかった。

 とにかく俺は傾きかけている三人と両親。そして、村の人達の気持ち。

 もう一度それらを自分の方に向けたかった。


 余裕のある勇者と違い、俺は心身共にボロボロ。

 きっと笑われるだろう。

 適うはずがないのに、世界を守る勇者に勝負を挑もうとする。


「ぼ、僕とも……勝負して下さい」

「い、いや! 何言ってんだよ! ローク、この人はすげぇ強いぞ!」

「そうよ、私達がほとんど何も出来ずに終わったんだからやめときなさい」

「でも、私達の為にもしかすると、挑んでくれているのかな?」


 村全体がざわつき始める。

 ニーナ達は、突然の俺の宣戦布告に驚いている。

 しかし内心は凄く怖かった。背が大きくて、まるで風格が違う。

 勝つとか負けるとかじゃなく勝負になるのか。


「……無礼だな」

「そ、それは承知しております」

「【錆びれた剣士】という無様なスキルで、王国の勇者に挑もうとする……やめておけ、全てを失うかもしれんぞ」


 ナイルは忠告してくる。確かに、自分から仕掛けておいて手加減されるとは限らない。

 きっと殺される覚悟で挑まないといけない。

 勇者は何度もそういう経験があると思う。しかし、村の外にも出た事がない俺とは比べようがない。

 醜態を晒すだけ。引き下がるしかないのかな。


「いや、そういうのは嫌いじゃない」

「……本気ですか、トウヤ様?」

「儀式を受けた者だったら誰でも受けてやる……ただ、おい! 受けてやるがお前が負けたら、この三人は貰っていくがいいよな?」


 勇者は自分の顔をジッと見つめる。

 その黒い瞳に吸い込まれてしまいそう。

 迫力に押し負けない様に俺も答える。


「そ、そうじゃないと勝負をしてくれないんですよね? だったらそれで構いません!」

「おい! ローク、本気で言ってんのか?」

「勝てるの? いや、でもロークだったらもしかしたら」

「そうね、ロークだったら確かに何かをやってくれそう」

「威勢がいいな……よし、お前の覚悟が本気なのか確かめてやる」


 勇者は再び剣を取り出す。

 黄金に輝くその剣。まるで勇者を象徴しているかのようだった。


 思えばこの戦いを挑んだこと。それが最悪の選択だった。

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