第4話 勇者と勝負
トウヤとの勝負。
それは、ある意味一番の盛り上がりを見せている。
最強と最弱の二人が対決。
審判であるナイルも最初は不満だったが興味があるようだ。
「それでは、勇者トウヤと剣士であるロークの勝負を行う」
「宜しく頼む」
「宜しくお願いします」
互いが剣を取り出し、勝負師の顔となる。
しかし、俺は慣れていない。
その為か足腰が震えて手汗が止まらない。
これが経験と力の差か。まるで、始まる前から勝負になってない。
「おい、ローク! 頑張れ! 負けんなよー」
「力一杯に戦って来なさい! 大丈夫、負けても慰めてあげるから」
「自信を持って私達と一緒に一週間特訓したんだから!」
村の人間も勇者側に肩入れする中。
三人はいつまでも俺の味方をしてくれた。
それだけで気持ちが和らぐ。落ち着きを取り戻す。
勝てるなんて思っていない。しかし、あの勇者に一撃を喰らわせる。
それが出来れば今の段階では十分過ぎる功績。
「信頼が厚いようだな」
「ずっと一緒に過ごしてきましたから」
「……それは微笑ましいな! だが、事情は関係なしに本気でいくぞ」
「えぇ、こちらもそのつもりです!」
先に攻撃を仕掛けたのは俺だった。
剣を握り締めて勇者に向かって駆け出す。
一週間前よりはマシにはなったか。
重くて持てないというのはなくなった。
だが、相手があの勇者だから並大抵の攻撃では掠りもしないだろう。
「いい表情だ、だが」
トウヤが剣を振り払う。
それだけで付近に風が発生し、俺は体が硬直してしまう。
これが勇者の剣さばき。果敢に動じずに俺も剣を相手に向ける。
「……っ!?」
弾き飛ばされた剣。地面に刺さり俺は尻餅を着いてしまう。
間近で感じる圧倒的な実力差。
相手の剣の輝きに見惚れながら、トウヤは余裕を見せている。
「終わりか? 言っておくが、まだ力の二割も出していない」
「分かってます」
「錆びれた剣士と言ったか? 残念だが今のお前では王国には入れない……私が欲しいのは、あの三人だ」
既にトウヤの視線はあの三人に向いている。
それを見て俺も大人気なかった。
焦りと負けず嫌いの性格が災いとなった。
すぐに地面に刺さった剣を持って、再びトウヤと対峙する。
「ほぉ、まだやるか? これだけ力の差が出ているというのに」
「簡単に……渡す訳にはいきません!」
「渡す? いや、こちらが貰っていくだけだ」
引き下がれない。俺は、怒りを込み上げながら。
その力を剣に伝えようとする。
この実力差を埋める為には、気持ちの力で押し切るしかない。
剣を後ろに引きながら、トウヤを斬り込もうとする。
だが、反応速度も桁違い。片手で俺の攻撃を防いでくる。
「なんだ? 剣だけではなく剣の腕も錆びているのか?」
「ぐ! な、なんで」
「それは教えてやる、私とお前では住んでいる世界が違うからだ」
驚く隙も与えてくれない。
勇者は俺の腹部を蹴り上げる。最早、剣も使ってくれない。
吹き飛ばされて、宙に自分の体が舞っている。
状況を理解した時には。
「がぁぁぁぁぁ!」
「ローク……おい、ローク!」
強烈な痛みが襲う。呼吸が苦しくなるぐらいの痛み。
肺が潰れそう。手加減など一切してこなかった。
ニーナ達は声を張り上げて俺に寄り添ってくる。
「勝負中に他の者が介入するのは……違反だが?」
「いや、でも! こんなに痛がってるじゃん!」
「こんなの酷いと思います」
「流石にこれは私でも見過ごしておけません」
ナイルの指摘に三人は止まる。
確かにそれは駄目だと思う。
俺は、痛みに耐えながらなんとか立ち上がる。
これは真剣勝負。三人に頼る訳にはいかない。
「まだ立ち上がるのか? 気力だけは凄いあるな」
「……まだまだです」
「そうか、なら本気で潰れて貰う」
低い声でトウヤは俺に宣言する。
倒れている俺の髪を鷲掴みにして、体を持ち上げる。
回復が間に合わない。腹部の強烈な痛みによって自由に動けない。
くっそ! どうしてこんな目に合わないといけないんだ。
俺はバタバタと体を動かして拘束を振り解く。
引っ張られた頭部が痛い。
しかし、攻撃を仕掛ける前に。
「ほら、どうした?」
今度は顔面を足で蹴られる。
頬の皮が軽く破れて赤い液体が流れ落ちる。
追撃は止まらない。トウヤは地面に転がる俺に容赦なく踏みつける。これは、村の人達に対する見せしめなのか。
「威勢が良かったのはさっきだけか? 実際の力の差はやってみないと分からないと思ったか?」
「ち、ちがぁ」
「あいつらに見せたかったのはこの無様な姿か? これだけの醜態を晒して、お前は何がしたかった?」
「お、おれはぁだだぁ」
流石にもう限界だ。
口元が切れて上手く話せない。
それにしても勇者というのはこんなに乱暴だったのか。
これだけの観客がいながら偽りの姿は見せない。
村の人達の歓声から悲鳴に変わる。
顔が腫れて痣だらけになる。意識が飛びそうになる。
でも、ここで諦めたら三人と離れ離れになってしまう。
絶対に、諦めない。諦めたら……ニーナ、シャノン、フローレン姉さんは。
「いい加減にしろ! もう勝負とか関係ねえだろ!」
トウヤの前に立ちはだかったのは俺ではない。
ニーナが一番最初に両手を広げて先頭に立っていた。
つられるように、シャノンとフローレン姉さんもそこにいた。
片目が血で覆い被さってよく見えなかった。
でも、ニーナは剣を持って鬼のような形相となっていた。
「……邪魔をするのか?」
「あぁ、もう見てられねぇ! お前は……勇者なんかじゃない」
「少しというかやり過ぎですよ! もう、ロークは戦闘不能な状態なのに追撃を仕掛けているのは酷過ぎます」
「これ以上やると言うなら、私達が黙ってませんよ? 幾ら、勇者様の命令でもこれが続くようでしたら王国には行きません!」
み、みんな。そして、村の人達もトウヤとナイルに冷ややかな視線を向ける。正に四面楚歌の状態。ナイルは、横目でトウヤの事を少し焦った様子で見ている。
助かったのか? 怪我の影響で話すと口元が痛む。上手く話せないが、俺は思わず泣いてしまう。
こんな駄目な俺なのにこれだけ愛されている。
「ローク、泣いてんのか!?」
「あらら、本当にだらしないわね……でも、よかった」
「大丈夫、すぐに治してあげるから」
「み、びんな……ありがとぉ」
「ローク! しっかりしなさい!」
「ち! すぐに家に運ぼう!」
母さんと父さんは俺の体を持ち上げて家へと運ばれる。
本当に感謝を幾らしても足りない。
敗退した者とは思えないぐらいに手厚く応援されている。
ありがとう、みんな。俺、絶対に強くなるよ。
「……試合に勝って勝負に負けたか? でも、この状態がずっと続くといいな」
しかし、トウヤの側を通り過ぎる時。
俺の方を見ながら意味深な発言を残す。
――――この状態がずっと続くといいな?
ただの負け惜しみか? ずっと続くに決まっているだろ。
何を言っているんだ。お前と違って長い時間を過ごしてきている。
そんなに簡単に離れる絆ではない。
辛い時も苦しい時も濃密な時間を共有してきた。
勇者と言えどこれだけは簡単に譲る訳にはいかない。
「ローク! しっかりしろよ! 安心しろ、怪我が完治したら……また稽古をつけてやるよ」
「全く無理をし過ぎ! だけど、ありがとう……私達の為なんだよね? 少しは見直したよ」
「ずっとロークの側にいるから、だからまた元気な姿を見せてね」
手を握られて俺は精神的に凄い満たされる。
体は痛いが心の痛みはなくなった。
これなら……次は。その後の事は覚えていない。
限界を迎えたのだろう。俺の意識はそこで飛んだ。
だけど、目覚めた後は……立場が大きく変化していた。
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