第92話 もうどうでもいいから、暴走まであと……
体が熱い。溶けてしまいそうなぐらいに。
俺は突き刺さった剣を振り払う。
痛くて苦しいが、胸の傷は治癒していく。
自分の体に何が起こっているのか。恐らく、これは正しい力ではない。過去に闇の力を解放して暴走しかけた時のように。
俺は、この瞬間に全てを解放しようとしている。
「……なんだ? この力は? 思った以上に禍々しいな」
勇者は俺に弾き飛ばされる。
さっきまでとは違う。剣を使わなくても、こいつに大きな痛手を与えられる。
気が付けば傷も治り、体力も気力も全て回復した。
それでも、自分自身が失われていくことに。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
黒い煙と共に。俺は、再び闇の底に落ちていくような感覚に陥る。傷は治ったが、さらなる激痛が俺を襲う。あの時は、そうだな。この街で戦って、あいいつと一緒に……あいつに止められて。
「……それがお前の真の力か? ふん、確かに驚異的な力だ! だが、捨て身になっても俺には届かない! お前如きが俺に勝てると……」
勇者の言葉を聞く前に。俺は瞬時に拳を振り下ろして、重い一撃をお見舞いしてやる。
感触はあった。しかし、この速さでも反応されてしまう。剣で受け身を取られてしまい、ダメージは吸収されてしまう。だけど、勇者は俺と同じように民家に吹き飛ばされる。
砂煙が立ち込める中。勇者は煙を振り払って、俺との間合いを詰める。
剣による攻撃。でも、目に見える。反射神経も身体能力も飛躍的に向上している。
片手でその伝説の勇者の剣も受け止めてしまう。
「ほぉ……攻撃速度と俺の攻撃を片手で受け止められるとは、大したやつだ」
「どうしてだ?」
「……なんだ?」
「みんなを、仲間を、大切な人を俺から奪っていく……お前が居なければ俺は」
こんな力に頼らなくて済んだ。気が付けば俺の腕は黒くなっていく。黒化していってるのか? 自分の受け止めている腕と剣がぶつかり合う。そもそもそれがおかしい。本来ならスパッと切れるはず。
だけど、骨にも当たらず腕だけで剣を防御している。
まるで、腐食しているみたいだ。気持ち悪い。
はは……これじゃあみんな相手にしてくれないよな。みんな、俺から離れていくよな。
「力が無いものは淘汰されて当然だ! 俺が勇者に選ばれて、お前が役に立たないゴミ同然の力を得たのも、神によって決められた運命だからだ」
「……んなもんで、納得が出来るかよ!」
「全てはお前の慢心、あの日にお前の大切とやらの三人を俺に差し出したのが、この結果を招いた」
違う、そうじゃない。
「それだけならよかったが、勝てもしないのに、俺達に歯向かって、仲間を巻き込んで……それで結末がこれか? ふん、笑わせるな」
そうじゃない。違う。そうじゃない。
自分に言い聞かせるように、俺は何度も復唱する。
俺が望んでいたのは……。
「だが、お前は運がいい! この俺にお前の運命を決めてやるのだから、どちらせよ……お前の未来は死だ」
認めたくない。それを体も心も否定する。
気が付けば体全体が黒くなり、自分の面影が無くなりつつある。憎悪と後悔と悲しみ。負のそれらが合わさり、俺のさらなる力の源となる。
「それが、お前の隠された力、真の力という訳か」
体は剣よりも硬く、強靭で、鋭利なものとなる。
この場で声を荒げながら、俺は自我を何とか保ちつつ、勇者に宣言する。
「てめぇ……を、殺す!」
さっきよりもさらに速く。
それはまるで閃光のように勇者に飛びかかる。
勇者は地面に叩きつけられて、衝撃で動けない。
隙を与えず追撃をして、何度も殴り続ける。
もう相手がどうなろうと知ったことではない。
今すぐに俺はこいつをグチャグチャに。ここまでされてきた何倍もの苦痛を与えたかった。
「なるほど、見事な力だな」
「お、お前……」
「だが、本物と偽物を区別が出来ないようでは、まだまだ未熟なものだな、さて……次は」
「ぐぉ……ああああああああああ!」
俺が攻撃した勇者はフローレンに作り出された人形。あいつはこんなことまでやっていたのか。
これを見たらさらに怒りが湧いてきた。
恐らくこれは、何も関係ない一般人の死体を使って作ったのだろう。こんな奴らに……俺は。
しかし、意識が遠のくまで、あと寸前。
あいつの言う通り。力に自分が飲み込まれてしまいそうになる。ギリギリまだ意識は保っているが、俺は再び勇者に近付く。
「速いな」
整備された石の地面を蹴って、もう壊れることなどお構いなしだった。もう、自分が戦っているというよりも、この力に操られているといった方が正しいか? 速いと勇者が言った通り、最高速度で体当たりをするが防がれる。だが、この眠っていた俺の力は、隠されたこんなものまで披露する。
「……っ! 黒い腕だと」
自分の手ではなく、背中から急に出現した二本の腕。それは自動的に勇者を掴み、動きを拘束する。
今にも握り潰しそうなぐらいの勢いだ。
殺せ、死ね、もう終わりにしたい。
「……俺が憎いか?」
「ぐぁぁぁぁ! ぐぅ……そうじゃなかったら、こんなことをしていない」
「……お前にはもう何も残されていない、俺が全部お前から奪ってやった」
その言葉でさらに締め付ける力は強くなる。
お前なんかに何で。
全部こいつの手の中に収まってしまう程に。
俺が生きてきた証はしょうもないものだったのか。
そして、勇者はこの状態から。
「天技【風魔滅失(ふうまめっしつ】」
風の天技……剣技以上の攻撃力と手数の多さで。
掴まれた腕は切り刻まれる。こいつは、俺以上の風の技を披露して、俺からの拘束を逃れる。
さらに黄金の剣を黒化した腕に斬りかざす。
しかし、それを俺は腕だけで弾き飛ばしてしまう。
自分でも驚きだ。飛ばした剣は哀れに民家の壁に突き刺さる。とても滑稽な光景だ。あの勇者の伝説の剣が、一般人の民家に刺さっているのだから。
「これほどとは……」
間髪入れずに、足蹴りを勇者にする。
風が斬られるように。勇者の腹部を襲って、再び勇者の体は宙に舞う。そこから、俺は飛び上がりかかと落としで追撃。さらに、地面に叩きつけられた勇者を見て、俺は右手に力を込める。
重い一撃を勇者を殺すのには桁違いの威力。
本来なら死んでいるはず。
体が吹き飛び、バラバラになっていてもおかしくはない。だけど、桁違いなのはこいつもそうだ。
「……!?」
「錆びれた力は磨けば取り戻し、本来の力を発揮するか……まぁ、お前の場合は磨かれたとは違うがな」
生きている……だと? 地面にめり込んで勇者の顔は傷が目立つ。でも、普通に言葉を話しており、次の瞬間に俺は首を掴まれる。
「でも、元々錆びていたお前と違って俺は本物だ」
そして、勇者はさらなる力を俺の前で見せつける。
でも、俺自身も覚醒か、それとも暴走の一歩手前まできており、もう後戻りは出来なかった。
全てが飲み込まれるその状態。
俺はもうどうにでもなれと思っていた。
だから、俺も見せてやるよ。
真の力というものを。
もう、何も俺に残されていないんだから。
いいよな……もう。
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