第76話 偽物の勇者と謝罪

「それで……どうするんだ?」


 重い瞼を閉じないように。俺はエドワードから拭くものを貰って、顔の血を拭き取る。

 素朴なエドワードの疑問。これからどうするのか。

 ニーナから次の襲撃場所を聞いた。

 セルラル……俺が最初に訪れた街。何という巡り合わせだ。話によると完全に攻めて、抵抗する力も無くす。それぐらいに、アレースレン王国に攻め込まれた場所は炎に包まれるという。


 何も前触れもなく、夢や希望も消える。

 そして、幸せの生活も無くなってしまう。

 ニーナからの情報は有益なものも多かったが、同時に胸糞悪くなるものも多かった。

 あいつらは人間じゃない。【悪魔】だ。


 俺はエドワードの方を向いて自分の考えを伝える。


「まずは【セルラル】に戻る! 下手に動いたらまた今回のようになるからな……次の襲撃場所が分かっているなら、待ち伏せして一気に殺す! それで、あいつらの戦力を削げるなら……」

「あぁ、俺もそのセルラルに戻って奇襲を仕掛けた方がいいと思う……だけど、奴らは突然来るって話だろ? ニーナの話である程度は特定が出来るが詳しくは無理だ……それに、俺達三人で勝てるのか?」


 アレースレン王国の戦力は計り知れない。

 ニーナの話では相手に抵抗もさせない程らしい。

 完全に屈服させて、他国に情報が漏れないように。

 優秀な人材は王国に引き入れて、マガトの証でほぼ【洗脳】に近い状態にする。

 そりゃ、他の国などは対抗が出来ない。

 恐らくもう殆どの国や街はアレースレン王国の支配下だろう。まだ、残っている国を探す方が大変だろう。


 そして、そのエドワードの指摘は俺にも分かっていた。


「そうだな……どちらにしても三人では勝てない……アレースレン王国がセルラルを制圧するのにどれだけの人数を使うのかは分からないが……」

「セルラルの事情は正直俺はよく知らない、小さくもないが大きくもない、そんなような印象の街だと思っている」


 このドワーフの森からセルラルに戻るのにも苦労する。さらには、今回の一件で俺達は王国から注目をされている。敵に見つかったら、セルラルの防衛戦の前に力尽きてしまうだろう。

 エドワードは敵に見つからない。そんなような道が有れば理想と言っているが、それも難しい。

 仮に戦闘になったら、右腕を失っているエドワードは辛い。そもそも、こいつは本当に戦えるのか?

 悪いが、守りながら戦うのは……。


「はぁ! やっと終わった! ロークちゃんが派手にやるから後始末とかに苦労したわよ!」

「……そっちも終わりましたか?」

「えぇ! でも、お二人さん……何かお困りのようね? そんなに険しい顔をしてどうしたの?」


 大きな袋を担ぎながらパティはけらけら笑いながら、俺たちの元まで来た。

 この袋に何が入っているか。そんなの見れば分かってしまう。鮮明に見える赤い色。これは、俺が殺したニーナの肉片が入っている。

 エドワードが恐らく【解剖】する為らしい。

 また、何か新たな事実が分かるかもしれないからだ。こいつも、中々に抜け目がなくてやばい奴だ。


 そんなエドワードがパティに今の問題点を話す。

 寧ろ、問題点の方が多い。

 俺達に足りている物は何なのか? 逆に聞きたい。

 しかし、パティは重い袋を地面に置いて明るく振る舞う。


「なるほど、分かったわ……その移動手段は私の【転移魔術】で何とかなる! 腐っても元女神だしこの程度は簡単に出来る! 後はエドワードちゃんのその腕何だけど」

「あぁ、考えたんだがそれは氷で作り出した【義手】で何とかしておく……まぁ、応急処置にもならないけどな」

「……なぁ、お前が俺に与えた力は何だ? パティ?」


 転移魔術は便利だが負担も大きい。

 さらには結界の張られている。つまりは、アレースレン王国を含む大国には直接転移は出来ない。

 本来このドワーフの森からセルラルに転移する。

 これも極少数の者しか出来ない。パティの加入は俺にとって大きかった。

 流石にエドワードの腕はそのものが失ったので、修復は困難。そうなると、フローレンのあの魔術は【死体】として残ってないと駄目なのか?

 パティと同じぐらいの力を持つ天職。やはり、厄介だな。


 そして、二人の会話の流れを斬るように。

 俺はパティにあの空間で与えられた力の詳細を聞く。


「あーしまったわね! 色々な事を話していたら、貴方の力について話すのを忘れていたわ」

「与えた力……? もしかしてロークの力の事か?」

「あぁ……お前には言い忘れていたが、俺は一度死んだ」


 この俺の発言にエドワードは驚く。

 当然だろうな。でも、そのおかげで新しい力を手に入れられた。そして、パティはこの場で俺に与えた力の詳細を説明する。


「私の女神の力と貴方の眠っている力……それらを合わせて【黒魔剣士(ソードウィザード)】に進化をしたわ! マナ石を見て貰えると分かると思うけど」


 確かにマナ石を見ると俺のスキルは変化していた。

 錆びれた剣士の頃からは見違える程に。俺は強大な力を手に入れた。この黒魔剣士は、パティが言うには光の力。つまりは、王国の兵士などにとても強いらしい。そして、パティは俺達に過去の歴史を教えられる。


「過去の歴史に勇者は世界を救ったとこの世界の書物には記載をされているけど、実際は違うのよ! 勇者は存在していたのは確かだけど、それはまた別に居るって言う事よ」

「……! いつかの俺が読んだ伝記には【勇者が人々の争いを鎮めて、世界を平和にもたらした】と書いてありました……でも、不自然な箇所は幾つがあった……パティ、さんは何か知ってるんですか?」


 エドワードの疑問は俺もいつか聞いた。

 その推測は【改竄】されているかもしれない。

 勇者の都合のいいように、この世界の人は知識として学んでしまった。だから、王国の人は勇者を悪く思わない。どんな事をしようと疑わない。

 パティは渋い顔をしながら俺達に本当の真実を教える。


「勇者はまた別に存在する、そして……今の王国の勇者は偽物」

「偽物って……それじゃあ今の勇者であるトウヤは何なんですか?」


 俺は瞳を見開く。それはエドワードも同じ。

 偽物という単語に俺達は驚きを隠せないからだ。

 じゃあ今のあいつの力は何なんだ? あの勇者の力は本物だ。黄金の剣で魔物や敵を倒し、その見た目は【正義】の象徴のような存在。

 それにも関わらずパティは今の勇者を偽物と決めている。その根拠は? パティはエドワードの疑問にすぐに答える。


「そうね、でもその別の勇者の正体は分からない……私だって全ての情報を知っている訳じゃないし、アレースレン王国の内情は見れなかったのよ……王国は女神の私も驚愕する力を持っているのよ」

「……それで、あの偽物という勇者の本当の力は何なんだ? お前があのクソ野郎に力を与えたんだろ?」


 嫌味のように俺はパティに勇者の本当の力を聞く。

 クソ野郎、俺はあいつが大嫌いだ。

 まともに話していないが、自分がこうなったのは全てあいつがトリス村に来たからだ。

 勇者の弱点に繋がるかもしれない。そして、勇者じゃないならその力の正体が気になる。

 村で一度だけ戦ったから理解が出来る。あいつの力はそこら辺の戦士とは比べ物にならない。


 クソ野郎に変わりはないが、力は認めているつもりだった。だからこそ、完全に叩き潰したい。

 その勇者が偽物だとしたら……本物は誰なんだ?


 そして、パティは俺の問いに言葉を詰まらせる。

 だが、すぐに真剣な眼差しをこちらに向ける。


「それは魔物を自由自在に操れる……【魔物使い(ビーストマスター)】と呼ばれるスキルよ!」

「……おい、まさか」


 勘づく。こんな状態でも頭に残っている話。

 俺が殺したニーナから聞いた話だ。

 サタン火山で聞いた過去話。

 偽勇者に負けて俺が眠っている時の出来事。


 ……魔物が突然に現れてトリス村を襲った。

 そして、あいつは勇者の力を使って魔物を追い払った。ニーナから聞いた話だ。じゃあこれは全て作られた演出だった? アレースレン王国に招き入れる為の……。口を手で覆いながら俺は考え込む。

 有り得ない。だけど、話の筋は聞いた話、俺が体験した出来事。これらを合わせると筋が通ってしまう。


「まさか!? じゃあ今の王国の勇者は……【作られた英雄】と言う事ですか?」

「えぇ、でもね! その英雄というのは国の人の為に必要、だと思うのよ……みんな、過酷な戦いの中で勇者が居れば何かあれば救ってくれる……そうやって、間違いで偽物であってもそういう存在は必要だと思ってしまうのよ」

「……パティ、お前がその偽物にもスキルを与えたのか?」


 ふざけるなよ……何が英雄だ。

 国の奴らにとっては英雄でも俺にとっては殺したい相手。言うならば戦争の士気を上げる為の存在。

 ある意味、王国全体が酒に酔っ払っている。

 みんな、何かに縋りついていたい。このクソみたいな戦いを耐えて、堪えて、はやく終わりたい。

 偽物とは言っても信じたいのか。


 パティは着ている服の袖をキュッと掴む。

 口を拭いながら、俺の質問に答え辛いのか。

 中々にその口を開こうとしなかった。

 あぁ、やっぱりこいつか。求められれば俺達にスキルという力を与える女神。こいつもこいつでクソ野郎なのに変わりはない。今すぐにでも何とかしたい。だけど、こいつを失ったら王国を潰すのは不可能。だから、まだ……。


「本当に貴方がこうなる前に何とかしておけば……よかったわ、本当にごめんなさい」

「……あ?」

「でも、その時の私は【色々な人が居た方がいい】そういう考えだった、かもしれないわね」


 何だよ、それ。

 気が付いたらその場で駆け出して、俺はパティを殴っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る