第6話 絶望の再会
知らせを貰ってから三日後。
俺はいつも通りの朝を迎えた。
だけど、村の外の様子は騒がしかった。
いつもと違う。久しぶりの雰囲気に俺は朝飯も靴を履くのも忘れて外に出る。
地面を裸足で駆けてその歓声の方に向かって行く。
「久しぶりだな!」
「うわぁ、やっぱりいつ見ても勇者様はかっこいいな!」
「勇者様、こっちです!」
馬車が止まっており、そこからまずは勇者であるトウヤが出てきた。
村の人達が邪魔をしてよく見えない。
だけど、あの時と何も変わっていない。
堂々としており、いつ見ても自分とは風格が違う。
そして、隣からナイルも登場して、今日ここに現れた理由を説明する。
「皆さん、お久しぶりです……突然の来訪失礼しました! ですが、どうしても伝えなければいけない事があります」
会いたい。長い話は良いから一刻でも早く会いたい。
俺は、気持ちを抑えきれない。二年越しの想いを捧げる為に。今日まで頑張ってきた。
ニーナ、シャノン、フローレン姉さん。父さんと母さんにも伝えたい、話したい事がたくさんある。
だけど、ナイルの伝えたい内容。
それは俺にとって最悪で地獄のようなものだった。
「えぇ……二年前にアレースレン王国に招聘したニーナ、シャノン、フローレンはこの勇者トウヤとの婚約を発表します! そして、一生アレースレン王国に忠誠を誓うと言ってくれました……これは、王国にとっていやこの世界にとって非常に有益な事だと思います」
――――あれ? 聞き間違いかな? まだ、夢でも見てるのかな?
嘘だよな。俺のいない間に、何が起こって……。
そして、馬車の奥からニーナが最初に出てくる。
続くようにシャノンとフローレン姉さんもこの場に登場する。
うわぁ……綺麗だ。そこにいたのは見違える程に変貌した三人。
ニーナは剣士として軽装。しかし、初めて見るスカートの姿。
そして、顔が凛々しくなっており昔よりも厳しくなった印象。
シャノンはとフローレン姉さんはドレス姿だった。
それぞれ髪型も軽く化粧をしており、大人の女性へと変化していた。
だけど、気になるのはトウヤの婚約者となった情報。
ナイルの口から出たそれは本当なのか。
一歩ずつ三人の元へと近寄っていく。村人の人達の隙間を通り抜けて。
しかし、向かっている途中。
俺の全てが崩れ落ちる出来事が起こる。
「おっと、久しぶりだな! えっと確か……【錆びれた剣士】だったか?」
「……っ! 久しぶり、ですね」
「そんなに緊張しなくてもいいのではないか? それとも、変わった三人の姿を見て委縮しているのか?」
トウヤの指摘は当たっている。
確かに、見た目は変わったけど心は変わっていない。
きっと俺を見て戻って来てくれるだろう。
すると、ニーナ達は俺に気が付く。
「あ……」
お互い目が合ってその存在に気が付く。
そうだよ、俺だよ、ロークだよ。
地面に這いつくばっている俺とは違う。
しっかりと自分の足で立っている三人。
そして、まずはニーナが最初に俺の元へと近づいて来る。
「に、ニーナ……久しぶりだな! 俺も剣士として強くなったんだ!」
「ローク」
「だからさ、また一緒に……え?」
見えなかった。痛いな、この感覚って何なんだ。
俺は、恐る恐る痛みのする箇所を見てみる。
あれ? なんで、腹の部分に剣が刺さっているんだ? どうして、誰が、何で?
そして、その答えはニーナと次の言動で理解する。
「悪いな、ローク! もう、稽古する事も一緒にいる事も出来ないな」
「がはぁ、ど、どうしてだよ」
「お前が気絶している間、それで村から離れている間に色々あったんだよ……まぁ、これも仕方がないってこと」
「仕方がない? 俺はずっと待ってたんだぞ!」
「はは、わりーな! だけど、それはお前の都合だろ? ローク、いい加減に大人になれよ」
突き刺さる言葉を投げ捨てるニーナ。
もしもの為に持参した回復薬を飲んで、何とか場をやり過ごす。
だけど、剣で刺された痛み以上にニーナの言動が信じられなかった。
いい加減に大人になれ、だと? ふざけるなよ……俺だって少しは。
「久しぶり、ローク」
「シャノン! ニーナの様子が変なんだ! 何か言ってやってくれよ」
「そうね、ロークから見たら私達は変なのかもしれないわね」
シャノンは悲しみで明け暮れている俺を見ても冷静である。
状況をよく把握しているシャノンなら。
だが、もうそこには昔のシャノンはいなかった。
「でも、目を覚ますのはロークの方よ」
「……は?」
「ニーナが教えられないなら、私が教えてあげるわ」
「頼むぜ、シャノン」
「おいおい、何がどうなってんの? 今度は俺も一緒に王国に行って……」
「その必要はないわ、というかここで死んでくれた方がマシかも」
シャノンの冷徹な言葉。
なんだよそれ。まるで視界が変形したかのように。グニャグニャとなって安定しなくなる。
死んでくれた方がマシ。冗談なんかではない。本気で言っている。
そして、明かされる真実。
「ロークが勇者様と負けたあの日……今思えばそこからかしら」
あの時、俺は記憶がない。意識を失い看病されていたと思う。
しかし、その間に何が起こっていたのか。
これは知りたいし知りたくもないのが本音。
だけど、真実を聞かなければ先へ進めないと思う。
「ロークが眠っている時、勇者様は私達にこう言ったの……『このままでは、村もお前達もこの無様な姿になるぞ』と」
「そんな言い方……する奴を信用したのか?」
「えぇ、最初は私もニーナもフローレンも怒ったの……だけど、段々と分かってきたの」
聞きたくない。聞きたくないが聞いてしまう。
二年という月日は短いようで長かったらしい。
環境の変化と人間関係の変化。それでこんなに変化してしまう。
シャノンは淡々と今まであった真実を俺に話してくる。
「この村に留まっていても先はない……だから、勇者様と一緒に王国に行ったの」
「それは育てて貰ったこのトリス村に失礼……」
「うん、だから村の人達にも手厚く報酬を献上を続けていたの」
嘘だろ……。だってそんな様子一度も。
シャノンは話を続ける。
このトリス村には多額の報酬金と物資を支給していた。
そして、村の外に出られるという【許可書】も配布した。
儀式を受けてスキルを取得した者しか出られない。
だが、それだけでは道中の魔物には勝てない。
だから、支給された報酬金で戦い慣れた戦士を雇っている。
その詳細の契約には『ロークにこれらの事を命ずるな! 秘密は厳守、なるべく関わるのも最小限』というもの。ふざけた内容だ。だから、無視されていたのか。だったら、それに従っていた村人達もどうなんだ。
「本当なんですか……皆さん?」
俺の質問には答えない。答えてくれない。
当然だろう。その契約内容とやらで口外出来なかったのだから。
黙り込む村人達に唇を噛む。どうしてだよ、何でそういう反応をするんだよ。
必死にこの二年間自分の修行はもちろん。疲れた体を鞭で叩くように無理やり動かして、様々な仕事をこなしてきた。なのに、待っていたのは残酷な真実。そしてこの仕打ち。
「村の人達は王国には行けない、だけどある程度の幸せはお金と物欲で満たせる……村の人達は何を言われようと王国によって生かされているのよ」
「だけど、俺を全員で痛めつける理由もないはず……何か明確な理由があるのか?」
「明確な理由、そうね」
シャノンは黒い笑みを浮かべる。
思わず後ろに後退してしまう。
この顔を見るのは初めてではない。
あの時、祭壇の前で交わした約束。同じだ。俺の知らないシャノン。
それを見てしまい俺は恐怖を感じてしまう。
「ロークから私達を切り離すのが主な理由だったんだけど、思った以上に私達への想いが強かったらしいわね」
「それはそうだろう! みんな一緒の時間を過ごして来たのに想い強いに決まっているだろ」
「あぁ、そうかロークは知らなかったのね」
想いが強かったという発言。
それはそうだろう。言われるまでない。
血の繋がった家族として過ごしてきたのに。俺は、胸が苦しくなりながら訴える。
でも、外の世界も内情も俺は知らなさ過ぎたかもしれない。
「私達、血が繋がっていないのよ」
「……は?」
「つまりさ、ニーナとシャノンとフローレンはちゃんとママから生まれたけど、ロークは拾われた子って訳」
「どういうことなんだよ、それ」
頭の整理が追い付かない。どうして? 血が繋がっていない? 衝撃の事実に俺は戸惑う。
そして、奥から俺の両親もやって来る。
「ごめんねぇ! いつかは言おうと思ったけどタイミングを見失って」
「母さん、父さん! どうして……というか、何で俺を拾ったんだよ」
「拾ったというか、引き取ってやったんだ! たく、女ばかり生まれるから一人は男がいないと戦闘面で不安だろ? だから、無理やり引き取ってやったんだが……その必要はなかったな」
「そういうことよね、肝心のスキルが【錆びれた剣士】だったから、もう要らないわ! しっかりとうちの子供達が凄いスキルを手に入れてくれたものね」
あぁ、嘘だ。実の親だと思っていたらそうではなかった。
顔がクシャクシャとなり、一気に老けたような感覚。
血が繋がっていない。しかも、理由がただ戦闘に役立つ道具の為に。利用されただけ。
じゃあ、三人とも赤の他人って事じゃないか。
何てことだ。じゃあ俺は今まで何をやっていたんだ?
「あらあら、可哀想にもう壊れちゃいそうね」
「フローレン姉さん……」
こんな状況でも穏やかなフローレン姉さん。
泣きつこうとするが、目前で俺は頬を平手打ちされる。
「うーん、汚いから近寄らないで欲しいな」
「うぐ……酷いよ」
「酷いのはどっちかしら? ローク、貴方が勇者様に勝っておけば、私達は貴方に付いていたのに」
そんなの無茶苦茶だ。俺は、叩かれた頬を摩りながら首を横に振る。
だけど、目の前の変わり果てたフローレン姉さん。二年前の面影はもうない。
「弱かったから、頼りなかったから、これも全てロークのせいなのよ」
「だからそれは……」
「この期に及んで言い訳をするの? ニーナもシャノンも呆れているわよ」
罵倒の数々を受ける。
両親からは要らないと言われ、三人からは残酷な事実を伝えられ、村の人達からは見捨てられている。
精神が粉々に破壊され、地面に崩れ落ちる。
うぅ、やばい。もう駄目だ。成長したと思ったのに、俺は耐えきれなかった。
「うわ! きったね! もう近寄るなよ」
「……流石にそれはないでしょ? さっさと死ねよ」
「うーん、昔のロークの方がやっぱりいいわね、これなら居ない方がいいかも」
込み上げてきたものを吐き出してしまう。
何も食べていないのに関わらず。
それほどに追い詰められていた。
あぁ、終わった。本気で終了だ。これは、さっきのニーナの一撃による影響もあるな。
酸の味が口の中に広がって、気分がさらに悪くなる。
「惨めですな……」
「ふふ、ふっはははは! いやぁ、痛快だな! しかし、勇者の前でこれは失礼だな」
トウヤは俺に不快感を示したのか。
主導権を握っているトウヤが俺の前に立つ。
そして、トウヤは信じられない指示をする。
「三人共……この者を黙らせろ! 手段は何でもいい」
「ふざけるな!」
もう勇者とか関係ない。
こいつはみんなを利用している。そうだ、これはあいつに洗脳されているんだ。
常備している剣をトウヤに向けてながら走る。
許せない。とりあえずあのクソ野郎に一発は当てないと気が済まない。
「おい、やめろよ……勇者に失礼だろ!」
「はぁ、分かってくれると思ったけどやっぱり駄目か」
「本当はロークとは綺麗に別れたかったけど仕方ないか」
持っている剣が弾き飛ばされる。
手が痺れて電撃が流れたような感覚だ。
ニーナに胸ぐらを掴まれ、地面に力尽くで叩きつけられる。
反応が追い付かない。口の中に泥が入る。
「あのさ、勘違いしてる思うから言っておくが……もうお前の事はどうでもいいんだよ」
「あがぁ」
「シャノン、こいつに現実を見せてやれよ」
「はいはい、【パラライズ】」
体が急激に重くなる。これが魔術なのか。
一応、この二年間で学んだがまともに使えなかった。
才能がやはり関係してくる。そもそも剣士としても失格なのに。
俺に扱えるはずがなかった。
「可哀想にすぐに楽にしてあげるからね」
「や、やめろ」
「これは私が新しく作成した薬よ! 実験台がちょうど見つかってよかったわ」
拒否しても薬が体内に流し込まれる。
苦い、美味しくはない。
その瞬間。俺の体はどうしようもなく熱くなる。
「つぁ……た、助けてくれ」
「あーあ、やっぱり失敗作だったわね……体がオーバーヒートしてる」
「これって放置してるとどうなるの?」
「うーん? 体内の臓器が膨張して時間が経てば爆発するんじゃない?」
「それちょうどいいじゃん! こんな奴の為に私達の手を汚さずに済んだな! やっぱり、フローレンって天才じゃん!」
やめて、やめてくれ。
三人はもうやりたい放題。
俺との想い出なんて気にしていない。
そうか、俺の思い過ごしだったのか。
これだけ気にしていたのに、馬鹿みたいだな。
「さてと、そろそろいいだろう? ニーナ、シャノン、フローレン……しばらくはこの村に滞在する!」
「そうだな! 色々とやっておかなければいけない事もあるしな」
「それに、トウヤも私達としたいんでしょ?」
「ふふ、そうね……たっぷりとサービスしてあげないと」
「お前らな、民衆の前だ! だけど、それは事実だけどな」
トウヤと三人はもうそれ以上の関係になっている。
距離が近い。密着しており、三人も満更でもない様子だった。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「という訳だ……殺すのは勘弁してやる、どのみちもう死んでいるようなものだからな」
「がはぁ、だはぁ」
「汚いな、もういいぜ」
「はぁ、トウヤが許してるからいいけど、もう本気で死んでほしい」
「ふふ、悪いけどもう関わる必要性はないから、私の薬の実験台になってくれとありがとうね、ばいばい」
体も心もズタボロにされて上手く話せない。
俺を無視して全員はこの場から去って行く。
そして、この日から俺の戦いは始まった。
――――あいつら……絶対に許さない。
この瞬間から。俺の体内とスキルが少しずつ変化していった。
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