第90話 後悔の先に待っているもの
全部をあげる。
サーニャの口からそれが伝えられた時。
こいつは俺の手を握ってきた。
暖かい。温もりを感じる。あぁ……そうだったな。
これだよ。こんな場所じゃなくて、こんな状況じゃなくて。もっと楽しくて、幸せを感じられる場所でお互いの温もりを感じたかった。
もう何も言葉はいらない。
そして、サーニャの額に赤い紋章があらわれた。
これは……あの時のやつか。いや、でも少し違う。
パティから聞いていたマガトの証。話とは違う紋章がサーニャの額を支配していた。
……何だ、この力は。
体が熱い。それで、剣が軽い。
この湧いてくる力の正体。ここまでに多くの体力と剣技による消耗で疲弊しているはずなのに。
まだ、これだけの力が湧いてくるとは考え辛い。
「さ、サーニャ……ちゃん?」
「何が、どうなっているんだ?」
「……これは、もう、ぐぅ……なんで、だよ」
コルニーは悔しがっている。
その理由が俺には分からない。
いや、サーニャが俺に言った全てをあげる。
これってまさか……。考えるよりまずは。
衝撃音。そして瓦礫を薙ぎ倒しながらミノベルスは俺たちの方に向かって来た。俺はすぐにサーニャから手を離す。
……サーニャから全く力が感じられなかった。
手を引っ張ったり、俺を止めようともせずに。
俺は自分よりも大きく、強大なミノベルスに剣を振るう。一瞬の隙も与えない。素早く振りかぶり、鋭い音を立てながら、ミノベルスに深い傷を刻む。
軽くて、動きが読める。
血が飛沫となって舞うのを確認する暇のなく、俺はさらなる追撃を続ける。
これなら俺一人でもこの化け物を止められる。
放心状態のコルニーは役に立たない。
俺はサーニャから受け取った力でミノベルスを倒そうとする。だけど、敵も手強い。
攻撃して倒したと思っても頭が増えていく。
流石はフローレンとあの勇者が生み出した魔物。
再び間合いをはかって距離を詰める。
今度は俺から攻める。剣を構えて一気に前に踏み込んで斬りかかる。頭が増える前に倒し切る。
体は返り血で血まみれになりながらも、俺は全く気にしなかった。状況は優勢。なのに、何だろうなこの違和感。確かにサーニャから貰った力はある。
だけど、それ以上に俺は……怒っているのか。
感情がこの力にさらに加わり、とてつもない巨大なとのとなっているのか? いや、そんなはずは。
ないはずだ。……全てをあげるといったあいつは恐らくもう死んでいる。その証拠にもうピクリとも動かなくなった。コルニーはともかく、サーニャを狙うミノベルスは無視していい。
正直、戦い辛い。誰かを守りながら戦うのは……あんなやつ見捨ててしまえばいいのに。
残っているミノベルスを俺は殲滅しようとする。
サーニャに近付こうとするミノベルスを、何故だか俺は即座に倒す。やっぱり何かが違う。
剣を振り上げて、ミノベルスを突進による攻撃を受け止めながら、その勢いで魔物の体を切り裂いた。
「はぁはぁ……」
やった。倒した。強敵のミノベルスを俺は簡単に倒したのだ。喜ばしい。こんなに感激することなのに。
「……サーニャ、ちゃん」
後ろを振り向くとそこにはサーニャを介抱しているコルニーに姿があった。悲しみにうちひしがれており、心の中で何度も「なぜ」と質問しているようだった。
いや、それは俺も同じだ。確かに力は身に付いた。
だけど、それと同時にとてつもない喪失感に襲われた。背中から力が抜けて俺は体全体に力が抜けて脱力感が支配した。魔物を全て倒した安堵によるものか。いや、それも間違いなくあるけど。
こんなに胸が重く、どうしようもない胸締め付け具合。剣をしまって、俺はサーニャの元へ近寄る。
「……そうか、お前は」
俺は言葉に詰まり何も言えなかった。
もう、こいつは何を言っても答えない。
……フローレンの、あいつの力なら。いや、俺は何を……。
「……そうだよ、サーニャちゃんはもう、君に全ての力を捧げたんだ」
「全ての力を……」
「そう、マガトの証を解放して、他者に力を与える事が出来るんだ……だから君はさらに強大な力を手に入れたんだよ」
だけど、その代償は大きい。
分け与える力によって変化するが、自身の生命エネルギーも消費してしまう。
だから、これは禁じられた行為という。
縛られたマガトの証をサーニャは無理矢理解放した。そのため、いつもよりも負荷は大きかった。
コルニーの話では、サーニャは全てを俺に託した。
全てを俺に伝えた後。こうなったら、フローレンの力やパティでもどうしようも出来ない。
サーニャの魂はもうこの世には戻らない。
マガトの証によって縛られた者の運命。
元々これは勇者のために、勇者の強化、全ては勇者を守るために作られた紋章。
こいつは、俺のために。もう、サーニャから本当の真意は聞けない。もう、死んでいるから。
だけど、その顔は穏やかな微笑みに包まれていた。
目には安らぎと満足感が宿り、心地よい表情全体に滲み出ていた。さっきまでとは違う。
俺と再び対峙した時とは違う。達成感と充実感がこいつを満たしているようだった。
サーニャ、違うだろ。俺は剣を力強く地面に叩き落とした。こんなことで、俺の怒りが発散される訳でもないのに。意味のない行動だ。すぐに、仲間なところに行かないと駄目なのに。俺は、この場に響き渡る無情な金属音。空気は凍りつき、まるで時間が止まっているようだった。
違う、というのは俺が今やること。そして、サーニャの行動と最期。文句を言いたいのに、もう何もこいつの耳には届かない。
こんな最後があるかよ。まだ、こいつとの決着はついていない。それなのに一方的に終わりにしやがって。納得が出来ない。出来るはずがない。
不満や困惑が俺を支配しており、どうしても納得がすることが出来なかった。
こんな決断が出来るなら……最初からしといてくれよ。それだったらこんな事にならなかったのに。
「……これで、終わりかよ」
「……もう、復活はないよ、サーニャちゃんは君の中で生き続けるんだ」
「俺の中で、いやそんなの……」
「いいや、サーニャちゃんが君を選んだんだ、君のために命までも捧げた……だから、サーニャちゃんのために僕も君も生き続けないと……」
そんなの勝手だろう。
俺は俺のために生き続ける。
でも、俺の中でサーニャの死は想像以上に大きなものだった。心に大きな穴が空いたように。
そして、この激化する戦いの中で。俺はさらに、崩壊の道を進むこととなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます