第43話 真実を求めて


 氷結の魔術師。そう呼ばれている。

 俺は別に気にしていない。ただ、たまたま才能があったから。

 運良くここまで地位を高められた。

 そもそも俺は魔術師を目指そうとは思ってなかった。

 ある事を調査しにこのスリムラムにやってきた。


 ……家庭が崩壊した。

 発端は親父の不倫。真面目で厳格な父親だった。だから、尚更驚いた。

 それから母親は鬱の状態になって、自殺を試みた。

 手首は何度も斬られた跡が目立っていた。

 生々しい、幼い頃の俺は衝撃的だった。

 優しかった親父が凶変して、母親や妹に暴力を振るう。

 何度も俺は止めた。だけど状況は何も変わらなかった。


 現在は、俺の母親と妹はこのスリムラムで暮らしている。

 ただ、母親は精神が崩壊している。寝たきりの状態。

 そして、妹も引きこもっており、再起不能な状態。

 もう家族として機能していない。

 話を聞いても怯えるばかりで何も教えてくれない。


 ……手掛かりはやはりこの都市。

 そして、親父は魔術学校の中でも地位は上の方だった。

 感化されて俺も入学した。

 しかし、あの女が来てから様子がおかしくなった。


「それじゃあ、みなさんさようなら!」


 あの女とは、シャノンという新しい教師。

 俺の通っている魔術学校の担任……となった。

 この二年の間でこの世界も変化している。

 天職が三人一気に現れた事もそうだ。

 偶然なのか? それとも必然なのか?

 その真相は分からないが、この世界は何かを隠している。


 俺はそれを探る為にも……。


「ねぇ、ちょっといいかな……エドワード君」


 色々と考えていると。シャノンが話しかけてくる。

 この女が積極的に絡んでくる理由。

 ……まだ明確には分からない。だが、ある程度の見当はついているつもりだ。

 この担任は、表向きは社交的で気さくな人物。

 誰からも好かれ、容姿も優れている。教師としても最高の人材。


 でも、その実態は俺達みたいな男を弄んでいる。


「どうしたんですか? シャノン、先生」

「昨日のパレード凄いよかったよ! 流石はこの学校始まって以来の……天才だね!」

「それはどうも……それで、用件は何なんですか?」

「そうそう! それで……今日は私と一緒にご飯に行かない? ほら! エドワード君って言っちゃ悪いけど、人付き合いが得意じゃないと思うからさ」


 はっきりと言うな、この教師。

 確かに俺は誰とも必要以上に絡まない。というか絡みたくない。

 この都市に来たのも家族が崩壊した理由。そして、この世界の真実を探る為。

 スリムラムは王国並みに大きな都市。だったら、何かがあるはずだ。

 確証はないが、目の前にいい情報源がいる。


「腹が減ってないんでいいです……それに、今はあまりお金がないんで」

「あ、そうなんだ……でも、お金は出してあげるんだけどな」

「そういう仮は作りたくないんですよ! それに、先生だって予定あるんでしょ?」

「え、えぇ? どうしてそれが分かるの?」


 服装が派手だ。一見、普通に見えるが装飾品が多い。

 身に付けているそれが多いという事。よく見れば簡単に分かる。

 それに、髪型が若干だが違う。いつものポニーテールではない。

 このシャノンは大幅な変化を嫌う。多分、そんな人物だろうな。

 洞察力と分析力それがないと気付けない。

 まぁ、間違っているとは箇所も当然あると思う。

 最終的に決めるのは……自分だけどな。


 そして、シャノンは俺の意見を聞いて驚き顔を見せる。


「凄い……そんなに私の事見てくれているんだ!」

「たまたまですよ、ただ気になっただけです」

「ううん! 嬉しいわ! そんなに私の事を……エドワード君」

「おっと、手を洗ってないんで汚いですよ」


 すっとシャノンの手を回避する。

 手を洗っていない。何て言うのは断る時に考えた適当な理由。

 ……あざといな。この女は、好意的に接してきて心を掴んでくる。

 そして、食事やプライベートに踏み込んできて心に介入してくる。

 最後には、身も心も……。


「あらら、そんなつもりはなかったんだけどな……」

「知らないですけど誰にでも、気軽に手を触れない方がいい……先生ぐらいの方だったら勘違いさせてしまいますよ?」

「ううん? 別にそんなつもりないんだけどな……エドワード君は何か勘違いしているのかな?」


 見逃さなかった。この女の表情。

 黒く、何を考えているか分からない。

 一瞬だけだった。やっぱり何かを隠しているな。

 俺の予想が当たっているなら、この女は……。


「勘違いも何も、事実を言っているだけですよ! ほら、先生……美人だし」

「……ありがとう! エドワード君にそう言って貰えるなんて光栄よ」

「という訳で、俺はこの辺で失礼するんで! 先生も急いだ方がいいですよ」


 俺はシャノンの誘いを断って帰って行く。

 その時の表情は見えなかった。

 だが、きっとさっきと同じ表情をしていただろう。

 もし、シャノンが父親と関係を持っていたら。

 そして、家族を崩壊させた張本人だとしたら。


 俺は、殺すかもしれない。

 しかし、それは現実的ではない。

 天職であり、王国を守り、世界を守る人間を感情的になって殺す。

 リスクが高すぎる。俺は廊下を歩きながら、様々な可能性について考えていた。


 世界を敵に回して、あの女を殺した所で。

 待っているのは地獄だ。それは望んだ結果ではない。


 ……でも、あの子の状態見たら。殺すのはもちろんだが、もっと地獄を味合わせないといけない。そう思ってしまう。


 俺が言うあの子。それは、たまたま帰る途中に見かけた女。


「おい、どうした……?」


 俺が話しかけると、その子は体を震わせながらこちらを向く。

 酷い表情だ。目に隈が目立つ。泣いた跡も見受けられる。

 何かあったようだな。服装が乱れている、襲われたのか?

 とにかく話を聞こうじゃないか。

 しかし、その子は俺の両肩をガッシリと掴んで。


「……た、助けて」

「……? 一体、何があった?」

「そ、それは」


 言えないのか。物凄い表情で迫って来る。

 その割には、口を開かない。

 脅されているのか? 助けを求めているのは理解が出来る。

 ただ、内容が分からない事には……どうしようも出来ない。

 しかし、この服装は俺と同じ魔術学校のもの。

 という事は、学校の人物が関係している? 学校終わりの出来事で……それで何かを見たのか? したのか? させられたのか? 分からん。


「い、言えないのよ」

「どうしてだ?」

「……殺される」

「……? 殺される? 誰に?」

「そんなの言える訳ない! あ、あんたも……聞いたら、あの悪魔に!」


 ……俺の中にある人物が思い浮かぶ。

 俺の担任であり、魔術学校の人気者。

 可憐な容姿に、社交的で気さくな性格。

 関係しているとしか思えない。何度も黒い部分を見てきたからこそ。

 その子はフラフラと立ち上がる。


「何処に行く?」

「……行かないと」

「だから何処に?」

「……貴方も気を付けて、そうあいつは……あの先生は」


 恐怖により支配がこの子を抑えつけている。

 何度聞いても教えてくれない。

 だったら付いて行くしかなさそうだな。

 異常な反応と体の震え。あれは放置してはおけない。

 この目で確かめられれば……必ず真実を突き止められるはずだ。


 と思ったのも束の間。


「……誰だ? お前ら」


 突然俺は囲まれる。

 魔術師達か。黒いローブに身を包みながら。

 姿と顔を隠しているが、恐らくこの都市の魔術師達。

 この状況で俺を襲うつもりか? あまりにもタイミング良すぎないか?


「エドワードだな? 悪いが貴様には消えて貰う」

「何が目的か分からないが、誰かに言われているのか?」

「それは違うな! これは我々の意志だ!」

「……まぁいい! そっちがその気なら……俺も本気でいかせて貰う!」


 ……はやくしないと、見失ってしまう。初めから全力でいくぞ。

 俺は最大出力の魔術で一気に蹴散らそうとした。


 しかし、戦闘が終わった後。その子の姿はもうなかった。

 追う事も出来ず、今日まで確認が出来なかった。


 俺はその時誓った。絶対に暴いてやると……。

 ただ、その為にはもう綺麗ごとは言ってられない。

 利用出来るものは全て利用させて貰う。

 こうして俺の戦いが静かに始まった。

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