第42話 嘘の気持ち・本当の気持ち


 授業が終わり、私は昨日の話を思い出しながら。

 彼女から聞いた彼を探す事に。手がかりはあの女が話してくれたから。

 ふふ、探す手間が省けた。こういう場合は秘密は隠しておくもの。

 それなのに、本当に馬鹿ねぇ。人は簡単には信じてはいけないわよ?

 魔術学校に通っている男子生徒。特定は容易。

 私の担任ではないけど、おおよそ目星はついている。


「こんにちはーえっと……」


 声をかけると彼は反応する。

 反応が可愛くて虐めたくなる。

 出会いは仕方は自然に演出。理由は考えていないけど単純なものでいい。


「実は、貴方の彼女さんから相談を受けて……仲直りさせて欲しいって頼まれちゃったの」

「あ、そうなんですか、あいつ……そんな事を」

「まぁ、こんな所で話は何だし、場所を移動しましょ!」


 さり気無く、私は彼の肩に手を置く。あれれ、もしかして顔を赤くしてる?

 この男は、私に接近されただけでこの態度。

 本当に単純だなぁ。もしかしてそんなに経験がないのかな?

 まぁ、仕方ないか。あの子の男なんだしね! どうなってもいいわ。

 私と彼は場所を移動する。移動した先はあのカフェだ。

 軽く珈琲と軽食を頼む。


「あの……あいつと喧嘩したことなんで知ってるんですか?」

「そうね、貴方の彼女さんに相談されたのよ! 別に深い意味はないんだけど」

「あぁ、そうだったですね! すみません、最近……集中力がなくて」


 私は彼の悩みを聞く事にした。

 あの女から聞いた通りだ。

 伸び悩んでいる魔術師に助言する事は多々ある。それは教師としての仕事。

 話を聞いていく内に。私は一瞬で彼の弱点と成長方法を見破る。

 なるほどね、そういうことね。集中力がない、元々そういう性格なのだろう。

 だから、魔力を上手く扱えていない。魔力量は才能などで左右される。


 彼の場合は、教え方が悪かった。あの女と一緒にいて無駄な知識が身に付いてしまったか。勉強とかしてたとか言ったけど、所詮は実践で学ばないといけない。

 理論派……だと私は思うが、結局は実践で鍛えないと。


 ……少し仕掛けてみるか。私は、さり気無く彼の手に自分の手を置く。


「……せ、先生!?」

「あ、ごめんなさいね!」

「い、いえ……急に手を触れられたんで、驚いてしまって」


 ふふ、なにこの反応? 本当に女性経験が少ないのね。

 見た目は中々カッコいいと思うし、本気であんな女と付き合っているか。

 気になってきたわ。脅されているとかじゃなさそうだし。

 私は、静かに彼の手から離れてその理由を聞く。


「でも、なんで君はあの子と付き合ったの? 参考程度に聞いておいていいかしら?」

「先生なのに、生徒に個人的な事を聞いていいんですか?」

「それはそれ! 貴方の担任って訳じゃないけど……個人的に気になるのよ! そうね、じゃあ! 話してくれたら……私が貴方の魔術の指導をしてあげる!」


 彼は勢いよく立ち上がる。

 私は、落ち着かせて彼はまた椅子に座る。

 この反応からして交渉成立だろう。

 それにしても、面白い程に単純。もう私の手の中で操られているようなもの。

 たまらない、ゾクゾクするわぁ……。

 じゃあ、話して頂戴ね。貴方の全然可愛くない女の馴れ初めってやつを!


「シャノン先生が教えてくれるなら……そうですね、俺とあいつは同じ村の出身だったんですよ」


 へぇ、村からこの大都市に遥々とよく来たわね。

 小さな村から彼とあの女は来たらしい。

 ずっと一緒の幼馴染。そして、ある日……スキルを取得する為に儀式を受けた。

 女神から授かったスキル。二人共、運よく魔術関係のものだったらしい。

 だから、これを生かす事を考えて、このスリムラムに来た。

 一緒にいたから。気が付けば、友達から恋人になっていた。

 同じ時間を共有している。次第にお互いは惹かれあっていく。


 ――純愛。彼もあの女も両想いだったらしい。

 告白は曖昧で手を繋ぎ合った時。もう、認識は付き合っていたという。

 別に深い理由はない。ただ、両想いで伝えるタイミングがなかったから。

 そして、行動がきっかけとなった。


 くだらない。吐き気がする。

 私はガッカリして顔を俯く。

 と、思ったけどこれは案外……やりやすい。

 それに、あの女を絶望に落とせるなら面白そうではある。

 今は二人は付き合っているが、相性が良好とは思えない。

 この喧嘩もあっちの女側が悪いと思う。

 はぁ、容姿が劣っているんだから、性格は努力しないと。


 話し終えて、彼は少し笑顔になっていた。

 どうやら、誰かに話して気持ちの整理が出来たのだろう。

 ……本当に面白くない。だけど、あの女が苦しむのなら。


「いい話ね! なんか、胸がほっこりしたわ」

「そうですかね?」

「えぇ、私もそういう恋愛が出来たら……楽しかったかもね」


 嘘ばかりだな、私も。微塵もそんな事を思っていない。

 だけど、少しずつ距離を縮めていく。


「それじゃあ、約束通り待ってるから」

「え? 今からじゃないんですか?」

「この後、用事があるの……だから、夜この場所でやろうか!」


 なるべく人気がない場所がいい。

 適当に理由をつけて私は彼と魔術の指導を行う。

 約束を守ってあげる。けど、その後は知らない。

 私は彼と握手をした。その指先を凄く絡めながら……。



 夜の学校の近くの広場。

 ここでは、魔術師同士の戦闘や行使が認められている。

 一応、許可は貰っておいた。そして、彼と私は魔術の修行を開始した。


「シャノン先生! どんな感じですか?」

「うーん……そうね」


 やはり、魔力が上手く扱えていない。

 魔力量はあって素質はあると思う。

 このままでは彼の才能は潰れてしまう。

 まぁ、そこは別にどうでもいい。だけど、一応は真面目に言ってあげるとするか。


「基本的に魔力を自身の魔術に反映する時……剣士で言う【剣技】を使う時と同じ要領なの」

「はぁ……というとやはり、集中力ですかね?」

「そうね、はっきり言うけど君は魔術を使う時に、体や気持ちがブレて魔力のバランスが悪いの……やっぱりまだ悩んでいるんじゃないかしら?」


 丁度いい。逆に才能がなかったら上手く言えなかった。

 だが、これは私にとって好都合。

 私は彼に近付く。そして、彼の耳元で甘い声で囁く。


「まだ彼女の事で悩んでいるんじゃないの?」

「……あははは! やっぱり先生には分かっちゃいましたね」


 嘘はつかないか。それに彼……いやこいつの体が震えている。

 なんだ? とにかくここは攻めてみるか。

 私はさらに彼の手をぎゅっと握る。

 あの時より強く、もっと濃密に。……拒絶しない? そうか、やっぱりこいつは本意で付き合っている訳ではないのか。

 それだったら、もっと女の事を庇って愛を語るはずだ。


 私は、彼の心理を代弁してみる。


「……もしかして、無理に付き合っているとかないよね?」

「ど、どうしてそう思うんですか?」

「だって君……彼女の今の良い所全く言わないし」

「それは……」

「貴方の彼女は貴方の良い所をたくさん言っていた……けど、貴方は全然言わない、これがどういう意味か分かる?」


 さらに距離を接近させる。彼の腕に私の胸が当たる。

 顔とかもそうだけど、この体にも自信がある。

 一応、三姉妹の中では胸は一番大きかったのよ。

 あーあー完全に言葉を失っちゃた。

 男なんて少し甘えて、胸を押し付ければすぐに気持ちが変化する。

 そういう単純な生き物。あぁ、楽しい。もう彼は私の手の中。

 そして、私は彼を完璧に堕とす為に言葉を続ける。


「もう貴方は彼女の事は好きじゃない……というか、初めからあまり乗り気ではなかった」

「せ、先生……」

「それはそうよね! だって全然可愛くなくて、性格も良くない、女じゃ……ね?」


 あ、言っちゃった。けど、もういいや。

 ここまできたら追い打ちをかける。

 彼は初めて若干の怒りを見せる。やっとか。

 だけど、これも建前だけだろう。私を突き飛ばさないのが最大の証拠。

 というか、彼も体を押し付けて来てる? うわぁ……引くわ。

 私は、黒い笑みを見せながら。


「何で怒るの? それだったら、私の事を突き飛ばせばいいじゃない?」

「……やめて下さい」

「ふふ、だったら【やめて下さい! 俺は彼女の事は好きなんです!】ぐらい言えば?」

「……」

「そこは黙ってるのね……じゃあ、私が頂いてもいいわよね?」


 私は彼の唇に自分の唇を重ねる。

 突然の行動に彼は動揺する。だけど、彼は私を突き飛ばさない。

 軽い口づけを交わした後。私は、悪戯に笑いながら静かに口を開く。


「キス、しちゃった、彼女持ちの……しかも学校の生徒に」

「せ、先生、俺は」

「いいのよ、自分の気持ちに正直になれば……私が守ってあげるから」


 彼は私の胸の中に顔を押し付ける。拒絶はしない。

 だって、この後が凄く楽しみだから。さてと、ここからは……。

 私は表情を蕩けさせて彼に聞く。


「この後……私の家に来る?」


 無言で彼は頷く。浮気しちゃった。

 そして、相談された女の彼氏を奪っちゃった。

 こんなにスムーズにいくなんて思わなかった。これは最短記録?

 私は彼と手を繋ぎ合って、自分の家に向かって行く。

 そして、一夜を共にした。



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