第88話 同じ痛みを受けた者同士

 ここまで来たら引き返せない。

 隣で勇者トウヤが私にロークを殺せと。

 普通だったら泣いて拒絶するのに。

 今の私はそれ以上にロークに対する感情が恐怖に変化してしまっている。あれだけ、一緒に頑張ろうと誓ったのに。ここまで、ロークを殺す場面できてしまう。私には、やっぱりロークを殺す以外の解決策が思い付かない。


「どうした?」

「……あ、いや」

「かつての仲間だからって情けをかける必要はない……こいつは、お前を殺そうとしたんだぞ? どんな理由があろうと許されるはずがないだろ?」

「……そ、そうだよ! あの人はサーニャちゃんを殺そうとしたんだ! 今が最大のチャンスだよ」


 ……そうだよね。もう、私は許されない。

 ロークもエドワードもガルベスも裏切ってしまった。あいつらに顔向けは出来ない。

 下では私達の手によって拘束されて、殺気が込められている表情で私を見ている。


 分かるよ。ローク。私を殺したいんでしょ?

 そりゃそうだよな。こんなに酷い事をしたんだから。他にまだ方法はあったはずだ。

 家族が人質に取られても、また別の方法が。


「分かった、やる! もう、ロークを殺すしかないんでしょ?」

「……まぁ、そういうことだ! 遅かれ早かれ、お前はあいつを殺さなければならない運命だった、それだけだ」

「……どういうことだ?」

「俺は勇者、だから分かる! あいつは……この世界において厄災そのものだ、その証拠にこの街も犠牲になっているのだぞ?」


 それは違うよ。厄災は勇者……貴方だよ。

 ぐ……お前は私みたいに人の弱みにつけ込んで、戦争を理由に無理やり人を確保している。

 私だって、本当は……。

 この街の惨状と目の前のロークを見る。


「おい、お前……何を泣いているんだ?」

「……っ! ち、違う」

「……サーニャちゃん」


 最低だ。私は溢れていたものが止まらなくなった。

 必死に自分の両手でそれを拭き取る。

 でも、止まらなかった。止まる気配がしなかった。

 どうして? もうロークを殺すしかないんでしょ?

 自分でそう決めて、ローク達を裏切って、そしてロークを追い詰めているのに。


 最低な女だ。中途半端でどっちつかず。

 ……ううん、違う。

 心の中の私は本当は……。


「んぐぅ、ぐす」

「……はぁ、やっぱりこうなると思っていたのよ」

「……! ちょっといいですか? ここは、僕達に任せて貰ってもいいですか?」


 コルニー……? 私は思わずコルニーの方を見た。

 まだ、可能性があると。あの時にコルニーは【対話】による解決を求めていた。

 王国にいる間も、ここに来る間も、その意志はブレていなかった。私と違って迷っている訳でもない。

 それならばどうして……ん? まさか、ここまでの流れって……コルニーの演技?


「任せるか、お前であいつに勝てるのか?」

「ええ、というか……もう、勝ったも同然だと思いますよ、敵は拘束されて動けません! だから、勇者様とフローレンさんは別の戦闘に向かって下さい!」

「……ふーん? 偉く命令口調ね? ふふ、そういうのは嫌いじゃないけど、誰に向かって言ってるのか理解出来てる?」


 このコルニーの表情から何かが感じ取れる。

 でも、別の所でも戦闘が起こっているの?

 トウヤとフローレンを向かわせる程に大きな戦いが。


「……僕の能力知ってますよね? 感じられる膨大な魔力、感知が出来るのはカゲノさんとサキさんの他に複数感じられます」

「……なるほど、どうやらここよりもそっちを優先した方がいいかもな」

「本気で言ってるの?」

「あいつはもう虫の息だ! それに、こいつだって一人で俺達に挑んできてるはずはない……だから、戦力をコルニーの感知した方に全てそそぐとするか」


 ……一瞬だけコルニーは私の方を見て頷く。

 まだ、諦めていなかった。

 対話による解決。どんな手段を使おうとコルニーは話し合いでロークとも理解し合う。

 だから、自分よりも強大な敵であろうと、怯えることなく意見を言ったのだ。

 ……私だと違って、周りに流されない。


「ふーん? まぁ、貴方がそう言うならいいけど」

「……じゃあ、行くとするか、それとコルニー? あくまで任せるとは言ったが、もし……敵に少しでも有利な情報や行動をしたら殺す、それだけは言っておく! いくぞ」


 その威圧感。黒い瞳に込められる殺気。

 私はそれだけで萎縮してしまう。

 だけど、コルニーは動じない。

 トウヤはそれだけ言って瞬時にこの場から去っていった。続くように不信に思いながらも、フローレンもトウヤに付いて行った。


「さてと、行こう! サーニャちゃん」

「え……?」


 私は引っ張られる。

 コルニーは私と一緒に再び下に降りていく。

 さっき、殴り合って殺そうとしたロークの元に。

 でも、状況は違う。

 今は諦めていた選択肢がまた浮上したと思う。

 ……笑っちゃいけない。だって、私は最低だから。


「……何のつもりだ?」

「……別に? さぁ、まずは剣を抜くよ、止血しながらだけど」


 手際がいい。コルニーは私達で突き刺した剣を治療をしながら、引き抜く。回復魔術で止血をしながら、傷口が塞がっていく。

 すげぇ……って感心してる場合じゃない。

 私は困惑してる。迷いもなく、コルニーはロークを助ける選択をした。それには、私だけではなく。


「……どうして、俺を助ける?」

「僕の力は純粋な戦闘力より、【感知】の力……それで上手く誤魔化して、勇者トウヤを引き離したタイミングで君を助けようと思ったんだ」

「話が見えてこないな? 何が目的だ?」

「……僕は今の国を変えたい、だから……アレースレン王国内部から変えようと思ったんだ」


 ロークは傷が治り、剣を構えながらもコルニーの話を聞いている。さっきの私の対応とは違う。

 そして、少しずつだけどコルニーはロークに歩み寄っていく。


「内部から変えるだと? そんなの」

「そう、この戦争……言うならば、アレースレン王国が世界を支配する為の目的で、僕の家族は殺された、僕も君と同じ痛みを受け続けてきた」

「……家族」


 ロークは私の方をチラリと見てくる。

 同じ、とでも思っているのかな?

 視線を逸らしてしまう。

 だけど、コルニーは間をあけずに話を続ける。


「復讐、僕もそう思って国を支配する勇者……それを倒そうと憎しみで支配されそうだった、だけど到底敵いもしないし、それをやり遂げた所で何も変わらない……だから、王国の戦士に志願して内部に潜入しながら変革を試みようと思ったんだ」

「……」

「でも、王国内部は想像以上に腐っていた、絶対王政とでも言うのかな? 自国の利益の為なら王国外部の事情なんて知ったことでない! ていう考え方だよ」


 話が難しい。私は頭がこんがらがっていた。

 でも、これだけは言える。

 コルニーはロークを本気で説得しようとしている。

 私と違って何も解決策が思い付かないで、殺そうとした私とは。正直、羨ましい。何でこんなに自然に歩めるんだろう? 私の方がロークと過ごした時間も濃度も長くて濃いのに。

 自分の力の無さに私は悔しがる。


 ……せめて、泣くな。さっきだって泣いてしまった。何もしてないのに、自分以上に苦しんでいる人はたくさんいるのに。

 卑怯だよね、そんなの。


「だから……!? なんだ?」

「……どうやら、あいつはやっぱり気付いていたようだな」

「こ、これって!」


 ま、魔物? 瓦礫の下から複数の魔物が現れる。

 これは、恐らくフローレンによる仕業か?

 ううん、そんなこと考えるよりこいつらを。


「……俺は敵に仮を作られる絶対に嫌だからな! この魔物供は俺が片付ける! お前らの相手はその後だ!」

「本当はもっと話がしたかったけど……その為にもこいつらをはやく片付けないと! サーニャちゃん! 君も手伝うんだよ!」


 コルニーに呼ばれる。

 ……まだ、やり直せるかもしれない。

 私は涙を堪えて剣を取り出す。

 でも、今はまずは生きないと。ロークとやり直すか、決着をつけるか。どちらにしても、命が無くなったらここで終わりだから。


 でも、私達は気が付いていなかった。

 ここが絶望の入り口だったと言うことに。

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