第101話 記憶の改竄

 俺の心は混乱と疑問で満ちていた。ヤミイチが俺の父親だという事実は、俺の世界を完全に覆い尽くしていた。自分の過去、自分がこれまで信じてきたもの、それら全てに疑問符が付けられた。自分の記憶が改竄されていると知った時、俺の中で何かが壊れたような気がした。


「どうしてだ……俺の記憶はどこまでが本当で、どこからが偽りなんだ?」


 自問自答するが、答えは見つからない。俺の人生、俺が経験してきたこと、それらが改ざんされたものだとしたら、俺は一体何を信じればいいのだろう?


 俺はヤミイチの表情をじっと見つめた。彼の目には悲しみがあり、何かを伝えようとする重さがあった。彼が語る過去の秘密、それが俺の運命にどう影響しているのか、その答えを俺は必死に求めていた。


 でも、俺はまだ諦めていなかった。ヤミイチの言葉を聞き、俺の中で何かが変わり始めていた。もしかしたら、この新しい事実が、俺に本当の自分自身を見つける手がかりになるかもしれない。


 俺は自分の内面の混乱と闘いながら、新たな真実に向き合う決意を固めた。これまでの記憶がどうであれ、俺は自分の道を自分で選ぶ。それが俺が直面している、唯一の真実だった。




 俺は、ヤミイチが元アレースレン王国の兵士だということを知っていた。でも、彼が俺の父親だという事実は、全くの新しい情報だった。彼の前に立ち、心の中で色々な疑問が渦巻いていた。


「記憶の改竄、どうしてそんなことをしたんだ?」


 俺は彼に問いかけた。俺の過去がどう改ざんされていたのか、その理由が知りたかった。


「俺はどこまで知らないんだ?」


 これまでの人生が偽りだったとすれば、俺は何を信じればいいのか?


 俺は彼の話に耳を傾けた。ヤミイチの言葉からは、重大な秘密と、これまで隠されてきた真実が明かされようとしていることが伝わってきた。


 俺は自分の心を落ち着かせようとしたが、気持ちは高ぶり続けていた。この新しい事実にどう向き合えばいいのか、答えを探していた。



 そして、ヤミイチはトウヤに目を向けた。


「トウヤ、お前は今までの話を知っていたのか?」


 彼の声には確かな重みがあった。


「お前が復讐者で、王国のこと、儀式のこと、村のこと、そして、お前自身のこと……」


 トウヤは静かにうなずいたが、彼の顔には深い葛藤が見て取れた。彼もまた、ヤミイチの話を通して、自身の過去と向き合う必要があるようだった。


 次にヤミイチはパティに話しかけた。


「それで、そこの女……いや、女神と言った方がいいか? お前がそもそもの元凶と言ってもいいのか?」


 彼の問いかけに、パティは黙り込んだが、真剣な表情で立ち上がる。


 パティの表情は、彼女自身が抱えている重い負担と、かつての行動の責任を感じていることを物語っていた。


「はい、私が関わっていたのは事実です」


 パティの声は小さく、しかし確固たるものがあった。


「私はその結果として、多くのことに責任を持つべきだと……」


 その時、俺はパティがこれまで背負ってきた重荷を感じ取ることができた。彼女の存在が、これまでの物語の流れを大きく左右していたことが明らかになった。




 パティは静かに頷いた。


「私はスキルという力を与えて、人々を助けることが神の願いであり、目的だったの」


 彼女の声には、過去の決断に対する確信と後悔が混ざり合っていた。


「ただ、それがいつも正解だったわけじゃない」


 彼女の目が俺、トウヤ、そしてフローレンに移った。俺たちは彼女の言葉に耳を傾けた。パティは、彼女の行動が引き起こした結果について痛感しているようだった。


 そして、彼女はこの街の状況を見回して言った。


「ここにあるのは、私の決断の結果よ。だけど、それが常に正しいとは言えないわ」


 パティはゆっくりと頭を振りながら続けた。


「私の与えた力が、予想もしなかった結果を招いたこともある……あなたやトウヤのように……」


 彼女はロークとトウヤを見つめた。彼らの存在が、彼女の行動の結果を象徴しているようだった。パティの表情には、自身の行動によって生じた悲劇に対する後悔が見て取れた。


「私の意図は純粋だった……だけど、私の力が引き起こした様々な出来事は、私にも予測できなかったわ」


 パティの声は揺らいでいた。


「スキルという力が、必ずしも正義の道を歩むとは限らないことを、私は痛感しているの」


 パティは、自分が過去に行った選択とその結果について、深く内省しているようだった。彼女は神としての力を使って人々を導いたが、その結果が必ずしも正しいとは限らないという事実に直面していた。


「そして、セルラルの街の今の状況……これも私の決断の結果の一部」


 パティはセルラルの状況を指して、その重要性を強調した。


「私の行動がこのような事態を引き起こしたの! 私はこれに対して責任を感じている」



 俺は彼女の言葉を受けて、重い声で質問した。


「じゃあ、俺の記憶は何が本当なんだ?」


 俺の過去、俺が信じていた全てのことは、何が真実で、何が偽りだったのか?


 ヤミイチが前に出てきて、俺に向かって言った。


「ローク、お前の記憶はある程度改竄されている……でも、お前が経験してきた感情や思い出は、全て本物だ……だが、苦しい想いはたくさんしただろうが」

「……あぁ、本当に辛かった」


 俺はその言葉を聞いて、心の中で何かが解き放たれるような感覚を覚えた。俺の経験した全てのことが偽りではないと知り、少し安堵した。



 しかし、これはとても重要なことだ。ヤミイチの言葉は、俺のこれまでの人生を塗り替えるものだった。それにしても、俺の心にはまだ解決されていない疑問があった。


 俺はヤミイチに向かって、怒りを込めて問いかけた。


「どうして、今まで黙っていたんだ? 今日が会うのが初めてじゃない! あの時、セルラルで会った時に、打ち明けてくれていれば……」


 俺の心は悲しみと怒りでいっぱいだった。


 サーニャも、エドワードも、ガルベスも……もしヤミイチがもっと早く真実を話してくれていたら、あいつらは酷い目に遭わなかったかもしれない。


 ヤミイチは俺の言葉に深くため息をついた。


「ローク、それには理由がある。あの時、私がすべてを明かすことができなかったのは……」


 ヤミイチは言葉を続けた。


「お前を守るためだった。お前の真の出自を知ってしまえば、それはお前自身、そして周りの人々にとって大きな危険を意味していたんだ」


 俺はヤミイチの言葉を聞いても、すぐには納得できなかった。だが、彼の表情からは、深い苦悩と責任感が伝わってきた。この男もまた、俺と同じように重い負担を抱えていたのだ。




 ヤミイチは、俺の怒りを受け止めつつ話し始めた。


「そもそもなぜ記憶を改竄しなければならなかったのか、その理由を話そう」


 ヤミイチの声には、説明することの重さが感じられた。


「お前の父親として、俺はロークを守りたかったんだ」


 ヤミイチの言葉には、父としての深い愛情が込められていた。


 俺は怒りを込めて叫んだ。


「守りたかった? なら、尚更……もっと早く言うべきだろ!」


 その瞬間、俺の心の中で何かが破裂した。


 しかし、ヤミイチは静かに首を振った。


「それは大きな間違いだった! お前を守るため、そしてお前が自分の運命を自ら選ぶことができるように、俺は決断した。お前が知るべき時が来るまで、真実を隠すことにしたんだ」


 俺はヤミイチの言葉に動揺しながらも、少しずつ彼の言っていることの意味を理解し始めていた。俺の運命を自分で選べるように、彼はあえて沈黙を守っていたのだ。


「お前が成長し、自分自身で真実に向き合えるようになるまで、俺は待っていた」


 ヤミイチの目には、決意と悲しみが同居していた。


 俺は彼の言葉に深く思いを馳せた。これまでの人生が改竄された記憶に基づいていたとしても、今、ここで新たな真実に向き合うことが、俺の次のステップだった。



 ヤミイチは話を続けた。


「この国の勇者の仕組み、それとナイルやトウヤの目的……その全てを知っている……だからこそ、俺は黙るしかなかったんだ」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。勇者の仕組み、ナイルとトウヤの目的……これら全てが、どうやら俺の過去と深く絡み合っているらしい。


「復讐……」


 ヤミイチは深くため息をつき、続けた。


「ローク、お前がそんなに辛い目に合わせたのは俺のせいでもある……この世界の仕組み、そして……アレースレン王国にあるものたちのせいだ」


 ヤミイチはトウヤたちの方を見ながら言い放った。


「お前たちの目的は正義ではない! だが、この世界には変えるべき多くのことがある」


 俺はヤミイチの言葉に深く思いを馳せた。トウヤやナイルの行動、そしてこの国の勇者の仕組みに対する疑問と怒りが渦巻いた。彼らの目的は何だったのか?そして、それがこの国、そしてアレースレン王国にどのような影響を与えているのか?


「だが、一番大切なのはお前自身だ、ローク」


 ヤミイチの声は固く、確かだった。


「お前の選択、お前の行動が、この国の未来を変えることもある。お前はもう子供じゃない。自分の運命を自分で決める時だ」


 その言葉に、俺は何かが胸の中で燃え上がるのを感じた。確かに、俺はもう子供じゃない。自分の道を自分で選ぶ。それが、俺が今、直面している真実だった。


「それで、その選択のためにこれから真実を話す……そして、大前提で今の勇者は……この俺だ」


 ヤミイチの告白が空気に重く響いた。

 彼の言葉には、長い間の沈黙と秘密の重みがあった。

 これは、俺にとって衝撃的な事実だった。


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