第10話 憧れの人


 サーニャに案内された場所。

 そこは、冒険者が集まるこの街の有名スポットらしい。

 実際、初心者から手練れの者まで集まっている印象。

 しかし、そこでも俺は毛嫌いされている。


「何だ? なーんかいつもと様子が違うよな?」

「……やっぱりここも駄目か」

「ん? どうした?」

「何でもない」


 そもそも、ここに入れたのもサーニャの顔が広かった。それが救いだった。

 このセスレルではサーニャは有名人らしい。

 ここに来るまでの間。自慢話を耳が痛くなるぐらいに聞かされた。


 彼女のスキルは【炎の剣士】と呼ばれているらしい。

 炎に選ばれ、この街では期待の新星とした名高い。

 話を聞いていると、俺とは違って才能が溢れている。

 スキルの段階でここまで違う。

 サーニャはあまり深刻に思っていないだろうけど。


 そして、元々大きい瞳をさらに見開きながら。


「なぁ! お前はどんなスキルなんだ? ローク!」


 興味津々に聞いてくる。

 傷口を抉ってくる。そこは広げないで欲しいが、何も知らないから仕方がないか。

 俺は、正直にサーニャに自分のスキルを打ち明ける。

 最近は少し変化はしたが、初期は錆びれた剣士だった。

 マナ石を見せながら、説明を続ける。


 俺の話を聞いてサーニャは笑顔が消える。

 ほら、幻滅しただろう。

 あいつらもこういう反応だった。求めている冒険者はこんなに弱かった。

 流石に、勇者とかの下りは話していない。

 そこまでの信頼関係は無いし、話す義理もない。


 だが、次の瞬間。


「何かカッコいいな!」

「……は? どこが?」

「だって、錆びれているってことはいつかは強くなるってことだろ? 磨けば光り輝く原石みたいにさ……上手く言葉じゃ言えないが可能性を感じるっつうか!」


 馬鹿なのか、利口なのか。でも、そういう考え方は出来なかった。

 いや、でもそれは他人から。しかも、知り合ったばかりの奴に教えられた。

 抽象的で失礼だけどサーニャ自身の頭は……良くないと思う。

 だけど、人の気持ちは直感で感じているのか。

 それにしても、やっぱり似ている。


 ―――ニーナと同じぐらい乱暴で強引な性格をしている。

 スキルも同じ剣士。色々と運命的だな。

 俺は、運ばれてきた飯を見ながら、サーニャについて考え込んでいた。


「ほら、飯がきたぞ!」

「……あぁ」

「何だよ! はぁん? ここの飯を疑っているんだろ? それは私が保証してやるよ……安いし、量もあって旨いんだぜ」

「……分かった」


 サーニャはフォークとスプーンを手に持つ。

 銀色に輝きを放っている。メニューは肉料理やスープに野菜が少々。

 香ばしい匂いが鼻に漂ってくる。久しぶりに、こんなに温かい食事を食べる。

 あの村に居た時は、簡単な食事で済ませることが多くなった。

 初めの方は、自分で料理を作っていた。だけど、手間もかかるし食材もいる。

 燻製や固いパンなどを主食としていた。その為か、あいつらと再会した時は痩せた姿を見せてしまった。まぁ、それはどうでもいい。


 一口スープを口に入れる。

 温かくて、美味しい。

 こんなに、旨いものだったのか。

 俺は一気に飲み干して、肉を頬張る。


「お、おい……もっとゆっくり食べろよ」


 サーニャの言葉は届かない。

 あぁ、そうか。相当腹が減っていたんだな。

 二年前は作ってくれる人がいた。一緒に食べてくれる人がいた。

 それがいなくなり、俺は目の前の食事に感動していた。


「ふぅ……」

「やべぇな! そんなに腹が減っていたんだな?」

「まともなものを食べてなかったからな」

「でも、お前は村からこの街に来たんだろ?」

「……そうだな」

「奇遇だな! 私も元々は遠く離れた村からこの街に来たんだぜ」


 一か月間、この村に滞在しているというサーニャ。

 それまでは【ガハマ】村という場所にいたらしい。

 聞いたことがない。外部の情報はシャットアウトされていたからかな。


「ガハマ村は信じられないぐらいに貧乏だから……私が外に冒険者として大成すれば、少しはマシになるかと思ってよ! どうだ? かっこいいだろ?」

「それは結構なことだね」

「ローク、お前はどうなんだよ? お前にだって何か目的があってここに来たんだろ?」


 目的……か。目的で済ます予定はないけど。

 食事を終えて、幸せな気分だったのに。

 サーニャのその質問で一気に現実に引き戻される。

 はは、自分でも怖いぐらいに、あいつらの顔を思い出すと……。


「そうだな、恨みを果たす為か?」

「……恨み? まさか!? 誰か殺されたとか?」

「……そんな感じだ、あんまり深くは言えないけど」


 サーニャはテーブルを勢いよく叩いてくる。

 本当にある意味だけどな。もう、死んだようなものだからな。

 俺は、無意識に持っているスプーンを曲げてしまう。

 考えるのはよそう。下手したら、自制がきかなくなってしまう。

 体の異変とスキルの変化。それが、攻撃的な性格と口調に変化している。

 それとも、これが本来の自分なのか? 眠っていた本性が目覚めているかも。


「いや、聞いて悪かった」

「別に、サーニャが悪いわけじゃない」

「そうか、考えてみれば人それぞれ目的は違うものだ! そうだ! お前にもう一つ聞きたいことがあるんだが!」


 暗い話から急に明るくなる。落差が激しいな。

 もう食事は終わったから、この場所から立ち去りたい。

 さっきから周りの視線がきつい。

 まるで、この場所から早く去れと言われているような。

 サーニャがいるから保てているようなものだ。


 そして、そのもう一つの質問。サーニャに悪気はない。と、思いたかったが今の俺にそんな余裕はなかった。


「私の憧れの人であって、目指す人! 女性ながら剛腕の力と見事な剣さばき! あの勇者様の婚約者でもある……ニーナさん! お前は知っているか?」

「……っ」


 あーやっぱり避けられないか。

 世界一嫌いで憎悪がある相手。俺の中で今も苦しく生き続けている。

 この街でも、というか世界全体で尊敬の眼差しで見られている。

 勇者トウヤは世界を救う存在。その付き人も同格。

 フローレン、シャノン、ニーナは各地で戦果を残していた。


 だから、それぞれのスキルのトップに位置する。

 サーニャは剣士。だから、同じニーナに憧れを持ち続けている。


 俺にとっては反吐が出るけどな。


 サーニャの質問に俺は険しい表情をしてしまう。


「お前、また……怖いぞ」

「……悪いな、やっぱり俺はここまでだ」

「はぁ? なんでだよ? 何か悪いことを言ったか?」

「どのみち、俺とお前じゃ才能が違う……俺は【選ばれなかった雑魚剣士】サーニャ……お前はもっと強い奴と組んで上を目指した方がいい」

「何だよそれ……」

「金は置いていく、サーニャの分も置いといてやるよ」

「待てよ、おい!」


 やっぱり駄目か。後々に足枷となると思う。

 ニーナか、ここに来ても苦しめられるか。

 十字架のように背負い込む。偽物の繋がりは終わらせられない。

 ご飯は美味しかった。機会があればまた来たい。


 結局、俺は誰かと戦うことはもう不可能。

 一人で強くなって戦い続けるしかない。

 サーニャの呼びかけを無視して、俺は店から出る。


 次の目指す先は……ギルド協会か。

 金はもちろん。武器もいる。そして力もいる。

 冒険者の利点は、誰でも依頼を受けられる。難しい依頼は報酬も高い。


 魔物との交戦は経験にもなる。

 修練は積んでいたが実戦経験はあまりない。

 だからこそ、ここからが大事だ。

 目指す先はあいつらへの復讐……ん? あれは。


 冒険者が依頼を受けるギルド協会。

 そこへ向かう途中。見覚えのある姿を見かける。

 物陰に隠れて、その姿を凝視する。


「……もう来たのかよ、ニーナ」


 周りからの歓声が凄い。

 勇者の付き人の一人であるニーナ。そいつが、このセルラルに来ていた。

 勘付かれたか? 勇者の護衛を殺した所からか。

 そこで何らかの方法で嗅ぎつけてきやがったか。

 俺は身を潜めて推測する。

 すると、ニーナにある人物が興奮しながら近付く。


 あれは……サーニャ? 赤色のツインテールを揺らしている。

 特徴的だからすぐに把握した。背丈はサーニャの方が小さい。

 でも、何だか似ている。姉妹と言われても納得するかも。


「何? 私に何か用があるの?」

「に、ニーナさんですよね! わ、私! サーニャと申します!」

「お、元気がいいな! そして、積極的……初対面で私に話しかけるなんて勇気があるな」

「失礼なのは分かってます! ですけど、ニーナさんみたいな強くて美しい……そんな剣士になりたいんです!」

「へぇ、ということは君が……なるほどな!」


 お互い面識はあったらしい。

 話は順調に進んでいっている。

 サーニャがあのニーナを想う気持ち。それは本物だった。

 ニーナ程ではないが、サーニャも才能が溢れている。

 いつかはサーニャもトウヤ達と一緒に……。


 やっぱり住む世界が違う。

 俺と違ってサーニャはこの街でも人気者。

 炎の剣士として期待が高い。

 絡む相手は俺よりあっちの方がいいだろ。

 でも、これでもう味方ではない。次会った時は敵だ。


 ニーナが好意的にサーニャのお願いを受け止めた後。

 俺は、影に隠れるようにここから去って行く。

 一人で地道に強くなっていくしかない。

 俺が行くのはギルド協会。


 こうして、このセルラルにニーナが来ていること。

 流れでサーニャが師弟関係になったこと。

 何気なく起った偶然の出来事。

 しかし、それが後々に大きな問題を引き起こすことになるとは。



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