第41話 教師の顔とシャノンの遊び


「シャノン先生お疲れさまでした!」

「はい、みんなお疲れ! しっかりと今日習った所は復習しておいてね」


 魔術学校の一日が終わった。私は笑顔でみんなに挨拶をする。

 大分、学校にも慣れた。生徒もみんな優しくていい子ばかり。

 まぁ、年齢は同い年だったり、年上ばかりだけど。

 最初は舐められたりする事もあったけど、今では完全に……。


「シャノン先生! 今日って予定あります?」

「すみません……今日は用事があるんです」


 食事などに誘われる機会がとても多くなった。

 まぁ、周りは私の容姿や体に惹かれて声を掛けられる事が多い。

 いつ頃だったかな? 自分の見た目が他より優れている。

 そう感じたのは、トリス村にいた時からだった。


「シャノンは可愛い」

「本当に誰が見たって美少女」

「お前だったらいい男を見つけられる、だから頑張れよ」


 頼まなくても褒めてくれる。頼んだ訳でもないのに。

 気付けばそれが当たり前。そう感じてしまった。

 だって、気持ちがいいのよ。この時点で他者より優れている。

 私は、生まれ持ったものが優秀だった。


 ――――だからこそ、歪んだ? ううん、そんな訳ない。


「あの……シャノン先生」


 学校の廊下を歩いていると、後ろから呼び止められる。

 振り向くとそこには、私が教えている生徒が立っていた。

 若干、顔を赤くしながら照れくさそうにしている。

 何なのかしら? 私は首を傾げている。

 そして、その女子生徒は私に何か相談したいようだった。


 教師になってから、こういう事は多い。魔術の勉強だけではない。

 生徒一人一人と向き合う事も大切。別に悩み事を聞くのは苦ではない。

 得意でもないけど。生徒であっても他人。いい解決方法を見出せるとは思えない。

 教師で最年少で魔女になっても、所詮はまだ18歳の未熟者。

 人生経験は豊富ではない。だから、毎回……聞き役に徹する場合が多い。

 だが、その女子生徒は私だからこそ。同性として相談したいようだ。


「どうしたのかしら?」

「あ、あの……シャノン先生って大好きな人と喧嘩した時、どうやって仲直りします?」


 その瞬間。私は、笑っているが何かが目覚めた。

 あまり興味がなかった。けど、一気にその女子生徒が気になった。

 それは、教師としての私ではなく、恐らく……。


「……それは、貴方の【彼】って事でいいかしら?」

「……そ、そうです! ほ、ほら! シャノン先生って綺麗だし、強いし、大人みたいに余裕があるから! 私も、シャノン先生みたいになれたら……」


 それは女として私だっと思う。

 静かに彼女との距離を詰める。優しく彼女の手に取って語りかける。

 大丈夫、安心して、などというありきたりな言葉。

 薄情なそれでも彼女は感激している。私の言葉だからだ。

 彼女は私を崇拝しているようだ。だからこそ、楽しませて貰いましょうか。



 場所を変えて、私と彼女はスリムラムのカフェへと移動する。

 この場所は、多くの人が利用している。

 珈琲を口に含みながら、私は彼女の話を聞く。


「その、私の彼が……」


 どうやら、この子の彼が勉強を真面目にしてないらしい。

 そして、彼女であるこの子が厳しく言ったら。


「うるさいんだよ! 俺だって努力してるんだ! って言われたんです!」


 あぁ、なるほどね。納得して私は珈琲を口に含む。

 彼女は彼の事を思って言っているのだろう。

 けど、才能が大きく左右される魔術。何度も挫折した生徒を見てきた。

 はぁ、それは貴方が悪いわ。話が進行していっても、似たような事しか言わない。


「酷いですよね! 私は彼の事を思って言ってるのに」

「そうね、それは大変ね」

「ですよね! 本当に嫌になっちゃいますよ! うう……あ、すみません」


 興奮して彼女は落ち着きを取り戻す。

 素っ気なく私は返す。

 喧嘩の内容は大したことではない。ただの言い争い。

 だけど、私はゾクゾクとしてしまう。

 そして、彼女の飲みかけの珈琲。


「ごめんね、その珈琲……貰っていいかしら?」

「え、えぇ! いいですけど」

「ごめんなさいね、喉が渇いちゃって……はしたなくてごめんなさいね」


 優雅に他人の珈琲を頂く。料金は返しておこうかな?

 それ以上に美味しいものを見つけたし。

 私はペロリと舌で唇を舐めて、彼女の珈琲を飲み干す。

 だが、時間が経つと彼女の心情が変化する。


「でも、彼にも、良い所はたくさんあるんです!」


 ……あれ? さっきまで悪口を言っていたのに。

 この変化の具合に、私は困惑する。

 いや、そんな事を言われても……と思ってしまう。

 だってそんなの知った事ではない。


「彼はああ見えて優しいんです! それに、努力家で負けず嫌いだし……顔もある程度はかっこいいし……そうそう! 彼は約束してくれたんです! ずっと君の側にいるって……シャノン先生から見て彼の言葉は嘘だと思いますか?」

「そうね……」


 あぁ、うっざ。私は終始笑顔だったけど、恐らく顔は引きつっていたと思う。

 どうしようもなく、私は彼女の話を聞く。

 何で自慢するの? 貴方は私に相談したかったんじゃないのかしら?

 駄目だ、耐えられないわ。この子、目がキラキラしていて……本当にうざい。

 他人の男の話など、聞いていて眠たくなる話はない。

 何となくだけど喧嘩をした理由が理解が出来た。そうね、この子に原因があると思う。


 ここで、善良な人物なら的確なアドバイスをこの子にするだろう。

 でも、私はそんな善良な人物ではない。

 この子の珈琲を飲み干したように。人の物は美味しいもの。

 敢えて、話だけを聞いているのは、この子を成長させない為。

 それはそれで面白くならない。


「貴方の彼はその通りだと思うよ!」

「そ、そうですよね! シャノン先生もそう思いますよね!」

「そうそう! だから、もう心配しなくていいわよ」


 単純、つまらない。この子は別に大した問題ではない。

 嘘に塗られた私の言葉に踊らされている。

 見抜けないのは仕方がない。ただ、彼女の話だとまるで自分が悪くないような言いぶり。

 まぁ、しょぅがないか。だって、この子はそんなに可愛くない。


「心配……な事はありますよ」

「あら、何かしら?」

「シャノン先生なら、相談出来ますけど、ほら! 私の顔ってそんなに可愛くないですよね?」


 自覚してるんだ。私は否定はするが本心では同意していた。

 顔のそばかすと、鼻の位置。ボロボロの肌に、貧乳。何でこれで彼氏がいるのか理解が出来ない。

 性格も腐っている。きっと、褒められた経験がないのだろう。

 だから、捻くれた性格になってしまう。

 世間では、人に褒めれ過ぎると天狗になると言われる。だけど、それは違う。


 人に褒められ、賞賛された人。それは自然と心に余裕が生まれる。

 だから、この子はこんな風になってしまったんだろう。

 哀れだ。可哀想。けど、認めているだけ褒めてあげる。口には決してしないけど。


「そんな事ないわよ! 貴方は可愛い! ほら、笑って! 笑顔になれば自然とみんな可愛くなるものよ」

「そ、そうですか! やっぱり笑顔は大事ですよね……ど、どうですか?」


 うっわ、きっも。私は化け物をみるような目で見ている。

 はっきりと分かった事がある。彼女より、彼の方が可哀想である。

 こんな子……ううん、こんな女と付き合っているんだから。

 果たしてどんな男なんだろう? 私は気になって仕方がなかった。


「笑顔の方がいいわよ! ほら、自分の容姿に自信を持ちなさい!」

「は、はい! よ、よーし! まずは彼と仲直りしないと! 今日はありがとうございました!」


 あれ? 料金は……?

 あの女は一方的に、私に相談を持ちかけて、料金を支払わずにこの場から去って行った。

 取り残された私。この時、私の中でプツリと何かが切れた。


 どうしてやろうかしら? 口元に手を添えながら。私は、黒い笑みを浮かべる。

 でも、そうね。まずは、あの女の男を探る所かしらね? ふふ、楽しみだわ。

 どんな絶望を体験させてやろうかしら?


 こうして、私の【遊び】が開始された。

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