第83話 潜入と開戦

 こうして私とコルニーは二人で組んでセルラルに潜入した。深くフードを被って顔が見えないように。

 トウヤからは何か不自然な箇所があればすぐに知らせると。そう言われていたが、何も今の所はない。

 懐かしい、その気持ちの方が強かった。

 アレースレン王国よりは小規模だけど、賑わっている。美味しいものが売っているお店に、話している街の人。


 あぁ……私もあそこにいたんだ。

 そう思うと胸が痛くなった。

 何で私は……これからの事を思うとさらに嫌になる。


「サーニャちゃん、これ」

「え……?」

「あそこで美味しいそうなアイスを買ってきたんだ! 食べようよ」


 気が付いたらコルニーはアイスクリームを買ってきてくれた。白く渦巻いているそれ。ヒンヤリとしており、美味しそうだ。コルニーは笑いながら両手に持っているアイスの一つを渡してくる

 これを食べる資格があるのか? これから大きな戦いを仕掛けるのに。人が死ぬのに、何で私は……。いや、コルニーも何を考えているんだろう?

 私はそのアイスを受け取ったが食べられなかった。

 もう、こんな甘いものは要らない。食べたくない。


「サーニャちゃん……分かるよ、何で僕達がこんな事をしてるのか? そう言いたいんだろ?」

「だ、だって! おかしいだろ! こんなの……」


 私とコルニーは歩きながら。決して大きな声を出さずに。それでも私は今にも泣きそうだった。

 受け取ったアイスが溶けてしまいそうだ。

 本当は食べたかった。何も考えずに、隣にはエドワードやガルベス。そして……一番大切な人と。


「おかしい? そう、だけど僕はこのまま従うつもりはないよ」

「……え? だって、お前はさっき言っていたじゃないか?」


 このセルラルに向かう途中。全員の前でコルニーは宣言していた。家族の為に、王国の戦士として働くと。私にはコルニーはもう覚悟を決めた。

 そう思えたのに、コルニーは口元を緩めながら否定する。


「そうだね、確かに家族が生き返るならその方が絶対にいいよ……でも、例えそれで生き返らせたとして、家族は嬉しいのかって考えたんだ」

「そ、それは」

「家族を生き返らせた方がいい、それは一方的な僕の主張なだけで家族には聞いてない、まぁ……聞く手段はないけど、とにかく僕が一番しないといけないのは……この戦いを終わらせる事だ」


 今まで一番と言っていいほど。コルニーの表情は強くて、声に力があった。あぁ、お前は強いな。

 私はお前みたいに強くはなれない。力を持っていても、大切なものはどんどんと離れていく。

 こんな状況でも、お前は進み続けるんだな。

 いいよな……私もお前みたいになれたら。


「はーい! そこのお二人さん! もしかして、この場所は初めて?」


 な、なぁ……私は声をかけられた人物に黙り込んでしまう。それは、私のよく知っている人物だった。

 ソルトだ。フードを深く被っているからあっちは気付いていないようだった。だけど、私は気付いてしまった。まさか、知っている人に声をかけられるなんて。変わっていない。ソルトは、出会った頃のように笑顔で私達を歓迎している。


 そして、驚きのあまり声が出ない私。

 だけど、すぐにコルニーが私の前に出て話し出す。


「そうですね! 僕達は遠い村から遥々と来たんですけど、この街は賑やかでいいですよね!」

「えぇ! 流石に大きな国よりかはちっぽけだけど……これでも同じぐらい繁盛していると言えるわね!」

「へぇ……僕の名前はコルニーって言います! 貴方は?」


 コルニーは上手く話を進行している。

 そして、お互いの名前を紹介した後。

 ソルトの興味はコルニーから私に向けられる。


「それで……そちらのお嬢さんは?」

「……あぁ! こいつは僕の妹なんですよ! でも、今はお腹が空いてて元気がないんですよ! あははは……」


 い、妹って。無理がある設定じゃねえか?

 背丈は同じぐらいだけど……私の顔があまり見えなくて助かった。だけど、本当に気が付いていないのか? 疑ってしまう。そもそも、冒険者ギルドのソルトがこんな場所に居るのもおかしくねえか?


 ……罠か? 私にはそう見えてしまう。

 いや、有り得ない。ここで、正体を明かす訳にはいかない。何処か静かな所で……ソルトには今の私の状態を知られたくない。

 そして、コルニーの話を聞いてソルトは悲しそうにこんな提案をしてくる。


「えぇー! それは可哀想に! あ! そうだ! よかったら、これから食事をするんだけど一緒に食べない?」

「い、いいんですか……? 見知らぬ僕達に」

「いいのよ! ほら、妹さんも元気出さないと! じゃあ早速行きましょう!」


 ソルトはこちらに手を振りながら駆け出す。

 こっちに来い。何にもソルトは変わっていない。

 多分だけど、今は休憩中。たまたま見知らぬ土地から来た私達を歓迎している。よく見れば、今日は祭りの日。沢山の出店や人が出回っている。

 今日は特別な日。セルラルにこんな日があったとは知らなかった。そんな日に私達は……ううん、考えちゃダメだ。


「サーニャちゃん、行くしかないよ」

「……悪い、私はあいつを知っている?」

「……だろうね、反応からして分かったよ」

「なら、何であいつの提案に乗ったんだ?」

「そうだね、罠の可能性が高いと思う……だけど、ここで断っても怪しまれるし、僕は確かめたいんだ」


 確かめたい。コルニーの発言は意味深だった。

 何を、確かめるんだ? 私の頭では考えられない。

 背中から汗が滲み出てくる。とても緊張している。

 やばい、この先に何が待っているんだろう?

 嫌な予感しかしない。だけど、コルニーは罠に嵌るつもりだ。どちらにしても怪しいのに変わりはない。……ソルトを疑いたくない。だけど、サーニャとして出たら理解してくれるだろうか?


 すると、私の手が掴まれる。

 コルニーだ。こいつは震える私を落ち着かせるように。行動と言葉で何とかしようとしてくれる。


「大丈夫! 簡単にただ罠に嵌る気はないよ……僕達の後ろには勇者が控えている! 仮に戦いになっても、僕達の勝利は確実だよ」

「……私は、戦いたくない」

「いいや、もう覚悟を決めないといけない、この街に来た瞬間からもう始まっている」

「……そ、うだな」

「……その上で確かめたい、まだ【対話】で解決が出来るのか? そして、願わくば協力が出来るのか? 王国と世界……この戦争が終わって世界を制圧すれば終わる、訳にもいかないからね」


 私と違ってコルニーは先が見えている。

 それが話し終えると、また黙って歩き出す。

 対話とか協力か。本当にそうなったら嬉しい。

 狡い女だ。自分が裏切った事をロークに許して貰おうとしている。そんなの無理に決まっているのに。

 ローク……お前は何を想って、何処にいるんだ?

 まさか、死んでいたり……しないよな?


「こっち! こっちだよー!」

「あっちみたいだ! 行こうよ! サーニャちゃん!」


 私には分かる。コルニーの手は震えており、振り解けるぐらいに弱かった。でも、私にとってそれは救いの手。それに、支えて貰わないと私は倒れてしまう。……辛いのはお互い様。コルニーも敢えての厳しい道を進もうとしている。


 私だけが辛いと思うな。馬鹿! 泣くのは……もう少し後だ。


 そして、ソルトが私達に案内したのは……。


「こ、ここって……」


 唖然とする。

 しばらくこの場所を見ながら動けなかった。

 多分だけど隣にいるコルニーも気が付いているだろう。この場所を知っている。そして、この先は地獄。言葉では伝えていないけど、反応でコルニーなら理解している。


 あー……やばい。混乱と動揺で頭が追いつかない。

 そして、周りを見ると人気が無くなっている。

 あっれ? さっきまで沢山の人が居たのに。

 視野が狭くなっていたのか? それ程に私は追い込まれていたのか。そして、ソルトは後ろを向いたまま。


「ねぇ? 懐かしいでしょ……? サーニャ?」

「あ、あぁ!」


 その瞬間。強風がこの場を襲う。

 これによって私のフードは取れる。

 バレた、いや既にバレていた。そして、この場所まで連れて来られた。ううん、コルニーの言う通り……私は確かめたい。

 だけど、私にそんな時間も余裕も残されていなかった。


「はぁ……サーニャ、話は全て聞いた、貴方がした事……今の状況、その上で聞くけど、貴方はどうしたいの?」

「そ、ソルト……」

「ここに僕達を誘き寄せたという事は、後ろに誰かが居るんですか? 失礼ですけど、貴方は戦闘員では……」

「うん! それで、申し訳ないけど【私達】が用があるのはサーニャだから……」


 ……え? ソルトの言葉と同時に。隣にいるコルニーの体が斬られる。本当に一瞬。私は気が付かなかった。地面に流れる血とコルニーが倒れる姿を見て。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私は叫んでしまう。

 これは風による斬撃。

 そして、私はこの攻撃を知っている。

 誰がやったか? そんなの分かりきっている。


 ロークだ。もう、私に【対話】という生温い解決方法という選択肢はなかった。


 殺し合い。剣を抜く以外にないのだ。


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