第84話 小さな反撃の第一歩

 やっと会えた。そして、俺は攻撃を仕掛けた。

 本当の戦いが始まった。願わくばこんな場所で開戦などしたくなかった。

 だけど、仕方ない。出会ってしまったから。

 まさか、あいつと出会った場所で……本当なら一緒に居たかったのに。

 俺は戦う事を望んで、それを決定した。

 しょうがないよな? あっちが望んだ事なんだから。俺は、剣を振りながらそう思っていた。


 開戦してから一ヶ月前。


「ここがセルラル……」


 俺達はドワーフの森からパティの転移魔術で一気にセルラルまで移動した。

 着くなりエドワードはセルラルの街の状況を見て意外な表情だった。活気があって賑わっている。

 これから血の流れる出来事が起こる。悲観的に考えている人は居ない。いや、知らないだけだ。

 俺達は知っている。知らない人と知っている人がいるだけ。それだけなのに、この世界は残酷過ぎる。


「ふぅ……それでどうするの? このままこの街で待っているだけなの?」


 パティは俺に聞いてくる。

 久しぶりに来たセルラルの街並みを見ながら。考えていたが、特に思い付かない。

 いや、まずは人集めからだ。……クソみたいな俺にも少しはいる。頼れるかは知らないが、前にお世話になった人達。そいつらにまずは当たってみよう。


「最初に来た時にお世話になった人なんだが……」

「へぇ……そんな人がいるんだ」

「大丈夫なのか? 信用は出来るのか?」

「それは状況を説明して納得して貰う! 駄目なら……まぁ、何とかする」


 こんな街中で突っ立ている訳にもいかない。

 時間もあまりない。一ヶ月でアレースレン王国に対抗する力。それを何とかしなければいけない。

 ヤミイチ、あの人はただならぬ雰囲気を感じた。

 実際にパティの話を聞いたら、凄い剣士だった。

 それだったら一緒に戦って欲しい。

 でも、俺だけでは駄目だ。パティやエドワードを加えてまずは交渉を始める。

 まずは、話し合いだ。もし、断られたらその時に考えよう。俺達はヤミイチのいる武具屋に向かって行った。



「おう……って、お前は」


 着くなり、ヤミイチと会えた。

 武器の手入れをしており、呑気そうにしていた。

 でも、俺を見つけて表情が一変する。

 自分の姿が変わっているからか? それとも新しい仲間を引き連れているからか? どちらにせよ、驚かれている事に変わりはない。

 変わってねえな……あんたは。あの頃と違って態度も変わってしまった。名前を呼び捨てでも敬意はある。その上で俺はヤミイチに。


「久しぶり、ですね」

「……またここに戻ってきたのか? というか、何だその姿と顔」

「あぁ……また、色々とあったんですよ」

「そうか、それで俺に何の用があるんだ?」


 話がはやくて助かる。

 理由がないのにこんな場所まで来ない。

 それはヤミイチもよく理解をしていた。

 こんな街の外れの武具屋。よく知っている客しか来ないらしい。


 俺は事情を話した。包み隠さずに、正直に。

 全てを話し終えた時。ヤミイチは瞳を見開きながら。


「それは、本当なのか?」

「……あぁ、だから俺達はここに来た」


 信じられないようだった。

 まさか、サーニャがそんな行動を取るなんて予想外。ヤミイチは悲しそうに話を聞いていた。

 そして、同時に俺への怒り。何で止められなかったのか? 止めてくれなかったのか。でも、事情を知ったら何が正解か分からない。

 そして、ヤミイチは必死に感情を押し殺しながら。


「そうか、ここだと色々と目立つかもしれない……中に入れ」


 そう言ってヤミイチは武具屋の中へと入って行く。

 同時にパティとエドワードは不審に思っている。


「信用していいのか?」

「うーん……とりあえず付いて行くのはいいんじゃない? ロークちゃんの意見はどうなの?」

「お前達は別に付いて行きたくないならいいぞ……多分だけど面倒な事になる」


 それでもエドワードとパティは付いて行く。

 俺の忠告など聞いちゃいない。

 まぁ、それぐらいの方がいいかもな。

 二人共俺に付いて行くという時点で覚悟はしている。面倒くさい出来事ばかりに巻き込まれる。

 だから、俺の選択には従って貰う。

 でも、それは正解かどうかは俺には分からない。


 そんなの分かっていたら。

 もっといい状況になっていたからな。



「それで、どうして……サーニャを見捨てた?」

「おいおいこれは……やり過ぎだ」

「あちゃ! やっぱりこうなってしまったか」


 殴られた。武具屋の奥の部屋に入った瞬間。

 俺の体は吹っ飛んだ。壁に激突して鈍い痛みが俺を襲う。その光景にそれぞれが反応を見せていた。

 それにしてもパティは……とても楽しんでいるように思えた。この野郎……いや、パティはこういう奴か。それよりも、危ないよなこんな場所で。

 ……俺は殴られた。どうして何だろうと考えたが、その最大の理由は。


「サーニャが、連れて行かれた? ちぃ……どうして、お前が守ってやらなかった?」


 どうして? ああ……お前は愛されていていいよな。何処へ行っても俺は敵として扱われる。

 俺にとって許さない存在でも、サーニャ。お前はやっぱり俺と来るべきじゃなかった。

 住む世界が違い過ぎた。だから、俺は殴られた。

 でも、守ってやれなかった? いいや、それは違う! 選択をしたのはあいつだ。エドワードから聞いた話。水晶で見せられたあの光景は本物。


「くく……」

「あ……? テメェ、何事も」

「守ってやれなかった? あぁ、確かにそうだ! けどなぁ! 俺にどうしろって言うんだ!」

「それは、俺から話をします……えっと、ヤミイチさんでしたっけ?」

「はいはい、ロークちゃんは私と遊びましょうね! はぁ……貴方が冷静でいなきゃ駄目でしょ?」


 笑ったのは回答が思い付かなかったから。

 話した所でヤミイチは理解してくれない.

 そう思ったら無意識に込み上げてきた。

 こんなどうしようない状況。笑うしかねえだろ。

 殴られた痛みで苛立ちを隠せないのだろうか。

 そんなの今更だ。パティは俺に血の出た箇所を治している。でも、その瞳はとても哀れに見えた。

 感情的になるなと言い聞かせても。


 駄目だ。俺は何しに来た? この人に協力して貰う為に交渉にきた。喧嘩、争いに来たのではない。

 こうやって過去の味方も敵になっていく。

 こんな残酷な物語はもう終わらせたい。

 自分が初めた物語だと思うが、こんなにも終わりが見えなくて辛いとは。


 挫けそうだ。あのまま自分のスキルと共に死ねたら。目の前で治療しているパティが居なければ。

 ……いや、そうじゃないだろ。

 俺は何度目かの葛藤に悩みながら。


「俺はとても冷静だ! だから……」

「もういい! 俺がこの人に話す! お前はしばらく黙ってろ!」

「……エドワードちゃんの言う通りよ? 貴方の目的を達成したいならここは……」


 分かってんだよ。でも、時間も余裕も無い。

 パティとエドワードの言う通りだ。

 怒っても何も生まれない。二人の意見を聞くべきだ。最終的には自分の判断するが、それも全て正しいとは限らない。全ては俺の目的の達成の為に。


 そして、俺が落ち着きを取り戻したと同時に。


「……悪かった」

「……は?」

「話も聞いていないのに、一方的な暴力を振るって済まなかった……」


 ヤミイチは頭を下げる。

 さっきまでとは大違いだ。

 エドワードは黙って俺の方を見て頷く。

 やっとこれで【話し合い】が出来る。

 暴力や力による支配では無くて。お互いの意思を尊重した協力関係。それが出来れば、この世界は本当の平和となっていただろう。


「いや、俺の方こそ……感情的になって悪かった」

「というか、お前……いつの間にか顔付きが変わったな? あの時よりも、強くなったと思うが……同時に色々な経験をしたみたいだな?」


 その通りだ。強くなって、迷いは捨てた。

 話をしたらどうなるか分からない。

 またヤミイチは怒るかもしれない。

 だけど、俺は進むしかない。


「あぁ、だからこそ! あんたも一緒に戦って欲しい、この世界の為に」


 こうして俺達はヤミイチと再び接触した。

 これが俺の反撃の一歩だと信じて。

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