第85話 もう戻れない、それぞれの道

 悲鳴が聞こえた。風による斬撃は命中した。サーニャともう一人いた男は死んだだろう。確かめるまでもない。風による斬撃は簡単には防げないし、当たったら即死だ。そして、俺は二人の前に姿を現す。


「よぉ、意外に再会は……はやかったな」


 剣を構えながら俺はサーニャ達の前に立ちはだかる。横の男は地面に倒れて動かない。そりゃそうだ。俺の攻撃だからな。……何でこうなるかな。言葉と表情とは裏腹に俺の心中は噛み合っていない。


 この瞬間。あれだけ決意をしたのに、俺はサーニャが好きだ。あいつと一緒に歩んでいきたかった。でも、もう立場が違う。どんな理由があろうとアレースレン王国に協力するやつ。そして、あのクソ勇者に協力するやつは……。


「殺す、それだけだ」


 それで気が付いたのか。サーニャは俺の方を向く。変わらない。だけど、その表情は俺を見て恐怖を隠せていない。……そうだよなぁ。


 俺は間髪入れずに上空に飛び上がる。剣を好きな女に振るいながら。目を見開きながらサーニャは俺の攻撃を剣で防ぐ。瞬時に武器を取り出して、戦闘体制に移行する。流れるような動き。これも変化していない。


 しかし、俺はサーニャのガードの崩す。そこから膝蹴りをサーニャの腹に繰り出す。


「ぐはぁ!」

「お前はここで俺が殺す」


 戸惑う前に殺す。そうしないと情が湧いてしまいそうだ。好きだ、今すぐにでもこいつに抱き着きたい。愛したい。でも、それじゃあ……俺の目的は達成されない!


 サーニャの体は軽かった。蹴り飛ばされたその体は宙に浮く。その前に俺はサーニャの首を掴む。これで動けない。俺の手の中でサーニャは暴れ回る。


「終わりだ」


 冷たいその声はサーニャにも届いているだろう。両足をジタバタさせながら、必死に呼吸をしようとするサーニャ。この気は逃さない。サーニャ……お前は俺にとって。


「や、やめて……」

「……!?」


 気配を感じた。俺はすぐにサーニャから手を離した。危なかった。まさか、とは思ったが生きていたとは。俺はその生きていた男の攻撃に反応した。……攻撃を受ける前に少し急所から外していたか。流石は王国の戦士という訳か。剣は背後から背中に手を回して防ぐ。威力は……そんなにない。俺から受けた攻撃の影響か。


「甘いな」

「……うぐ!」 

「あの攻撃を受けていてよく生きていたな? だけど、これで……」


 剣技で終わりだ。今度こそ確実に殺す為に。この距離なら絶対にこいつの体を吹き飛ばせる。絶対に、仕留める。


「どうして」

「……なんだ?」

「どうして! サーニャちゃんを殺そうとする! 君の、仲間だったんだろ?」


 仲間、いやそれ以上の関係だ。お前には理解が出来ないだろうな。何故なら、足りないからだ。憎しみが、痛みが。こうやって、痛めつけないと何も変わらない。理解はしてくれない。俺は復讐の為にここまで来ている。だから、もうそんな事実は関係がない。


 もう、元仲間で、大切な人だから。


「お前にそんな事を答える必要はない!」「いや……僕は知りたい、何でお前みたいな奴をサーニャちゃんが好きなのか……それは!」「もういい、お前と話しても時間の無駄だ! さっさと……死ね」


 それは、その先は気にはなった。だが、大した問題ではない。名前も知らない敵のことなど気にする必要が。


「……コルニー! 下がって!」

「……!」

「サーニャちゃん!?」


 これはサーニャの剣技か。この場に火柱が発生する。こんな技は見たことがない。俺の居ない間に、お前も強くなっていたんだな。出来れば、それは俺の目の前で披露して欲しかった。いや、正確には。


「剣技【火柱火炎】」


 巨大な火柱が俺を囲むように襲う。じわじわとその火柱は俺に迫ってくる。高温の熱い火柱か。普通の奴ならこれで終わりだろうな。だがな、サーニャ。俺は地面に風を発生させて、その風圧を利用して高く飛び上がる。どんなに強力な技でも回避されれば意味がない。


「甘かったな! サーニャ」

「ぐぅ! それなら……」

「ちょっと! サーニャちゃん! ぐぅ……まだ傷が」


 何を思ったか。サーニャは俺に直接突っ込んで来た。剣は握っていない。どういうことだ? 俺に剣も握らず向かって来るだと? 物理攻撃、つまりは自分の拳を信じるという訳か。あの男は俺の攻撃で動けない。相手にするのは……。


「俺に向かって来るのか? サーニャ!」

「……ローク!」

「いいぜ、受けてやるよ!」


 これで確定した。俺もこいつも、もう敵対する。サーニャは俺に殴りかかってくる。そう言えば思い出すな。特訓の時に、こいつも組み手でこいつに負けたんだった。元々の才能はこいつの方が上だ。剣術も身体能力も、それはスキルという能力にあらわれている。


 でも、今は……。


「サーニャ!」

「ろ、ローク」


 お互いの名前を呼び合ってもうこれ以上の言葉は要らない。まずは、サーニャから俺の顔に拳をぶつけられる。鈍い痛みだ、だけど響かねえな。すぐに痛みに負けず俺はサーニャに反撃する。この場は小刻みな殴り合いが繰り広げられる。剣技、武器などは使わなかった。別にこれは殺し合い。本気でお互いが相手を殺そうとしている。だから、それらを使えばよかったのに。


 俺もサーニャも、相手の攻撃を見極めながら。必死に自分の攻撃を通そうとしている。気が付けば、俺もサーニャもボロボロになっていた。顔中が痣まみれになり、口から血の味がする。


 大してサーニャは、俺よりも傷は深くない。でも、とても辛そうに呼吸をしている。……キリがないな。俺も、サーニャもギリギリの状態で戦っている。こいつはやっぱり強いな。


「……そろそろ決着をつけるか」


 まだ戦いは始まったばかり。俺はこの場所で立ち止まってられない。もっと先に、そう……あの勇者を倒すまで死にきれない。ちぃ! 仲間のエドワードやパティが来るまでは俺一人でこいつらを……。


「……やっぱり嫌だ」

「……」

「こんなの嫌だよ! 何で私達が……こんなこと」

「それがお前の決めた道だろ? もう、俺とお前は終わりなんだよ」


 お前はもうそっち側だ。体に埋め込まれた紋章。それが全ての証拠だ。あまり、余計な事は言わない方がいい。紋章の効果はかなり強力だ。その効力が働いて死んでしまっても勿体無い。


 この俺が……この手で。サーニャを殺さないと。


「終わりって……でも」

「やり直す事が出来るのだと? そう言いたいのか?」

「……っ!」

「家族の為にそっちについたんだったら仕方がない……もう、これ以上苦しむ必要性はないだろ?」


 そう、もう俺達はやり直すことは不可能だ。

 お前も、俺も。もう、違う道を進んでいるのだから。


 どうせ、少し心変わりしたところで裏切られるだけなのだから。

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