第86話 サーニャとの決別と勇者降臨

「どうして? 分かってくれないの?」

「……は?」


 サーニャが俺に言い放ったこの一言。

 ……どういう意味だ? その時のサーニャの表情は俺に見せた事のない。そう、あいつらだ。

 殺して、殺そうとしているあの三人と同じだった。

 心変わりにしては、急過ぎると思うけど。

 俺はサーニャの言葉の意味を理解するのに数秒かかった。


 分かって……くれないだと? 

 それはお前の都合だろ? 

 俺より家族を選んで俺やエドワード達を裏切った。

 気持ちも動機も理解が出来る。

 でも、未確定な要素が多い中で判断するのは……いや、それはサーニャだから考えないとこう。


 沈黙、さっきまで激しい殴り合いを繰り広げていた二人とは思えない。だからこそ、この緩急が想像以上に俺の心を蝕った。


 サーニャは俺の方を見ながらその重い口を開く。


「ローク、私だって好きでこんな場所にいるわけじゃねえよ……だけど、だけどな! 大切な家族を人質に取られたら……しょうがないだろ」

「……俺は、家族を殺した」

「……っ!? だから、それは! ローク! お前の問題だろ! 私にはロークと違って大切な家族が居る! 家族を殺すなんてそんな……あ!」


 これがこいつの本音だろう。

 一緒に居た時間が長かったせいか。

 俺はサーニャの事を信じきっていた。

 ふ、あっはははははは! ここまでのせっかく来たのに全て水の泡か。希望も、未来も、全部……黒く塗り潰されてしまう。

 それを聞いた俺は笑いが止まらなかった。

 面白い。俺は今まで何をしてきて、何を言ってきたんだと。乾いた笑いをサーニャを見ながらする。


「な、何がおかしい……のよ?」

「いや……そうか、やっぱりお前もそうなるのか、俺の復讐したい奴と変わらねえな」

「ち、違う! 私は……」

「否定するな、まぁこれで決心したよ! お前はやっぱり倒さないといけないって」


 もう、家族が居ない俺にとっては分からない。

 一直線で俺はサーニャに向かう。

 今度は剣を持って。戸惑っているのか、サーニャの反応が遅れる。迷いもなく、これで終わらせる。

 あいつが剣を握る前に、全て……。


「殺させないよ」

「……邪魔だ、どけ」

「君は、間違ってるよ……サーニャちゃんは、サーニャちゃんは!」

「ここで止まっていたら俺は先へ進めない! 俺は……」


 もう、後戻りは出来ない。

 俺はかつての仲間であり愛する人を殺す。

 その為に、剣を力強く握る。

 あぁ、これでお前と一緒に……。


「剣技【風魔滅却】」


 歩きたかった。戦いたかった。

 これでまずはお前らを……殺す!


「……っ! コルニー!」

「さ、サーニャちゃんは……ぼ、僕が守る!」


 コルニーという男はサーニャを守る。

 背中を見せながら、この剣技の前に背中を向けるとは……肝が据わっている。

 でも、声も体も震えているぞ。恐らくだが、この剣技をまともに受ければ、死ぬのは絶対だ。


 この剣技はサーニャと別れてから取得したもの。

 圧縮された風は俺の剣を通じて、敵に襲っていく。

 魔力が多量に含まれており、対象に触れた瞬間に。


「ぐぁぁぁぁぁぁ!」


 風圧によって体は弾け飛ぶ。

 右半身が吹っ飛んで赤い血飛沫が空中を舞う。

 ……少しズレたか。さっきもそうだが、ギリギリのタイミングで俺の攻撃がズラされている。

 こいつの力なのか? それとも他の奴なのか? まぁ、もうどうでもいいか。


「あがぁ、んぐ」

「悪いな、お前に恨みはないんだが、王国に居る限り……お前らに未来はない」

「あ、あぁ、コルニー……」

「次はお前だ、サーニャ! ん?」


 何だ? もう動けないはずなのに。あのコルニーという男は失っていない方の左手で。俺の足を掴んでくる。何て奴だ、この状態になっても立ち向かって来るなんて。……死ぬしかないのにな。


「さ、サーニャちゃんは……殺させないよ」

「……どうして」

「んぐ、僕は、こんなの望んでいない! まだ、話し合いをすればきっと」

「そんな可能性……とっくの昔に終わってるんだよ!」


 剣を男に向かって突き刺す。

 この場に悲鳴が響いたが、それは一瞬で終わる。

 話し合いで解決が出来るならそうしてる。

 でも、始めたのはお前らだからな。

 俺の大切なものを全部奪っていくからだ!


「……そ、そんな、ねぇ、コルニー」

「お前も分かってるだろ? もうそいつは……」

「返事をしてくれよ! コルニーぃぃぃぃ!」

「……っ!」

「ローク、やっぱり私達はもう」


 熱い! 何だこれは!? サーニャを取り囲むように炎の化身が現れる。これは……いつかの剣技。

 いや、それとは姿も質も違う。

 赤い鎧のそれはまるで血に染まった鎧のように。

 サーニャの剣技とは思えない程に、憎悪や負の感情が伝わってくる。

 こいつも本気を出したのか? いや、この男を殺された事によって感情の引き金によって、作られたものなのか?


 どちらにせよ……化け物なのに変わりはない。


 そして、サーニャは剣を俺に向ける。


「やり直す事は出来ないんだね」


 そうだ。だから、全力で来い。

 期待通りに全力で叩き潰してやる。

 その言葉と同時にサーニャは烈火の如くに俺に向かって来る。速いな。それに、威力がやばい。

 サーニャの動きと連動する様に。この赤い化身も、腕を振り下ろして攻撃をしてくる。

 その一撃は地面に穴を作り出すぐらいに強大だった。見るだけで、その危険度合いは理解が出来る。


 本気で俺を殺そうと。お前にも眠っていた力はあったようだな。こんな形で……それを見てしまうなんてな。……そろそろ、他の奴も呼んだ方がいいか? いや、もう戦闘は始まっている。

 作戦ではこの時点で、仲間もこの場にいるはず。

 参戦してくるはずなんだが……別の場所でも戦闘が行われているのか?


 この街は無人。これも作戦の為だ。

 無駄な犠牲は出したくない。

 あくまでこれは……俺の復讐だからな。

 そして、協力してくれる奴は絶対に守る。


 その中にお前も居たはずなのに……。


「私は馬鹿だからさ、もう解決策も何も思いつかない……だから、私がロークにしてやれる事って、せめてロークを止める事だと、思うの! だから、ここで私がロークを倒す!」

「……やってみろよ、この裏切りもんがぁ!」


 もう理性は保ってられない。

 全てがどうでもよくなった。

 この場で本当に決別した愛した女。

 最大の力を剣に込めて、俺は再びあの剣技を発動する。


「剣技【風魔滅却】!」

「……!?」


 圧縮された風がサーニャに向かう。

 さっきよりも、強く大きく。

 この場が巨大な台風のように渦巻いて、民間の屋根が簡単に飛んでいる。

 あまりの威力に技を出した俺がどうにかなってしまいそうだ。だけど、これで……。


「苦労しているようだな? サーニャ……」

「……!? お前は!」


 その攻撃を簡単に弾き飛ばした男。

 忘れもしない。まさか、あっちから来るなんて。

 そう、全てはこの男を殺す為に。


「トウヤ!」

「久しぶりだな……相変わらず惨めな姿だ」


 この瞬間。俺の力はさらに強まった。

 もう、どうとでもなれ。

 ここで、死ぬ事になっても俺は後悔はないのだから。

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