第59話 最強の部隊とフローレンの技術


 ローシャとローラは快く引き受けてくれた。

 こいつら俺が渡した金貨を大事そうに持っている。

 結局は金か。もう、視線はそっちばかりに集中している。

 ある程度の地位には居るが、人間は欲深い生き物。

 それ以上の状態を望む訳だ。


「あの……勇者様? 連れて行くってどちらへ?」

「さっき言った通り、お前達には俺が推薦する部隊と一緒に行って貰う」

「はぁ、でも私達は戦いは無理ですよ」

「だからこそだ、お前達が普通に戦えればわざわざこんな事はしない」


 そいつらが待っているのはこの部屋の奥。

 まぁ、よく言えば指折りの実力者。

 だけど、こいつらも色々と問題がある奴らだ。

 あの三姉妹程ではない、とは言えないな。

 特別待遇でいい生活をさせてやっている。そうじゃないと……。


「入るぞ」


 その扉を開けた瞬間。斬撃が俺達の方に向かってくる。

 ……相変わらずだな。瞬時に魔術壁を作ってそれを防ぐ。

 こんな城の通路で何をやっているんだ。

 普通だったら、処罰を受けさせる。けど、それを忘れてしまうほどにこいつらは。


「防いだと思ったら……トウヤかよ! 何の用だよ」

「ひ、ひぃ……何なんだよ」

「ゆ、勇者様!? ま、まさかこの人達が?」

「あぁ、紹介しよう、元々は勇者を守っていた存在だからな」


 このいきなり勇者の俺に斬り込んで来たのは【カゲノ】。

 武器は伸びる斬撃。剣士でありながら、接近戦も遠距離もいける。

 恐らく、純粋な剣の腕なら俺と互角……いや、それ以上か?

 そして、こいつと俺は昔に勇者の座を争った奴。

 少しの差……いや、人格的に俺の方が勝った結果となった。

 とにかく、こいつを怒らすと面倒だ。


「それと、何だ? この弱そうな奴ら? まさか、今回の獲物はこいつらか?」

「違う……寧ろ、こいつらを守りながら獲物まで引き連れて行くのが仕事だ」

「あぁん? 守る……? こんな奴らを?」

「そうだ、言っておくが殺すなもちろん、手荒なことはするな」


 そう、こいつカゲノは凶暴な性格。

 何不自由なく暮らして来た俺と違ってカゲノの過去は苦労している。

 貧乏な村で生まれて、食べ物も毎日困るぐらいの生活。

 自分が生きるのに精一杯で誰も助けてくれなかったらしい。

 ……餓死寸前の所を見つけられて拾われたらしい。


 運がいい。確か拾ったのはナイルだと言っていた。

 拾った理由は、剣の才能が素晴らしかった。

 性格に難はあるが、今後使えると判断されたのだろう。


「……手荒だと? お前、誰に言ってんだ?」

「まぁ、落ち着け……カゲノ、ただの護衛だけだったらお前達に頼まない」

「ムカつくんだよなぁ? こういう何も苦労してねぇ奴を見ると! マジでイライラするぜ」

「ちょっと……落ち着きなさいよ、うるさいわよ」


 部屋の奥から現れたのはもう一人の強者。

 長く美しい黒髪が目立つ美形の女。

 目付きが鋭く、カゲノとはまた違って怖さが際立つ。


「サキも居たのか、だったら話が速い」

「ふーん? 勇者様じゃない? 私達の部屋に来るなんて珍しいわね?」

「……急な仕事を頼もうと思ってな」

「仕事……? あたし、今から買い物に行こうと思ったんだけど」

「あ、あの……勇者様? 本当に私達はこの人達と一緒に行くんですか?」


 明らかに怖がっている。

 サキとカゲノ、こいつらはアレースレン王国が誇る二人。

 部隊とは言ったが、実際はこの二人だけ。

 しかし、この二人を隠し玉に出来るだけ俺達は戦力を有している。

 ……今回の刺客は手強いぞ。さて、どうするか見ものだな。


「あぁ、だからサキ……お前が指揮をとってカゲノとこの二人を対象まで送り届けろ」

「そういうことね、分かったわ」

「ちぃ、おい、サキ! お前はいいのかよ、こんなしょうもねえ……俺達がやる仕事じゃねえだろ」

「あら、そうかしら? 私にはとても重要な依頼に見えるけど?」


 サキはカゲノと違って冷静で落ち着いている。

 この二人は足りない所を補っている。

 カゲノは戦闘力に優れて、サキは戦術・戦略を考えるのが得意。

 もちろん、どちらも駒としては優秀で戦闘力は素晴らしい。

 こいつら二人で何人殺してきたのか。それは数えられないだろう。



「はぁ? どうしてそう思うんだよ?」

「対象を倒すだけならまだしも、護衛って時点で何かあるに決まっているでしょ? 特に、勇者様がわざわざ私達に頼みに来てるって、相当な事じゃない?」

「……サキの言う通りだ、カゲノ! 護衛とその対象をお前達で倒すのも今回の仕事の一つだ……その対象はニーナとシャノンを殺した奴だ」


 そう言った瞬間。二人の表情が一変する。

 サキはともかくカゲノは自分よりも同格。

 それ以上の敵と戦える時は気持ちが上がる。

 今回のように機嫌が悪く、乗り気じゃない時もこうすればカゲノは引き受けてくれるだろう。


 ……昔からそういう奴だ。

 境遇は違うが共に剣の腕を磨いてきた同士。

 こいつも俺も目指しているのは完全な強さ。

 そして、絶対に搾取される側にはならないという事。


「ニーナとシャノンってそれ本当なの?」

「あの生意気な小娘がやられただと? ふん、所詮はその程度だったのか」

「逆に言えばその二人を殺した剣士……気にならないか?」

「なるほどな、そいつは面白そうな奴だな」


 カゲノはとても興味深そうにしている。

 好戦的な性格もあるからか。

 今からでも戦場に駆け出したい気持ちなんだろう。

 一方でサキは腕組みをしながら俺の方を向く。


「フローレンはまだ生きているんでしょ? その子に頼めばいいんじゃない?」

「いや、フローレンはどちらかというと戦闘タイプじゃない、あいつには別の形でとても貢献して貰っている……様々な薬や研究などなどだ」

「ふーん……まぁ、それならいいけど」

「だったらはやくいくぞ! さっさと終わらせて飯にするぞ! 俺は腹が減っているんだ」

「待ちなさい……準備とか色々とあるでしょ? それに何処に居るかも分からないし」

「あぁん?」

「それはお前達に任せる、とにかくこの二人を対象まで送り届けて後はそいつを始末しろ、詳しい内容は後で文章にして送っておく、じゃあ後は頼むぞ」


 納得してくれてよかった。

 こいつらは命令するより自由に動かしておいた方がいい。

 本当にあのロークという男にかなり振り回されている。

 全く本当に厄介な存在になったな。

 けど、戦力的にはやはりこちらが有利なのは間違いない。

 比べるまでもないというのが正直な所。


「面白そうじゃねえか、久しぶりに楽しめそうだな」

「はいはい、あくまで仕事だからね……いつもみたいにやりたい事ばかりやれる訳じゃないんだから」

「最終的に殺せばいいんだろ? だったら簡単な事だ! 何にせよ、俺達に勝てる奴は居ねーよ」

「どちらにせよ、私達に歯向かうって事はどういう事か教えてあげる」

「お、お願いします」

「ほ、本当に俺達は大丈夫なのか?」


 大丈夫、それはその二人次第だな。

 別にお前達は少しでも敵を崩す為の材料。

 それ以外に価値はない。だから、口には出さないが雑に扱っても構わない。

 そう、文章には付け加える予定だ。殺すまではいかないが、それはあの二人に任せる。

 俺がそれをやったら印象が悪くなるからな。

 不信感は与えてもならないのが辛い所だ。


 まぁ、精々頑張ってくれ。

 さてと、やる事が色々と多いな。

 俺はこの場所を後にする。今度はあいつに会いに行くか。


 ◆◆◆◆◆◆


「あら、いらっしゃい」

「あぁ」

「偉く気分が悪そうだけど大丈夫なの?」

「まぁな」


 フローレン工房まで足を運んで俺は椅子に座り込む。

 この場所は落ち着く。

 ……くつろいでいる場合じゃないか。


「それにしても、ニーナもシャノンも居なくなるなんて……寂しいわね」

「相変わらず悲しそうな素振りを見せないな」

「そうね、だけどこれで放置してはおけない存在になったわね……ローク、あの子トリス村に居た時よりも強くなっているのは確かだけど」


 フローレンは薬を調合しながらその手を止める。

 まるで、何かに乗っ取られているかのように。

 じっと薬の入ったガラス瓶を見つめていた。


「私達には敵わない……ねぇ、トウヤくん」

「戦力的には申し分ない、逆に負ける要素はないが、優秀な駒を二つも失ってしまったからな……」

「うーん、でもカゲノちゃんやサキさんも向かわせたんでしょ? それなら、安心なんじゃない?」

「まぁな、あの二人とお前の両親も使っているからな」

「あぁ……そうね」


 フローレンにとって両親は何なのか。

 ニーナとシャノン、二人を失ったのは惜しいが最悪フローレンだけでもいい。

 最初に出会った時から、こいつは他の人間とは違うものを感じた。


 この工房だけでもフローレンの異常さが理解が出来る。

 薬や様々な小道具の他に大量の死骸や実験の後があった。

 その中に生き物はもちろん、人間のものもありフローレンは笑顔で解剖を進めていた。

 ……躊躇なく、同じ人間をこれだけ弄べるのはある意味才能がある。

 さらには、こいつは天才的な錬金術もある。


 言うならば、食べられなくなった腐った肉を食べられるように出来る。

 並大抵の技術ではない。


「でも、それでロークを殺せるならいいんじゃない?」

「別に力で対抗しなくても相手を崩す手段は幾らでもある……」

「ふふ、そうね! それで、私は何をすればいいの? 何か用があるから私の所に来たんでしょ?」


 戦いというのは数が多い方が有利。

 だから、フローレンの技術は役に立つ。


「もう、準備は整っているのか?」

「あら、私を誰だと思っているの? これだけの時間があれば余裕よ」


 さらにこちらには新しい力もある。

 さっき言った使えなくなったものを使えるようにする。

 それが今のフローレンには可能なんだ。


「死体操作(ネクロママンサー)その名の通り……死体さえあれば幾らでも動かすことが出来る」

「……期待してるぞ、そして可能性はさらにある」


 死体があれば動かすことが出来る。

 さらにフローレンの錬金術。

 少しでも死人の形見と情報があればその人間を再現が出来る。

 ……ということは。


「ふふ、久しぶりにニーナちゃんと再会出来るって興奮するわ」

「……期待してるぞ」


 言っておくがこっちは負ける要素はない。

 戦力はもちろん、特殊な技術もある。

 まだまだ刺客は残っているしな。


 ニーナ、簡単にやられたがこいつはまだ使える。

 準備は整った。

 今度はほぼ最大戦力でお前を迎える。


 俺達に負ける未来はない。

 何度でもお前達から希望を奪い取ってやるよ。

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