第71話 戦争を止める、止めないか、人を殺すか、殺さないか

「破滅的な出来事……それは何なんだ?」


 頭が冷えた。俺はこの場に座り込んで、女神の話を聞く。まずは、この世界に起こる破滅的な出来事について。俺は知らなさ過ぎた。この世界について、自分の力について。それらを知れるなら、死んで、よかったのか? とにかく教えろ、女神。

 でも、楽観視はしていない。表情を変えようとはしない。静寂な時間が流れる。そして、女神は口を開き始める。


「簡単に言えば戦争ですね」

「戦争って……誰と戦うんだ?」

「それは、世界です」

「……あ?」


 戦争と聞いても実感がない。

 それに世界って……アレースレン王国は他の国と戦争を仕掛けるってことか? けど、この世界に国を含めて、街や村の全員が敵意を剥き出しにしたら。

 とてもじゃないが、王国でも勝てないはず。

 現実的じゃねえな。だが、その俺の予想はすぐに裏切られることになる。


「驚くのも無理はありません、この世界はいつかはアレースレン王国に完全に支配される、それだけの力が揃いつつあるんです」

「……揃いつつ? それは」

「各国の強力な冒険者、旅団、スキルを持っている人材を集めていたのですよ、それは全て……これから仕掛ける大規模な戦争の為に」

「……じゃあ、ニーナもシャノンもフローレン……サーニャはその為に集められたのか?」

「えぇ、天職はどんな兵器よりも強力です、それは貴方がよく知ってますよね?」


 あぁ、そうだ。何度も苦しめられた。あいつらの力は強い。通常の人間ではあり得ない腕力。国を滅ぼせるだけの魔術。死人までも生き返らせる力。

 確かに、どんな兵器よりも強力だ。

 本気でアレースレン王国はこの世界を支配するつもりなら、必要な戦力だろう。


「知ってる、嫌という程に味わってきた」

「あの三人が天職を手に入れて、貴方がとても弱いスキルを手に入れた時は、何も思わなかったのですよ……いや、これは嘘ですね、可哀想だと思ったんですよ」

「可哀想? そんな余計な感情は駄目なんじゃねえのか?」

「えぇ、だけどこの瞬間に少し察してしまったの……この場所に勇者は必ず来ると」


 そうだよな。戦争を起こすんだったら、あの村に来て三人を奪うのは必要だよな。それで、俺はあの時に何をした? 勝てないはずの勇者に勝負を挑んで、醜く負けた。いや、結果はどうでもいい。

 あれも、踊らされていた。俺が勝負に挑むのを分かっていた。絶対に勝てる勝負だ。退くべきだったんだ……あの、黄金の剣を見た時に。


「さらにその後の2年で、アレースレン王国は着実に戦力を集めていきました」

「2年って、俺が鍛えている期間じゃねえか……その間もやってたのか」

「えぇ、トリス村と同じように優秀なスキルを持つ者は王国に集められました、ですが……その中には望まれないで連れて行かれた者も複数いました」


 2年、これはあの三人が連れて行かれて俺が待っていた時間。手紙で事情を知って、ひたすら特訓をしていた無駄な時間。あの結末を知っていれば……いや、何が出来た? 自分の無力を実感してさらに嫌になってただけだ。何度も泣いて、寂しくて、あの2年間は苦しかった。それ以上の地獄が待っていたのは言うまでもない。


 それで、女神の言っている事が本当だとしたら……。


「俺以外にもいるのか? 同じようにあの勇者に強制的に連れてかれた人が」

「えぇ、勇者トウヤは勝つ為なら手段を選ばない人物……だって、戦争に勝って全てを支配すれば関係ないですものね」


 他の場所でもやってたのかよ……こんな悪魔なような人集めを。いや、スキル選定の儀式が世界の各地で行われているならあり得る話。

 勇者は見境もなく、ただ力を求めていた。

 方法は俺のように交渉や勝負。恐らくだが、脅しや普通の方法じゃない場合もあるだろうな。

 戦争の為にみんな王国に集められたのか?

 そんな理由で納得が出来る訳がないだろう。


 はぁ……もし、俺も強力な力を取得していたら。

 未来は変わっていた、かもしれない。

 あいつらと王国で静かに暮らす。そういう未来も待っていた。でも、どちらにせよ戦争に反対していた俺がいたのも事実。

 結局、どの組織でも上官に逆らわない奴が平和に暮らしていける。それが正しいか、間違ってるかじゃなくて。


「……そして、あちこちの国や街を攻め込んで、圧倒的な力でアレースレン王国は現在進行形で他国の支配を続けています」

「そうなのか、全然気が付かなかった」

「無理もありませんね、既に王国に忠誠を誓っている者は世界の半分近くになっています! 支配された国は有能な人材以外は悲惨な人生を歩んでいます……だから、この戦争は必ず止めないといけないのです!」


 半分近くか。それはやばいな。

 俺はそれを聞いて恐怖が勝つと思った。

 でも、不思議と受け入れられた。

 対照的に女神は目を吊り上げて表情を険しくしている。何を、そんなに焦っている。

 当然だろう。俺はここまでで思い知った。

 奴らは本気で俺達を支配しようとしている。

 苦しませて、痛めつけて、最終的に殺す。

 あっちがその気なら、戦争を止めるとか生温い方法ではいけない。


「止める? いや、それよりももっと楽な方法がある……邪魔する奴ら全員殺せばいいんだよ」

「それは、王国の人全員に罪はありません! だから……」

「でも、戦争はそういうもんだろ? 無作為に人を殺していけない、こんなの戦争が始まったら関係ねえだろ」


 口調が荒くなる。

 今更、何を言っている? 全員に罪はない。

 あぁ、確かに王国の人達全員は悪者ではない。

 でも、それじゃあ駄目なんだよ。

 全員一人残らず殺さねえと、終わらない。

 歴史でも証明しているだろう。憎しみの連鎖を断ち切るには……力だ。

 言葉では言わないけど、それは真実だ。


 そして、殺して勝てばそいつが正義だ。


「子供もいるのですよ? それでも、殺せるんですか?」

「……あぁ」

「幸せを望む人、王国に忠誠を誓わざる得なかった人、仕方がなかった人もいるのですよ!? それでも、やるのですか?」


 仕方がなかった。あぁ、そうだったな。

 俺も何人も殺してきた。それは、敵が居たから。

 自分に攻撃をしてくるから。だから、血を浴びて、剣を振るって、これは仕方がなかった。

 そうだよなぁ、仕方がなかったんだ。

 でも、先に仕掛けてきたのはあっちだ。

 利益の為にお前達は、戦争を起こす準備の為に、始めたんだよな? だったら、殺されても仕方がないよな?


「なら、何で俺を助けた? お前はどっちの味方なんだ?」


 恐ろしく冷たい瞳で俺は女神と向き合う。

 なぁ、教えてくれよ? 他に方法があるんだったら。視線を逸らさず、これ以上は何も言わない。

 女神なら答えてくれよ。人を殺さず、戦争を止めて、救い出す方法を。

 しかし、相手から返答はない。体の震えが止まらないようで、俺は大きく溜息をつく。解決案を出さずに、理想だけ語るなんて愚かだと思わないか?


「それは、貴方が必要、だからですよ」

「味方か敵については答えてくれないんだな?」

「……このままだと王国に全てを支配される! だから、私は自分を犠牲にしてでも貴方を救い出したのよ」

「それに、何のメリットがある? お前にとって、俺の存在はそんなに大切なのか?」


 敵か味方か、それ以前に動機が不明だ。

 こいつはもう俺に介入し過ぎた。罰という追放はもう避けられない。アレースレン王国が仕掛けた戦争で、全世界が支配されようと。お前には関係ないだろう、女神。ただ、この場所でその様子を見ているだけでいいはずだ。

 ……陳腐な正義感で俺を救ったのなら笑ってやる。

 そんなもので、俺の復讐心が消えるはずがない。


「言ったはずですよ……胸が痛かった、私が与えた力によって人は争って、一つの大国が多くの人を残虐非道に殺そうとしている……そこに待ち受けているものは、破滅よ」

「その罪滅ぼしで俺を利用して、戦争を止めるって算段か? それはかなり俺を高く評価しているようだな」


 女神は反論しない。これが目的か? こいつは俺を使って戦争を止めようとしている。

 でも、無理な話だ。俺の力を評価しているようだが、未知数で自滅してしまう力。

 そんなもので、王国の強大な力に対抗が出来るはずがない。今回のように燃えて終わるだけだ。


「そもそも、戦争を止めたいって言うなら俺達にスキルを与えるなよ……人によって強弱がある力なんて、それこそ戦争の火種だろ」

「私も……それが望みじゃなかった、それは」

「仕方がなかったんだよな?」


 女神は口を押さえながら瞳を見開く。

 自分の気持ちが見透かされている。

 そういう心境だったのだろう。

 こいつにも事情があるってことか。女神と言っても権限は存在する。その事情は知らないが、人にスキルを与えていたのは、命令や使命。

 断れば、罰を受けて追放される。それじゃあ、人間と同じじゃねえか。ガッカリさせないでくれよ。


 少しは俺に夢を見させてくれ。


「……あ、貴方の力は初めは弱いと言った、だけど……それは大きく違ったんです」

「あぁ、戦って、憎んで、敵を殺していく内にスキルが、力が強くなっていた……」

「そうです! その力は私の予想では勇者と同じぐらいに強くなります! そして、ここで私の力を流し込みました……これで、さらに力は強力となり、暴走する事も……」

「おい」


 早口で何を勝手な事を言っている。

 つまりは、俺は戦争を止められる力を持っている。

 それで、この女神の力で俺の力は安定感が増して、さらに強くなった。それは、ありがたい。

 でもなぁ……それはお前の都合だろ?

 女神の表情が曇る。重い腰を上げて俺は立ち上がる。


「俺はもう何回も裏切られてきた……それで、今回もお前の事は信用していない」

「んぐ!? そ、それで? どうするんですか?」

「勇者を倒せば終わるのか? そんな簡単な問題なのか?」

「……それは、厳密に言えばそうではありませんね、でも全ての実権を握るのは勇者です、まずは勇者トウヤを倒さなければ話になりません」


 妄想をただ話しているだけだ。

 そんな現実離れした妄想を実際やろうとした俺達は無謀だった。知らなかったでは済まされない。

 サーニャ、そして仲間達。きっと、王国に向かっているだろう。……また、振り出しかよ。

 いや、もう仲間は必要ない。これ以上は裏切られたくない。こんな状況でも俺は他人に縋ってしまう。

 縋りたくもなる。辛くて、苦しくて、寂しいのだから。もう、誰も信用は出来ない。


「そうか、それまでに何人死ぬだろうな」

「……なるべく、犠牲は出したくないです」

「……それは、無理だな」


 そもそも俺達が勇者までに辿り着くまでに、もう何人も殺してる。勇者を倒す事が必要だったら、また無駄な血が流れる。理想だけを言っても解決はしない。これ以上、ここで話し合っていても……意味はない。


「……っ!? うぅ」

「どうしたんだ?」

「ぐぅ! どうやら私が女神であるのは……ここまでのようですね……罰を受ける時がきたようです」


 この場が急に揺れだす。振動は強くなっていき、立っているのも辛くなる。そして、女神の体が黄色く瞬くように光る。罰というのは追放か。

 個人的に介入した女神は罰を受ける。あれは、本当だったのか。

 俺は女神の方を見るとその顔は懇願しながら、両手を合わせていた。


「お別れですね……最後に、世界を救って下さい」


 微かに耳に届いたその言葉。

 それを聞くと俺の視界は真っ暗となった。


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