第70話 失うものが何もないなら俺は……

 人並みの幸せでよかった。

 でも、この世界はそれすらも許してくれなかった。

 力がないから。この世界で幸せになるには、他人を蹴落としてでも勝ち続けるしかない。

 生まれた時からずっとそれは決まっていたんだ。


「あーまた生き返らせないといけないじゃない? ふふ、私の話を聞けるかしら?」

「……その必要はないぞ! ここでお前も殺す」

「あら? 残念だけどそれは無理ね」


 フローレンは杖を取り出す。

 その木の杖は極普通の物。見た目はそうだがこいつが持っているものだ。

 俺は黒くなった剣を握り直して分析する。

 とてつもない魔力を感じて、俺は一直線にフローレンに近付く。


「うぉりゃ!」


 振り下ろした剣は目にも止まらない速度。

 避けられない。そう思ったが、フローレンは余裕にそれを回避する。避けられた剣の攻撃は地面を抉る。亀裂が入り、正面で受けたら体は真っ二つになっていただろうな。気に入らないのは、こいつは避けた。何か仕掛けがあるのか? 


「速い、そして強い! ふふ、村でのあの時は全然違う」

「お前達を殺す為だけに今日まで生きてきた! その為に自分を捨ててきた!」

「それと、仲間もね……でも、安心してサーニャちゃんだっけ? あの子は王国の戦士として働くから!」


 やめろ。俺はさらに力が強くなった。でも、同時に破滅へと向かっている。闇の剣士、深海に吸い込まれるように自分を失っていく。

 もう、目の前のフローレンを潰す以外に何も考えられない。殺す、ぶっ殺す! 


 どうして、こうなるんだ。

 あの日、約束したのに。

 二人で一緒に生きて戦っていくと。


「……ふざけるな! そうやって脅して王国は成り立っているのか? 俺達の幸せを犠牲にして!」

「違うわよ、これは私達の正義なのよ? 王国の平和を脅かす敵を排除する……そういう物語になっているのよ」


 正義……そう言ったよな? じゃあ、俺は敵でこいつらが物語の英雄。笑えねぇ、そんなもの全てぶっ壊せば無効だよな? 正義というフローレンの言動に怒りが最高潮となった。

 そもそも、勇者があの村に来なければ俺達は普通に生活が出来た。いや、そもそもスキルという力がいけなかった。俺も天職だったら、初めから強力な力を取得していれば、勇者に勝てたのかもしれない。


 こうやってお前らと殺し合ってなかった。

 一緒に冒険して、魔物を倒して、そして……。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!」


 世界は残酷だ。力の無い奴が淘汰されていく。

 搾取されて、利用されて、俺みたいな復讐者が生まれる。こんなそんな役回り……俺だけでいい。

 皮膚が剥がれていく。これは力の代償なのか? いや、どうでもいい。ここで、フローレンを倒せればそれで満足。後の事は考えるな。


 漲る。溢れ出る力は、まるで噴水のように幾らでも出てくる。自分でも引くぐらいの力でフローレンを全力で叩き潰そうとした。

 しかし、目が合ったのはフローレンではなく。


「てめぇ! 何千倍に返してやるぜ! 覚悟……」

「お前に用はねえよ、もう出てくるな」


 身体に攻撃は確かに届いた。

 しかし、それは標的とは違う相手。

 ニーナだ。まだ、生きていたのか。

 顔が血塗れになりながら、ニーナは折れているであろう鼻を手で抑えている。動きがぎこちない。

 これが天職なのかと疑われても仕方がない。

 ただ、眼には力が込められている。

 俺を殺そうと、必死になっているが、その想いは俺には勝てない。

 もう、失うものも何もない。


「邪魔だぁ!」


 ニーナは首元を掴んで地面に叩き潰す。

 頭が潰れるぐらいにやったつもりだが、鍛えられているニーナの体は頑丈だった。

 そして、すぐにフローレンの方を向く。


「ふふ、いい顔をしているわよ、ローク」


 ニーナの頭を掴みながら、それをフローレンに向けて投げる。そこから、力を振り絞り地面を蹴る。

 飛び道具のように扱われたニーナは避けられた。

 フローレンのあの身体能力は異常だ。

 強化の魔術を使っているのか? いや、死人を生き返られる奴のことだ。何か、薬を飲んでいる可能性もある。この状況が楽しいか? フローレンはさっきから俺の反応を見て嘲笑っている。

 全てを見透かしているような。


 ただ、俺についてこれるか?

 速度も力もさっきよりも上がっている。


「でも、これはどうしかしら?」


 俺は立ち止まる。警戒は怠らなかった。

 このまま無策で終わるとは思えない。

 攻撃を避ける技術は高いがそれだけ。

 正面から俺の攻撃を受けられる防御力はない。

 どちらかと言うと、受け流す。

 だけど、やり方がクソ最低だ。


「使えるものは使うわよ……貴女が痛めつけた、お母さんとお父さんも」

「……ちぃ」

「あぁ!? ろ、ローク!」

「なんで……もう顔も見たくないのに」


 両手を広げながらフローレンは笑みを浮かべる。

 目の前には俺がさっき剣で斬った両親が現れた。

 死体操作に転移魔術。もう、何でもありだな。

 ただ、傷は治っていない。二人とも満身創痍なのは見たら理解が出来る。

 狙いは多分だけど、俺の動揺を誘っている。

 なぁ? そうなんだろ? けど、お前は大きく間違っている。何故なら、こいつらにもう情など残っていない。


「死ね」


 この一言で片付けていい。

 剣を振るう。それは両親の体を切り裂き、大きな傷跡となる。流れ出る多量の血。声も出す事もなく、まずは父親の方を先に殺す。

 その返り血を浴びた母親は、あまりの恐怖で漏らしていた。極限まで人間は恐怖を感じると、コントロールが出来なくなる。あぁ、そうだよな。

 仕方がなかった。これは、仕方がなかったんだよな? 何か言いたそうだったが、そうなる前に俺は体を回転させながら、剣を振り落とす。


「あーあ……可哀想に」

「うるさい、どの口が言うんだ……この悪魔が、お前らは平気で他人を陥れて、人の自由も幸せも奪う最低クソ野郎じゃねえか!」

「そう、ね……目の前で大切な家族が亡くなったのは、とても悲しくてやるせないわ」


 言わされているかの台詞をフローレンは言い放つ。

 その棒読み口調が俺の怒りをさらに加速させる。

 頭が真っ白となって何も考えられない。

 この力は諸刃の剣。確かに実力以上の力は発揮が出来る。でも、その代償は大きくて未知数。


「あがぁ、ぐぎ」


 上手く話せなくなる。まだ意志はあるが、これもどうなるか分からない。これ以上力が膨れ上がればどうなるか。暴走する。でも、もういいだろう。

 傷付ける心配をする仲間も居ないのだから。

 制御も必要ない。敵を倒すだけ、殺すだけ。

 黒くて歪でそんな負の感情。この世界の憎悪を全て受け止めて、俺は強くなる。

 闇の剣士というのはそう言うものだ。俺の頭の中に情報として流れてくる。


 余りの異様な姿にフローレンは眼を見開いている。


「ちょっと……流石にこれって」


 もう人間ではない魔物を見るような眼。

 そうだ、もう人である必要もない。

 こいつらを王国を潰せるなら、俺は……何を捨ててもいい。そうか、そう言う精神じゃないと駄目ってことか。


 黒化した剣を後ろに引きながら、俺は再びフローレンへと距離を詰める。

 終わりだ、ニーナ、シャノン、そしてフローレン!

 てめぇらはここで……ん?





 絶対に補足が出来ない。

 そんな速さでフローレンに剣を振るえると思った。

 だけど、その瞬間に視界が真っ白となる。

 何だ……これ? ここは何処なんだ?

 あれ? 俺の姿が元に戻っている。さっきまで黒い煙と黒くなった剣を持っていたのにだ。

 こんな場所を見た事がない。それに、フローレンを攻撃している最中に。まさか、敵の罠か? 俺は辺りを見渡しながら剣を持つ手を離さない。

 すると、俺の足元から黄色い光が発生する。

 眩しい、手で顔を隠して直撃を防ぐ。


 そして、そこから現れたのは……。


「お久しぶりですね、ローク様」

「あんたは!?」

「えぇ、貴方にスキルという力を与えた女神の『パティ』です」


 思い出した。あの村での選定の日。

 そこからこの物語は始まってしまった。

 白い修道服に身を包んで、空中に浮かんでる女性。

 正しく女神……何でこの時に現れた?


「今までの貴方の冒険の様子は見ていましたよ……果たして、冒険と言えるとは思えませんが」

「何でここで現れた? あんたも王国の手先なのか?」

「まさか! 私は女神なんですよ? 私は誰の味方でも敵でもありません……人間はみんな私の」

「やめろ、そんなの話はどうでもいい! 教えろ、返答次第じゃあんたを殺す」


 ふざけるな。そんな戯言を言う為に俺の復讐を止めたのか? 俺は剣を取ろうとする。しかし、だが肝心の武器がなくなっていた。全て、消失していた。


「落ち着きなさい! 一時的に武器はこちらで預からせて貰ったわよ」

「お前……何のつもりだ?」

「だって、戦うつもりはないもの! それに、ここは私の作り出した空間、貴女が暴れても私の力でどうにでもなるのよ」


 脅しているのか? ここが何処なのか? 目的は何なのか? 全て謎。いや、待てよ。女神なら必ず何かを知っている。ここで、女神に抵抗するのは駄目だ。


「……殺すが話は聞こうじゃないか」

「分かったわ、今はそれでいいですよ! とりあえず、何から話しましょうかね?」

「何故、お前は俺達の戦いに介入した? もう少しで殺せる所だったんだぞ?」

「そうですね……それは、貴方と世界を救う為と言った方がいいですかね?」

「……はぁ?」


 意味が分からない。俺と世界を救う為に? はは、面白い事を言うじゃねえか。

 くだらねぇ! それだったら……。


「じゃあ、もっとはやく救えよ……ここで、のんびりと美味い物でも食べながら優雅に見てたのか? 世界も俺も無茶苦茶になっているのに」

「……この戦いに介入が出来たのも異例の異例なのですよ! 女神は個人的な人物に深く接してはいけない……それは、【不平等】だから」


 不平等? それは、この世界の真理だろう。

 食って、食われて。殺して、殺される。

 幸せ、不幸。貴族、奴隷。人間はみんな不平等で、平等じゃねえんだよ。女神様よぉ……答えてくれよ。


「そんなの当たり前だろ……俺達は不平等の下で生きている、お前はずっと見てたんだろ? 俺の復讐劇を?」

「見てましたよ」

「じゃあ」

「女神は罰を受ける、私が出来るのは人にスキルという力を与えて、生き方を与えるだけ……その後の補償は残念ながら……出来ないのよ」


 罰、というのは追放。

 女神……パティは説明をする。女神と言っても権限がある。歴史では、世界を幸せにするという言い伝えがあるのを覚えている。そんなの信じてなかったが、やはり真っ赤な嘘だった。

 追放内容は分からないが、この女神が深刻な表情をしている。きっと、想像を絶するものなのだろう。

 ……話が逸れたな。俺は何を言っている。

 救って欲しかったのか? 女神に。今更、そんな奇跡を望むのが間違っている。


 ただ、そうなると。


「この時間は大丈夫なのか?」


 パティは何も言わない。

 真っ直ぐに見つめる瞳は青く美しい。

 しかし、そこに光はない。口元をモゴモゴしており、何か言いたそうだな。でも、間をあけずに俺は思い付いた言葉をパティに話す。


「権限、罰ってやつはこういうのも駄目なんじゃないか? 何か許可や特例だったら話は別だが……」

「……胸が痛かったのですよ」

「……は?」

「貴方の生き様、振り返りましょうか? それは、私が貴方にスキルを与えた所からですが、その力はとても弱いものでしたね」


 おいおい、何を言い出すんだ?

 突然に開始される振り返り。

 そして、また理解不能な答え。

 駄目だ。この女神は、何がしたい?

 もう、純粋な助けとか要らない。俺が欲しいのは力。そして、役立つ情報だ。


「そして、他の姉妹の人は天職という巨大な力を与えられた、そこに勇者が訪れて……」

「やめろ!!!」


 この女神も信用が出来ない。

 今すぐ殺してもいい。俺には力がある。

 胸が痛くなった、笑ってやがる。

 そんな言葉で済まされてたまるか!

 この静かな空間に俺の怒号が響き渡る。

 息を切らしながら、俺は女神を睨み付ける。

 ……でも、その顔は酷く険しかった。


「全部、見ていたんですよ……だから、救ってあげたかった」

「……大きなお世話だ」

「色々な人間をここから見てきましたが、貴方のように全てに裏切られて、そしてこの戦いでも大切な仲間と愛する人を失いました」

「だから、何が言いたい?」

「罰は、追放は覚悟の上です、貴方と接触して、戦いの最中に体が黒く燃え尽きたのを救ったのは、私の独断です」


 ちょっと待て。俺は、死んだのか。

 女神の説明に俺は困惑している。

 暴走した俺の力は強大で強力。

 しかし、許容量以上の力が使用者に加われば体は壊れる。そして、あの瞬間に俺の体は黒い炎に焼かれて、死んだ。じゃあ、フローレンは仕留められなかったのか。クソ! いや、ここで体が朽ちて死んでもよかったかもしれない。

 何が残る? 復讐を果たしてその後に何が……。


「そのまま、殺してくれてもよかったのに」

「えぇ、その方が貴方にとってもある意味で幸せだったでしょう、ですけど……これからの世界にとって貴方の存在と力は必要なんです」

「俺の力と存在……」


 この女神は絶対に重要な情報を知っている。

 これからの世界……いや、待て。

 というのは、この先に何か、大きな破滅的な出来事が起こるって言うのか?

 どっちにしても、俺には知る権利があるだろ。

 俺は女神の瞳を様々な感情を押し殺しながら見つめる。


「教えろ、お前が知っている情報と、俺の知らない情報を全て」

「えぇ、言われなくても教えますよ……まずは、起こるであろう破滅的な出来事について」


 そして、女神は話し始める。

 どうせ、一度は死んでいる身。運が良かったのか、悪かったのか。それは分からないが、こうやってまた女神と出会えた。聞こう、この世界の真実と俺の力について。


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