第69話 交渉決裂、これは仕方がなかった

 最悪な状況だ。

 目の前でサーニャが真逆の選択をして、さらにはガルベスの仲間も駆け付けてきた。

 幸いにも俺の受けた傷は治ってきた。

 密かに回復魔術を使いながら、この硬直状態が魔力の回復する時間になった。皮肉だが、サーニャが時間稼ぎしてなかったら、危なかった。

 頭が回る。サキという女は気絶したまま。それで、あの男がかなりの情報を持っている。


 ……このまま何も得られず退却をするのか?

 いや、今の現状だったらそれすら絶望的。

 この森に来る前に戻りたい。この結果が分かっている状態で、考えたかった。

 我ながら甘い事を考えてしまう。

 受けた攻撃の痛みは癒えてきた。後は、ここからどうするかだ? 


「お、お前ら……どうして」

「ガルベス団長! お久しぶりですね! ただ……何を気を迷ったんですか? こんな奴らと仲良くして、俺達を考えてなかったんですか?」

「いや、そうじゃねぇ! 話を聞いてくれ」


 多いな。流石は指折りの旅団という訳か。

 中心で話している金髪の長髪の男が副団長なのか?

 ガルベスを睨みながら話している。

 冒険者の情報は本で読んだ記憶がある。

 野蛮な人物が多いと思ったが、あの男を見るとそうでもなさそうだ。

 ……何を冷静に分析している。今ここで一番危険なのは俺だ。氷の魔術師の名前が泣いてしまう。

 同時に俺のここまでは意味のないものになってしまう。


 ……揺らぐなよ。ロークに言ったのを思い出せ。

 言った本人が揺らいでどうする。俺は、こいつらには付いて行かない。治すだと? そんな確証もない言葉で騙されない。サーニャにもそう言いたいが、標的を俺にズラすのは不味い。


 対話。話し合いが必要だ。


「話? そんなの決まってますよ! 貴方は僕達と一緒に勇者の居る王国に来ればいい! それが正解ですよ、考えて下さい、冒険者は魔物を狩らないといけない、それが出来なくなったら能無し……何も残らない、それだったら王国に忠誠を誓うかわりに、養って貰った方がいいに決まってる」

「待ってくれ……レオン」

「待てないです、僕達には時間が惜しい」


 嫌になるな。自分はこの話には関係ないが、人間同士の争い、すれ違い。幾度となく俺も経験してきたが、何度やっても慣れない。

 いつもは威勢が良く、男前のガルベスが押されている。このレオンという男は俺に似ている。

 きっと物事を深く考えられて、頭が回る。

 本質を見極められる。だから、旅団の副団長を務めているんだな。


「さぁ、決めて下さい! 他のみんなも待ちくたびれてますよ!」

「団長! 俺達は勇者様と接触しましたが、とても良かったです! あの人なら自分の命を預けてもいいと思います!」

「勇者様は強くてカッコいいです! 私はあの人の元で学びたいと思いました! だから、ガルベス団長も共に行きましょう!」


 レオンだけではなく旅団全体が王国に行くという方針で傾いていた。中には、あの勇者に命を捧げてもいいという人もいた。狂ってると思う。

 しかし、同時にそれだけ人を惹きつけるカリスマ性。魅力があるという事だ。力だけではない。

 生まれ持ったそれは恐ろしい。

 そして、傍観者として見守りながら、あの男は話の中でカゲノという名前だと判明した。

 こうやって、少しずつだが情報は得ている。


 このまま何もせずに……ただ、立っているだけで。

 終わる訳がないか。それで、ガルベスはどうするんだ? 顔を見るととても悩んでいる。

 そして、カゲノもこの会話に割り込んでくる。


「悩む必要なんてねぇだろ! たく……イライラするな! もういいや、力ずくで王国に来させてやる……レオン! 旅団の奴らでこの大男を立ち上がれないぐらいにやれ!」

「……それでどうするのですか?」

「こいつが、はいと言うまで諦めるまで殴り続けろ! もう、この戦いも終わりにしようぜ」

「了解です、みんな! この融通が利かない団長に思い知らせてあげようじゃないか! もう、王国以外に未来はない! だから、私達と一緒に未来を生きようじゃないか!」


 簡単に了承するなよ。

 レオンの演説と同時に歓声が上がる。

 もう、拒否は出来ない。この雰囲気と熱量はひっくり返せない。カゲノの提案は簡単で分かりやすい。

 ガルベスの性格を知っているからこそだ。

 あの人は仲間に絶対に暴力は出来ない。

 そして、それに対してガルベスは腹を括ったのか。


「……へ! お前達が何をしようと俺は絶対に負けねぇぞ! 気が済むまで殴れ! だけどなぁ、俺が【はい】と言う事はないと思いやがれ!」

「貴方は私達を殴らない、反撃をしない! だから、思う存分やらして貰うよ!」


 ここにいる紅の旅団の団員がガルベスを囲む。

 やっぱりそうか。あんたはそういう人だからな。

 知り合ったのは最近だが、あんたはいい人だ。

 ……仕方ないか。魔力は出来る限りは回復して、傷も癒えた。ここで、ガルベスまでも失う訳にはいかない。


「【氷盾(アイスシールド)】


 紅の旅団とガルベスの間に巨大な氷の壁が発生する。ふぅ、やってしまった。倒しはしない、俺も無駄な血は浴びたくないから。けど、そんな悠長な事も言ってられないか。場合によっては、覚悟を決めないと。

 俺の魔術にこの場の全員が俺の方を見る。


「……貴方は? 何をするんですか?」

「やっと、何かをしたか……コソコソと俺達のやり取りを聞いていれば生きては返してやろうと思ったのに!」

「え、エドワード……」

「助かったぜ……礼は言うが、こいつらに手は出さないでくれ! こいつらは、昔からのダチなんだ」


 目立ってしまった。話題が一気に俺に集中する。

 いや、これは逆にチャンスだ。

 今の力が戻った状態なら太刀打ちが出来る。

 相性の悪いサキという女は気絶している。

 ……敗北だ。それは覆られないが、何か重要な何でもいいから持って帰りたい。

 情報だ、振り返れ、知恵を振り絞れ。


「俺はあんたらと戦う理由がない、紅の旅団……後はガルベスは俺達の仲間だ! 手は出させない! それと少し話をしないか?」

「は? てめぇ、何を言ってんだ? そんなの……」

「なるほど、この状況下で対話を要求する態度、その冷静さは嫌いではありません! ただ、団長は私達にとっても大切な存在です、ですけど、それは自分の身の安全が保証されて初めて成り立つ関係です」

「……さっき、【未来がない】って言ってたよな? それは、この先の未来は王国以外は滅ぶって言いたいのか?」


 通った。カゲノを遮断してレオンが俺の提案にのってきた。睨まれているが気にしない。それよりも、引っかかる。未来を生きる、王国以外に未来はない。何が起きる? もしかすると重大な何かを隠蔽してるのか? これは今後の為に知っておきたい。


「レオン! 俺もお前らは大切な存在だ! でもよぉ……」

「ガルベス……後だ、旅団とあんたの関係は話を情報を整理してから判断するというのも遅くないだろう」

「やっぱりこの中で物事を天秤にかけて話せるのは貴方だけですね……いいでしょう、私達も好きでこういう判断で動いてる訳ではありません……これは、様々な事を知ってしまった為の苦渋の決断ですよ」

「おいおい? それは仕方がないから俺達に付いて来たと言っているようなものだ……調子に乗るな」

「私は貴方達のように紋章は付けられてない……だから、まだ選択の余地があるのですよ? それに、武力を行使するならそれでもいいですけど、私達に勝てますかね?」


 完全に味方という訳でもないのか。

 この男。レオンは不気味だが、話が分かる男だ。

 紋章? 推測だがそれの有無で何か制限される。

 何かの魔術の類か? いや、そんなもの聞いた事がない。本当に俺の持っている情報量が少な過ぎる。

 対話に持ち込みたいこの現状でそれは致命的。

 もう少しシャノンに聞いておくべきだった。

 長い時間一緒にいた王国内部をよく知る人物が居たのに。……いや、後悔しても仕方ない。


「……今は勝てなくても、お前達を潰すなんて簡単だ、それぐらいに王国は」

「分かった、もういい! 潰すとか殺すとか……お前達はそれしか考えられないのか?」

「いえ、それは違いますよ! ただ……血も流さずに自分達の身は守れないという訳ですよ」

「……レオン、俺達は馬鹿をやったりしてきた、冒険者として夢を追い求めてきたじゃねえか、もうこんな事やめようぜ」

「その夢は王国に預けました、夢の続きは……王国で見ましょう!」


 それが合図となったのか。

 こ、氷が溶けている。蒸気が発生している。

 これは……まさか。


「やはり対話では無理ですね……貴方は私達から情報を引き出す為だけに長引かせているだけだ、それは平和的な解決ではなく、利用をしているだけですよ……ねぇ、氷の魔術師さん?」

「サーニャ! お前本気で……」


 一言も話さなかったのにここで参加してくるか。

 溶けないはずの氷が溶けている。

 このままこの氷のように争いも凍結したかった。

 それが出来たら、平和にこの場が収まるかもしれなかった。けど、それは無効になった。

 サーニャ……お前のあの告白は何だったんだ?

 演技だったら凄いぞ。俺は悲しみながら、サーニャの方を見る。距離が遠く思える。実際遠いが、これでもっと離れてしまった。


「エドワード……ごめん、私はあんたみたいに強くはない」

「……っ! それは理由にならない! お前はロークと誓ったんじゃないのか? 二人で一緒に生きていくと、どんな困難にも立ち向かって行くと、それは嘘だったのか?」


 何でこれを俺が言わないといけない。

 お前が言うべきだろ、ローク!

 聞かなければよかった。

 あの夜の時計塔でのやり取り。調べる事があって起きていたら、二人が時計塔に向かった。

 そこで、聞いた。聞いてしまった。この森に来る前は、ロークをいじる話だったのに。悩みの種となってしまった。頭が痛い。

 そして、俺の言葉にサーニャは顔を歪ませる。


「やめて、言わないで! ねぇ、エドワードも大切な人を治したくないの?」

「……何が言いたい?」

「話は聞いてる、エドワードだって家族を大切に想ってるんでしょ? それだったら」

「その家族を殺して、昏睡状態にさせたのは……そこの王国の奴らなんだぞ? 俺は、自分の力で治す方法を見つける! 悪いが王国の力は借りないし、借りたくもない」

「……そっか」

「そうだ、だから」


 対話での解決。

 俺の右腕が吹っ飛んだ瞬間。

 あぁ、やっぱり無理か。それが確信になった。

 痛みと状況の整理。それだけで精一杯だ。


「サーニャって言ったな? よくやった、これでお前の家族は救われた」

「あ、あぁ……」

「後悔すんなよ! これでサキの無念も少しは晴れた! 俺も少しはスッキリしたぜ!」


 斬撃か。あのカゲノという男は一瞬で、俺の右腕を狙って斬り落とした。平衡が取りにくい。立っているだけで辛いな。視線を逸らすと俺の右腕が血と共に落ちていた。最悪だ、とにかく止血はしないと。

 そして、さらに最悪な事態が起こる。


「氷は完全に溶けましたね……さて、最終確認です! ガルベス団長、素直に私達に付いてくる気はないですか?」

「……へ! 言っただろ? 俺はお前達の事は大切だと思っている! だから、どんな仕打ちを受けようと抵抗はしねえ! それで、お前達の考えが変わるまで耐え続けるぜ! それが、団長の務めだ!」

「……なるほど、よく理解が出来ました! それは、何も解決になってませんね! みんな、この通りだ! 今ここでこの男を殴り続けて下さい!」


 氷の壁が完全に消失した。

 それが合図となって旅団の団員はガルベスに襲いかかる。地獄だ、何かしようなと右腕が斬られた痛みで魔術を上手く使えない。

 やばい……冷や汗が止まらない。でも、ここで意識を失う訳にはいかない。ガルベスの悲鳴が森に響く中で、サーニャがこちらに近付いて来る。


「サーニャ! お前があの男を殺せ!」

「……う、うぅ!」

「はぁはぁ……」


 さっきは連携して敵を倒したのに。

 立場や環境が変われば人も変わる。

 敵も変わって何が正義なのか分からないな。

 ……誰も悪くない。

 だけど、俺にも信じるものがある。


「エドワード……ごめん、ごめんなさい」


 剣を引き抜くサーニャ。

 考える事を放棄している。

 ……いや、無理もないか。

 悪いな、ローク。お前の為に、二人を何とかしたかった。でも、もうどうしようもないみたいだ。

 サーニャは敵に渡ってしまって、ガルベスは暴力で支配された。残された俺はロークに合わせる顔があるのか? 


 ……ローク、お前は生きているのか?


「……!? これは」


 この感覚はロークのあの力か。

 体全体に電流が流れたような感覚に陥った。

 一瞬だったが確かだ。多分、ここにいる全員……いや、ロークが居るならまだ希望はある。

 俺は残っている魔力を全て使って、この場を遮断する様に再び氷の壁を作り出す。

 少しでも逃げる時間を稼ぐ為に。この隙が助かった。これなら、サーニャの火力でも簡単には溶かせない。他の奴らの攻撃でも破られない。

 壁の向こうから声が聞こえてきたが、俺は右腕を抑えながら走り出す。


 ……終わった。ガルベス、サーニャ、ローク済まない。強くない俺を許してくれ。

 俺はロークの元へ急ぐ。ただ、その忘れ物はとてつもなく大きく、損失が酷かった。

 とにかく、今は急げ。失ってしまった右腕を気にしながら、俺は走る。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る