第72話 追放の末路と協力関係

「……戻ったか」


 真っ白な景色から広大な自然に戻った。

 武器は戻っており、どれぐらい時間が流れたのか。

 さっきまでの騒ぎが嘘のようだ。

 このドワーフの森での戦いは終わった。

 俺達の……敗北で。


「いったぁ……」

「……あ?」


 聞き覚えのある声。

 そっちを振り向くと一人の女が倒れていた。

 いや、意識はある。女は頭を抱えながら立ち上がる。


「あれ……私って、え? これが、罰なの!?」


 そいつは白い羽の生えてない女性となっていた。

 短い黒髪で顔は美形。さらには胸も強調されている。……間違いないあの女神だ。

 罰、というのは【人間になる】ってやつか。

 そう言えば歴史で、規則を破った神が人間界に追放されたって、話を聞いた覚えがある。

 それが、この……。


「あっちゃー! 人間に戻るなんて聞いてないよ! 罰っていうから苦痛を与え続けるとかそういうもんかと……ん? あれ? 君は……」

「印象が変わりすぎだ、お前」


 こいつは本当にあの女神なのか?

 困惑しながら、人間となった女神パティを見ていた。大分、印象が変化しており、とてもラフな感じとなっていた。とりあえず……。


「服を着ろ」

「……あ」


 目のやり場に困る。

 あの時に着ていた白い修道服は無くなっていた。

 素っ裸な状態を指摘されると、元女神は顔を真っ赤にする。対照的に俺は朴念仁のように、何も感じなかった。慌てる元女神に俺は予備の冒険者の服を用意してやる。大きさは合ってないが、我慢して貰おう。


「うぅ……恥ずかしい」

「なんで、そんなに話し方も違う? あの時に見せていたお前は嘘だったのか?」

「ち、違うわよ! あれは規則でそう決まってるの! 私だって好きであんな口調してる訳じゃないわ!」

「そうか……それで、地上に降り立ったのはいいが、お前はどうするんだ?」


 素っ気なく俺は元女神に質問する。

 こいつがどうなろうと知った事ではない。

 俺は自分の目的の為に進み続ける。

 悪いが、面倒を見るのは御免だ。

 そんな俺の疑問に元女神は表情が真剣になる。


「そうね……貴方は私を助けてくれない、そうでしょ?」

「助ける理由がない、お前の一方通行の願いを何でわざわざ……」

「裏切られるのが怖いの?」


 うざい奴だな。人の心に侵入してこようとしてくる。俺は、振り返る事はせずに背を向けたまま、何も答えなかった。……また、振り出しだ。

 もう、みんなで力を合わせよう! という考えにはなれない。一人で戦っていくしかねえよな。

 お別れだ、女神様。そうして、歩き出そうとした時。


「フローレンは貴方が死んだ後に、王国に戻っているわ……後はサーニャとガルベスも王国の連中と一緒に、そこに向かったわ」

「……そうか」

「でも、エドワードだっけ? 彼はまだこの森を彷徨っているわ! 女神の力を失ったから、何処にいるかは分からないけど……」


 唇を噛みながら俺はその情報を聞く。

 サーニャだけじゃなくてガルベスまで。

 悔しさや憎悪でどうにかなってしまいそうだ。

 でも、こいつは俺の知らない情報を持っている。

 ……元女神なら地理や情勢に詳しい。

 どうせ、この女も追放された身。だったら、とことん使い捨ててやるのも悪くない。


「お前……この世界の事が分かるんだよな?」

「あーうん! 並の冒険者とかよりは知っているつもりよ!」

「そうか、だったら……」


 俺は元女神と向き合う。

 その吸い込むような瞳に驚いたのか?

 こいつは一歩後ろに後退する。そんなに威圧感があったのか。まぁ、いいや。俺は、近くの大木までこの女を追い込む。そして、手を大木につけて女に体を寄せる。抱きつきはしてないが、こうするだけで相手は怯える。


 大胆に行動が出来るようになった。幾ら、こいつのおかげで闇の力が消失してようと。完全には消えていなようだ。まるで、獲物を狙う獣のように、俺は女にある要求を提示する。


「俺に協力しろ」

「……それは、私を助けてくれるって話?」

「あぁ、だけど……お互いに利害を一致させないといけない! そうじゃないと協力関係にならないだろ?」

「あーなるほどね、私を脅そうっていうの?」


 思ったよりもこいつは落ち着いていた。

 妙だな。俺の性格と状況からして予想していたのか? 微笑みながら、この女は俺の要求を待っている。女神としての力を失ったから、必死なのだろう。脅しのように思えるこの行動。何も知らない状態で敵に挑みに行ってもまた同じ結果になる。

 それなら、ガイド役としてこいつを連れてった方が得策じゃないか? 俺は、自分の中で思惑が交差して、こいつに望む要求を言った。


「俺の要求はただ一つ……【王国の連中を全員殺すことだ】」


 低い声で俺は言い放つ。

 復讐は止まらない。例え真実を知ろうと、俺の原動力は変わらないだろう。そうだ、仕方がなかったんだからな。これが、通らない限り俺とこいつは背中を合わせられない。

 俺の言い方に迫力があったのかは分からない。

 顔を逸らして、女は目を細めて考える。

 迷っているのか? いや、こいつの目的は……。


「パティ」

「……は?」

「名前で呼んで」

「……それに何の意味がある?」

「意味はないかなーでも、追放されたと言っても人間になった訳だし、割り切って人間で生きてくなら、名前で呼ばれた方がいいかなーって」


 ……女って生き物はよく分からん。

 それに、それが要求なのか? 戦争を止める為に力を借りたいと言っていたのに。

 胡散臭い。そもそも、こいつは女神の力が使えるんじゃないのか?


「信用が出来ないな」

「むー? どうしてよ?」

「お前なら女神の力で一人でも何とか出来るだろ……それに、お前にとって俺の要求を承諾するには、見返りが少な過ぎるだろ?」

「あぁ……それなら、追放された時点で女神としての力は失った、私に価値が少ないと宣言しつつ、貴方に私が出来る事を精一杯やる……それでいいかしら?」


 ……なるほど。明確な要求は敢えて提示しない。

 まぁそれも俺とこいつじゃ【目的の内容】が正反対だ。虐殺と和解では理解し合えない。

 普通なら俺と殺し合っていても間違いではない

 こいつの眼を見ると、確かに覚悟は決めている。

 俺は剣を取り出して、それをこの女の首元に近付ける。


「じゃあ俺が死ねと言ったら死ぬか?」

「……何の真似? もしかして、私が裏切るなんて思っている?」

「また目的の途中に裏切られたら面倒だからな……ここで、はっきりとさせておきたいだけだ」

「あーうん、それなら問題ないわよ! 私には守る人も大切な人も居ない……それに、追放された時点で死ぬ覚悟は出来ている、と思うわ」


 俺から視線は逸らさない。

 こいつはもう空の上には戻れない。

 俺達と同じでこの自由の無い地上に降り立ってしまった。平和な世の中だったら人間として幸せな生活が出来た。だけど、この戦乱の世の中はとても険しい道だ。


 こいつも信念があるんだな。

 命令や指示とは言っても沢山の人間にスキルという力を与えた。与えてしまったんだ。

 もう少しはやく行動しておけばよかった。

 でも、規則を破れば罰を受けて追放される。

 それが抑止力となってしまっていた。何だよ、それ。人の幸せを願っているのに、全く意味がねえな。神というのは昔から信用してなかったが、やっぱり人間の作り出した希望の象徴。

 つまりは、偶像だ。自分達の都合のいいように、作り出す。……本当に馬鹿だ。愚かだ。


「お前と俺じゃ目的が違う、だけど俺もお前もこの時点では利益になる関係……分かった! お前と協力関係になってやる、【パティ】」


 俺は剣をパティから遠ざける。

 これで契約は成立した。俺にとってこいつはいつでも殺せる存在。本当に道具のようだ。

 それは、パティ自身もよく分かっているようで。


「やっと名前で呼んでくれた……まぁ、私は貴方の利用しやすいように使って貰っていいわよ!」

「あぁ、いつでも死んでくれ」

「あっはははは! それいいね! でも、簡単に死ぬつもりはないけど、だって! せっかく人間になったんだから……美味しい物を食べたい」


 簡単に死ぬつもりないか。

 女神の力を失ったパティがよくそれを言えるな。

 戦闘では期待していない。情報だ、それが分かるだけで大きな価値がある。それ以外に望みはない。

 望んでしまったら駄目だからな……。


「ろ、ロークなのか……」

「……お前は、エドワード」


 パティとの話が終わるとそこにエドワードが現れた。こいつ、生きててくれたのか。助かった。

 ただ、右腕を失っている。俺と別れた後の戦闘ではやられてしまったのだろう。

 とにかくエドワードは生きていた。それは紛れもない事実。でも、こいつも俺と同じで色々と絶望をしただろう。


 その中で俺と協力が出来るのか?

 それにまだ俺にはやる事が残っている。

 あいつだ、気絶しているニーナから情報を引き出す仕事だ。まだ、【話し合い】の時間は続きそうだな。

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