第16話 殺すか殺さないか


「相変わらず熱いな」


 二度目のサタン火山。流れ落ちる汗を拭きながら。

 俺はサーニャのことを探す。

 何処にいるんだよ。というか、本当に何かあったのか?

 相変わらず疑い深くなったな。昔の俺なら……迷わず助けに行くのにな。


 だけど、そこにニーナがいるなら潰すだけだ。

 体中から湧いてくる力が止まらない。

 それはカーボンウルフとの戦闘で実感が出来た。


 ――――勝つか、負けるか。どう転ぶかは分からない。


 けど、この機を逃したら……チャンスは廻らない。

 悪いな、サーニャ。お前を利用する形になると思う。

 随分とあいつ(ニーナ)は気に入っているからな。

 簡単には手放さないだろう。今も一緒にいる可能性が高い。


 サーニャも見つけて、ニーナも倒す。

 これ程の機会(チャンス)はない。

 俺は、厳しい表情でサタン火山を登って行く。

 すぐ見つかるとは思えない。だいぶ、遠くに行っているだろうからな。


「……あ」


 いた。俺がカーボンウルフを倒した付近。

 立ち止まってこちらに歩いてくる人物を確認する。

 トレンドマークの赤い髪。マグマの色と同化している。

 何だ、いるじゃん。心配させやがって、これで大丈夫……。


「ろぉーく……」

「おい、何だよ」


 一瞬で安堵が消え失せる。

 服装が乱れ、髪がボサボサ。さらには、顔面が崩壊している。

 鼻が折れているのか? 泣きながら足取りが安定していない。

 何があったんだ? あいつ……ボロボロじゃないか。

 あの笑顔は見せていない。てか、影を潜めている。

 当然だろうな。あれだけ痛めつけられているから。


 誰がやったか。それは明白。


 ――――危ない! 直前でサーニャの攻撃を避ける。


 完全に無警戒の状態。万全の状態だったらその太刀筋を受けていた。

 二刀流だから、次の攻撃にも備えていた。

 だが、サーニャは地面に蹲りながら。


「や、やっぱりむりぃ……でぎないよぉ!」


 その場で号泣するサーニャ。

 急に現れて斬りかかって大変だな。

 元々クシャクシャな顔がさらに泣いて酷くなる。

 ただ、俺は一切笑わずに。そして、怒りもせずに問いかける。


「一体どうしたんだ? お前が慕っているあの人は?」

「ちがうんだぁ! ころそうなんてぃおもって」


 呂律が回っていない。さらには、精神的に追い込まれている。

 聞き取れたのは【殺す】とか【出来ない】。

 あぁ、何となく理解はした。

 とりあえず、まずは落ち着いて貰わないと。


「落ち着け、ほら、立てるか?」


 その後。常備していた回復薬。簡単な治療と手当てをする。

 こういう時の為に、色々と知識を蓄えといた。役に立つとは思わなかった。

 即効性のある回復薬。皮肉にもあの(フローレン)から学んだもの。

 そして、目の前で背を向けている女の子。

 サーニャもまたその餌食となってしまった。


 沈黙の時間。背を丸くしながらサーニャは何も話さない。

 余程ショックだったのか。追い詰められている。

 だが、しばらくすると口を開く。


 ゆっくりと静かに話す。

 あぁ、そうか、なるほど。

 ニーナに気絶させられて、王国の戦士達に犯されそうになった。

 そして、俺を殺すかと聞かれてここに来たという訳か。


 相変わらずクソ野郎だな。

 俺は立ち上がる。横目で傷だらけのサーニャを見つめる。

 酷い有様だ。真っ直ぐと山頂の方を眺める。

 あそこにクソ(ニーナ)がいるとなると。もう少し頑張るか。

 どうしようもなく、今は体の熱さが凄い。この場所が熱いのもあるけどな。


「……どこいくんだよ」

「決まってるだろ、お前をそんな風にした奴の所だよ」

「や、やめとけって! お、お前を殺そうとしてるんだぞ? 逃げろよ」

「でも、それじゃあお前が死ぬだろ……心配しなくても、俺もあいつに用がある」


 さらに憎悪が深まる俺。

 アレースレン王国は腐っている。それは本当のことっぽい。

 前まであれだけ元気だったのに。サーニャにその面影は全く見えない。

 戦意喪失をしており、立ち向かっていく意志が感じられない。

 それが、言動にもあらわれている。


「いやぁ……いいんだ、私は別に」

「なんだよ、それでいいのかよ」

「だって、私はお前を殺そうとしたんだぞ? 自分が助かる為に……最悪の奴だぞ? あははは、馬鹿だよな」


 掠れる声でサーニャは俺に訴える。

 確かにそうだよなぁ。普通だったら、ここで見捨てる。

 同情はするけど、助けようとは……思わないだろうな。


 それ以上は俺は何も答えない。

 最悪の奴という評価は変わらない。

 追い込まれようと、自分の保身の為に俺を殺そうとした。

 許される事ではない。


「いいから、案内しろ! お前をそうしたクソ(ニーナ)野郎の所に」

「な、なんでだよ……お前じゃ勝てないって」

「そうかもな」

「そうかもって……怖く、ないのかよ」


 サーニャは泣きながら俺の方を見る。

 怖い? 今はそれを通り越して怒りが勝っている。


「怖いなんて思ってたら、自分より強い奴には勝てない……だから、もういくしかない」

「なんでだよ……死んだら終わりだぞ」

「あぁ、もう俺はもう死んでるようなものだからな」

「……っ! ニーナさんからも聞いた! お前はどういう立場なんだ?」


 あぁ、話さないといけないか。

 そうじゃないとサーニャは納得してくれない。

 ニーナの場所を知る為にも。


 ――――俺はサーニャに過去に起こった事を話す。


 別に信じて貰わなくてもいい。ただ、目的を果たしたいから。

 全てを話し終えた時。サーニャは茫然とその場で突っ立ていた。

 そんな反応するなよ。いつものように、笑ってくれた方が気が楽だ。


「そ、そんなの……」

「信じられないか?」

「い、いや! だって!」

「尊敬していた奴の本性……俺だってお前と同じだよ! いつの間にか裏切られて、繋がりがなくなり、挙句の果てに捨てられた! だから、俺がこの手で復讐する」

「復讐って殺すって事か?」

「そうだ」

「……うう」


 歯切れが悪い返事をするサーニャ。当然だろう。

 急に言われて混乱するに決まっている。

 トリス村から一連の出来事の流れ。

 包み隠さず伝えた結果。サーニャは悲しんでいる。


「すまん、そんな事があったなんて知らなかった」

「何で謝るんだ? お前が悪い訳じゃない」

「でもよぉ! 私は……」

「同じ状況だったら俺も同じ事をしていたかも……だから気にするなよ」

「……」

「とにかく、案内してくれ! そんなに遠くはないんだろ?」


 こいつの怪我からして遠くではない。

 この状態で魔物との交戦が発生した場合。死が待っている。

 今は回復したけど、再会した時は酷かった。

 後少し遅かったら間に合っていたか分からない。

 ……それにしても容赦がないな。


 ニーナ、お前どうしたんだよ。


「な、なぁ?」

「……どうした?」

「道は案内する……でも、本当にいくのか?」

「不安だったら近くで逃げればいいよ」

「お、おぉ……」

「お前の言う通り、死ぬかも知れないけど」


 それ以上は言葉を交わさなかった。

 生死が彷徨っている中。俺とサーニャは進んで行く。

 俺は弱弱しい背中のサーニャの後ろに付いて行く。

 辛い、痛い、苦しい。口には出さないけど伝わってくる。


 そして、無言のまま遂に洞窟の近くまで到着する。

 なるほど、あそこか。確かに、助けを呼んでも来ないだろうな。

 視界が悪くて、地形も最悪。戦いにくい。

 カーボンウルフとは比にならないぐらいに苦戦しそうだ。


 ――――しかし、こんな時でも。マナ石は光り続けている。


 今なら勝てる。ニーナとの喧嘩(殺し合い)に勝てる。

 そう、確信しないとやってられない。


「ありがとな、もう後は好きにしていいぞ」

「……なぁ?」

「まだ何かあるのか?」

「いや、なんだ、私も行く」

「……おい、急にどうした?」

「行く、なんかそうしないといけない気がした」


 突発的だな。俺はサーニャの変貌ぶりに困惑する。

 さっきまでは消極的だったのに。

 顔面を殴られて、鼻を折られて、完膚なきまでにやられたのに。

 この威勢の良さは見習いたい。


 正直、付いてこられるとやりにくい。

 しかし、サーニャは殴られた鼻を手で抑えながら。


「だっせぇ……まま終わらねえじゃん! それに、殴られたら殴り返したい」

「……言っておくけど、俺はもう助けられねえぞ? ここからは自分の身は自分で守れよ」

「分かってるって! 私もそのつもりだ! けど、その心配はねえよ……今度は、負けねぇからよ! にししし!」


 まぁ、味方は少しでも多い方がいい。

 サーニャの話だと敵は複数いる。

 だったら、利害関係は一致している。そういう仲間は信頼が出来る。

 白い歯を見せながら、変わった笑いを見せるサーニャ。

 俺は、軽くため息をつく。本当に何なんだ……こいつ。

 けど、嘘は言ってない。純粋さは伝わる。


 懐かしいな。今から人を殺しに行くのに。穏やかな雰囲気になる。

 だけど、それはあいつ(ニーナ)の前では無意味となる。

 俺は、サーニャに背を向けて洞窟へと向かって行く。


 ――――だが、俺達は多数の戦士達に囲まれた。


 その数は……とんでもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る