第35話 フローレンの地下工房と天技


 城下町は今日も賑わっている。

 しかし、やはりあの噂が飛び交っていた。


「ニーナ様が亡くなったらしい!」

「はぁ? そんな訳……」

「いや、ナイル様が言っていたから間違いない! くそ! やはりあいつが……」

「大丈夫! 勇者様が必ず殺してくれる!」

「そうだ! そうだ! 何も心配はいらない!」


 俺は、ある目的地を目指しながら。バレない様に話を聞く。

 軽く変装をして、騒ぎにならない様に。今回は、城下町に用があるのではない。

 しかし、情報の伝わりがはやいな。ナイルとその他の部隊が活発なのか?

 まぁ、それは別にいいが……あまりにも期待をかけすぎだ。

 俺一人の力では限界がある。だからこそ、天職を王国に引き連れて来たんだが。

 優秀な人材を育成するには、時間も手間もかかる。


 ――――生温いな。だからこそ、こういう雰囲気は宜しくない。

 いつ、王国が滅びるかも分からないのに。呑気なものだ。

 平和というのは一生は続かない。些細な出来事で崩壊するものだ。

 まぁ、このアレースレン王国はまだ安心は出来る。


「おら! さっさと運べ!」

「す、すみません……」

「たく、使えねえな! 怠けていると食事は抜きだぞ!」

「ごめんなさい……」


 商人は鎖に奴隷の少女を繋いでいる。

 蹴りながらも、重い荷物を運んでいる。

 ……本当に残酷な世の中だ。そう言っても、あいつらのおかげで王国の生活は維持されている。だから、仕方がない。城下町の人達もいつも通りの光景だと思い、素通りする。

 助ける事は決してしない。


 先日の作戦。まぁ、失敗はしたがあれだけの火薬と弾薬。

 短期間に準備出来たのは、奴隷のおかげ。

 少ない食事だけで生きており、仕事量はその倍以上。

 さらには、定期的に【打ち首】と言って奴隷が公開処刑されている。

 死にたくない気持ちは、誰もが内に秘めているもの。


 それを晒すことによって奴隷の労働力上がる。

 いや、上げざるを得ない。

 奴隷の少女は必死に働いており、その瞳に光はない。

 あれだったら、死んだ方がマシだ。


 王国は想像以上に腐っている。それは間違いではない。

 でも、それを変えられる奴は現在はいない。

 だから何も変えられないし、変わらない。

 少女は鞭で打たれながら、無理やり働かされている。

 痛いと叫びながらも、気にも留めない。

 俺は、少し注目しつつもすぐに歩き出す。


「運が悪かったな、でも弱いお前が悪い……だから、強くなれ! それが、一番の解決方法だ」


 小さな声で少女には届かない。だが、自身の経験から言える事はそれだけ。

 俺は、着ている服のフードを深く被って。

 城下町の端の方へ向かって行った。






「あれれ? ここに来ちゃったの? トウヤ君!」

「相変わらず、暗くて陰気臭い所で作業をしているんだな……フローレン」


 ここは、フローレンの地下工房。

 この場所では、フローレンがただ一人で錬金術をしている場所。

 城下町の隠し階段にその地下工房はある。

 蝋燭(ろうそく)の灯りを頼りに、俺は埃が若干目立っていた事を指摘する。

 だが、フローレンは全く気にしていない様子。


「いいわよ、別に! それよりも、ニーナが亡くなったって本当?」

「あぁ、俺もナイルから聞いて知った」

「そう……シャノンは悲しんでなかった?」

「まぁ、あいつはいつも通りだった……良くも悪くも」

「あら! それならよかった!」


 三姉妹の中で唯一俺より年上のフローレン。ちなみに、俺が25歳でこいつが27歳。

 だから、他の二人と違って落ち着きがある。

 冷静に物事を判断が出来ると思いたい。……雰囲気は何かふわふわとしているけど。

 俺は、フローレンが調合に夢中になっている間。近くのボロ椅子に座る。


「よかった? お前も悲しくないのか?」

「うーん……悲しいけど」

「けど? 血が繋がった姉妹なのに?」

「そうね、ニーナの異変にもう少しはやく気が付けていれば……助けられたかもね」

「……まぁいい! 別にニーナの死を追求したい訳じゃない、ただ……あいつが、暴れ回っているから、その事を伝えにきたのもある」


 フローレンの動きが止まる。夢中になっていた所を邪魔してしまったか。

 表情が一変している。動揺しているのか? シャノンにも同じ事を伝えた。

 しかし、あいつは全然動じなかった。性格の違いとかもあると思うが。

 そして、フローレンは薬の調合を中断する。


「あいつって、ロークのこと?」

「理解がはやいな……一応、知らせておこうと思ってな! 恐らく、ニーナとメイドのシエルを殺したのも、ロークだ」

「でも、ロークのスキルは弱くて、どうしようもなかったはず……それなのにどうして?」

「そこは俺も迂闊だった、錆びれた剣士このスキルがここまで強くなるとは思わなかったからな」


 儀式で貰えるスキル。それは本人の能力によって影響する。

 身体能力、魔力量、筋力、精神力、要素は様々だ。

 その中で天職に選ばれる者はすべてにおいて高水準である。

 だから、ニーナとシャノンとフローレンは選ばれた、

 通常のスキルと違って天職のスキルは桁違いに強い。

 これだけ聞いても負ける要素はない。


 ――――しかし、ニーナは負けた。そして、シエルも。


「そうね、でもシエルさんも私が調合した薬を使っても……負けてしまったのね」

「あぁ、それにシエルには俺が与えた力もあった」

「んん? トウヤ君? その与えた力って……」

「そうだな、勇者の血は引き継ぐ者……それは、圧倒的な戦闘力を得る他に、他者を飛躍的に覚醒させる力が備わっている」


 それは【天技】と呼ばれている。例外はある。だが、基本的には天職を持つ者。

 そして、俺のような特異な存在。剣士、魔術師、錬金術師、全ての技の最終と言われている。シエルに与えた力。俺の天技の一つ【心体神(しんたいしん)】と呼ばれる天技。

 先天的に選ばれるスキル。しかし、不平等でそれで不遇な扱いを受けた人物。

 それを可哀想だと思った女神が作り出し、人間に与えた天技。


 勇者の俺は儀式の時に女神に言われたのを思い出した。

 懐かしいな……その頃は俺も純粋だったか?

 いや、そんな事はどうでもいい。

 とにかく、この天技を使用してシエルのスキルは最大限に覚醒した。

 だが、これは無理やり覚醒したやり方。やる前に何度も俺は忠告した。


 負荷に耐えられなかったら死ぬ。それと、無理にスキルを使用しても死ぬ。

 リスクは多大。この天技を使用した事は今まで数える程だった。


「それで、シエルさんを」

「お前の薬と俺の天技……シエルの事だから無理をした結果、これでも負けた」

「それはやばいわね」

「幸いにもロークは世界の敵という認識になっている……奴に協力するという事は、同時に死を意味するから、あまり大胆な行動は出来ないだろうな」


 本当にこれも例外はつきものだけどな。これは予測だが、ローク一人だけでは戦えない。

 戦闘力は申し分ないが、それでも物資などはどうにも出来ない。

 多分だが、協力者は確実にいる。ロークもそうだが、そいつらも始末しなければ……。


「でも、シエルさんって家族がいるんじゃ」

「……もう死んだという情報は耳に届いているだろう、だけど仕方がない事だ」

「そ、そうなんだよね」

「人間は儚いものだ、死んだら何もかも終わりだ」


 と、言うのは俺の父親も言っていた。

 でも、一応は出向いてやるとするか。今回のこれは多少ながら俺にも非がある。

 シエルには色々と世話になったし、恩を感じている所もあると思うが。


「あれ? もう帰ってしまうの?」

「今日は色々と忙しいからな……まぁ、錬金術とか頑張れよ、後でナイルも来るだろう」

「ナイルさんかぁ、あの人色々な愚痴とかばかりで面白くないのよねぇ」

「まぁ、そう言うな! じゃあな」


 さてと、報告とか後処理が大変だ。やれやれ、好き勝手やれるのはいいが、こういう時に大変だ。俺は、フローレンの地下工房を後にする。

 そして、シエルの家族の元に向かって行った。


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