第36話 憎しみの連鎖は止まらない


「そ、それでは……うちの妻が」

「残念だが」


 シエルの家に着くなり、まずは驚かれた。

 まぁ、確かに突然を訪問したからな。

 俺は、シエルの死を伝えると、その夫はとても悲しんでいた。

 戦場で何が起こったのか? それは俺は知らない。

 だが、その辛さは充分に伝わってくる。


 この男が何者なのか? それは興味がない。

 問題は、どういう反応するのか? そして、この男がどのような言動をするか?

 それに興味がある。正直の所、この男がどうなろうと知った事ではない。


「メイド……でありながら、どうして戦わなければならなかったのですか?」

「それは、シエル自身が決めた事だ」

「お言葉ですが、なぜ、妻が戦わなければ……うぅ」


 泣いたか。男は玄関の前で泣き崩れる。

 最愛の妻が死んだから当然か。

 俺は、表情は一切変えない。一応は悲しんでいる様子はしている。

 玄関先には、写真が置いてあった。写生とは違って魔術で撮ったものか。

 はっきりと楽しそうにシエルとこの男と子供が映っている。

 幸せそうな家庭。だが、それも今日で終わった。


 崩壊した家庭はもう元には戻らない。

 俺は何か言葉をかけようとした。

 だが、その奥から……。


「父さん……どうしたの?」


 子供か。父親の泣き声が聞こえたからつられて来たか。

 すると、現れたのは子供だった。今にも泣きそうな表情で父親に訴えかけている。

 そうか、子供もいたのか。いつもシエルと会う度に話をされていたな。

 その男の子供は泣いている父親に縋りついていた。

 可哀想……と思った方がいいのか? とにかく、あまり騒がれると面倒か。


「どうした? そんな今にも泣きそうな表情をして……」

「勇者さん……ママは、ママはどうしたの?」

「……悪いな、君のママは亡くなったんだ」

「……っ! 勇者様! そんなにはっきりとは言わなくても!」

「そ、そんな……ま、ママが」

「あぁ、君のママはこの王国を滅ぼそうとしている奴が殺したんだ! 許せないだろ?」


 まぁ、嘘は言ってないだろう。俺は、わざとこの子供を逆撫でするような発言をした。

 もちろんこれは、ロークの事である。シエルを殺したのはローク。

 敢えて、実名は出さなかったがこれは何かの時に使えるだろう。

 利用出来るものは全て利用する。仮に、この子供が天職として化けたら儲けもの。

 それに、ロークへの復讐心は力に変わると思う。

 あいつは、世界を敵に回してもと言っていた。それだったら徹底的にやってやるさ。


「その方が、妻を……ぐ!」

「そいつがママをやったの!」

「そうだ! そのロークはとても悪い奴なんだ! このまま放置しておくと……君のお父さんも死んじゃうかもしれないよ!」

「……許せない」


 単純だな。父親は驚き顔で俺の話を聞いている。

 そして、その子供は今にも人を殺しそうな顔をしている。

 思いの他に効果があったようだな。俺は、笑みを浮かべながらさらなる追い打ちをかける。


「許せないだろ? だから、君も王国の戦士となって……王国の力になるんだ」

「王国の戦士?」

「今は君は若いからまだ速いけど、いつかこの復讐心を忘れずに……」

「いや、その前に私が行きますよ……そいつは何処にいるんですか?」


 いい顔になってきたな。やはり、人を動かす原動力は復讐心だな。

 あの日、あの時のトリス村の時もそうだった。

 三姉妹の前でロークをボコボコにして、そこで心を揺らがせた。

 こいつでは、お前達を守ってられない。幸せにしてやれない。

 言葉では伝えてないが、あの結果こそがメッセージだったのかもしれないな。


 泥だらけのロークの顔は痛快だった。

 もうこいつは俺には届かない。

 大切な三姉妹の前でこいつの大切な者を奪ってやった。はは……我ながら最低な行為をしていると思うな。


 結局、何か自分より強大な敵に勝つには。死ぬ気で捨て身の状態にならなければならない。

 今、この父親と子供がそういう状態だろう。

 憎悪に満ち溢れている表情をしている。本当に何でも出来てしまいそうな状態。

 恐らく、ロークも俺が三姉妹を奪った事を知った時。こういう表情をしていたのだろう。

 あいつのスキルは確か……錆びれた剣士か。これは、考え過ぎかもしれないが。


 ――――もしかすると、あいつのスキルは超大器晩成。つまりは、いずれは驚異的な強さになる可能性がある。


 書物で見た事はある。アレースレン王国の歴史の本。昔、勇者が国を治めて平和な生活を送っていた。

 しかし、平和はいつまでも続かなかった。貧困の差が大きくなり、人々は争いを始めてしまった。

 勇者は何とか再び平和を目指そうと奮闘する。だが、勇者は反乱を止める力は残っていなかった。

 しかし、突然現れた伝説の剣士。そいつは、一瞬で反乱を止めて、不思議な力で貧富をなくした。

 その剣士はたちまち英雄扱い。一方で勇者の存在が疑問視されたのは言うまでもなかった。


 ――勇者はつまらなかった。そして、不服だった。何故、自分がこういう扱いを受けなければならないのか?

 今まで英雄として崇められてきた反動。それはあまりにも大きすぎる代償だった。

 挫折を知らないと言ったらそれまで。それらを踏まえて勇者がとった行動とは?


「自分にとって邪魔な者、そして王国にとって邪魔な者は殺せばいい」

「……勇者様」

「僕はやります! だって、大好きなママを殺す奴だもん……そんなの悪い奴に決まっている!」

「あぁ、だから強くなれよ? 誰にも負けないぐらいに強く、俺のように強くなるんだ!」


 動機は何でもいい。この王国の為に身を捧げてくれれば。その心構えが出来て初めて本物の戦士になれる。

 残念だったのは、ニーナ、シエル、付いて行った戦士達。惜しかった。ただし、彼ら、彼女らはそれが出来ていた。

 特にシエルは死ぬ覚悟で、家族を守りきった。ただ、その後は悲惨な運命が待っているだろうな。


 さっきの本の続きの話だ。

 勇者はその伝説の剣士を殺した。それも、伝説の剣士が悪者に仕立て上げられた。

 残虐的に剣で何カ所も刺された。書物には、伝説の剣士は和解を望んだらしい。

 だが、優し過ぎた伝説の剣士は勇者に返り討ちにされた。油断した所を完全にやられてしまったのだ。

 死体は内密に処理され、再び勇者が王国を支配した。


 ちなみに、この書物は一部の物しか知らない。現在、このアレースレン王国に置いてある書物。それは……勇者の都合のいい用に書き加えられたもの。

 面白いだろ? もう遥か昔の話だが、ここまで気が付く者は誰もいなかった。

 だから、今後も気が付く者はいないだろう。歴史は改竄(かいざん)される。いや、出来るものだ。

 だが、気になるのは、王国を救った伝説の剣士。それが何者なのか? それと、ロークのスキルと関係がしているのか?

 謎だらけだ。正直、俺にも分からない事が多過ぎる。

 恐らくだが、憎悪が引き金になっている? いや、それだと力に飲み込まれて暴走する可能性がある。

 ふ、そうなったら好都合だけどな。今よりさらに、世界の敵となるだろう。


 そして、ローク。分かっているか? お前が殺した家族が敵になっていると。


「強くなる……」

「強い敵を、悪い敵を倒すにはそれしかないだろ? だから、君には期待しているよ」

「あぁ、勇者様……必ず! その者を討ち取って見せます! 妻の仇! そして、王国の為に!」

「その意気だ……妻を亡くしたのは残念だが、人生はここで終わりじゃない! 始まりなんだから」


 妻を亡くして生きがいのなくした夫。そして、その子供。途方に暮れた親子に新たな道を与えてやった。

 上に立つ者は、救うだけじゃ駄目だ。導く事もしなければ。しかし、それが正しいとは限らないけどな。

 きっと、この親子は力を求めて何でもする。死ぬ想いでシエルの仇を果たすだろう。

 俺は、後ろを振り返って残されたシエルの親子と別れた。

 次会う時はどうなっているだろうな? ふふ、色々と楽しみだ。


 どちらにせよ、破滅は間違いないか。


 さて、ローク……次は何処に行くんだ? まぁ、今度こそお前に勝ち目はないがな。

 徹底的にお前を潰してやるさ。二度と立ち上がれない用に……。


 こうして、憎しみは連鎖していく。あの親子がどうなったか。俺は知らない。

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