第58話 勇者の思惑とロークの両親


「なるほど、中々に面白い事になっているな」

「はい、報告の通り……ですな」


 俺はナイルからの報告を聞いて一呼吸をつく。

 ニーナだけではなく、シャノンまでも。

 それに、今回の一件で我々の評判も落ちている。

 というか、暴れ過ぎだ。あいつらの力は強大だが、それ故に弱点もある。


「まぁ、幸いにもあと一人は残っている……そいつは他二人と違ってまだ落ち着きがあるからいいが」

「……ほほ、フローレン様ですか?」

「あぁ、あいつの力はある意味他二人よりも……強いかもな」


 それにしても、あの二人がやられるとは。

 ……やはり、あの時殺しておくべきだったか?

 泳がせておくのは失敗だったか。いや、それも結果論だ。

 とにかく今やるべきことは、この国の勇者として必要な行動。


「ナイル……」

「どうするのですか? 勇者様」

「……あの邪魔な剣士を調べろ、やり方はお前に任せる」

「調べる? と言いますと?」


 ふむ、あいつの名前はロークと言ったか?

 あの時のスキル……弱かったら、ここまで生き残ってるはずがない。

【錆びれた剣士】? そんなような名前だったか。

 どちらにせよ、早急に調べて何とかする必要がある。


 ……後はそうだな。まだ心配する程では無いが悪評が広まり過ぎている。

 ここら辺で落ち着かせる必要もあるか。

 情報はどんな力や武器よりも強力になる可能性を秘めている。


「あの男、トリス村で出会ったロークという男だ」

「ほほ、久しぶりに名前を聞きましたな」

「奴がシャノンを殺したとなれば……それはもう重罪だ、国を世界を守る存在を殺したのだからな、どのみち……奴は普通に生きてはいけない」

「やはり、私もそう思っていましたよ、あの勇者様との決闘……あの時は比べるまでもなかったですが」

「……何が言いたい? 今は、互角だと?」

「いやいや、流石にそこまでとは言いません、だけど危険な存在というのは確かですな」


 ナイル……ふぅ、たまに偉そうだな。

 だが、確かにそれはある。

 仮に、少しの可能性でも排除しなければいけない。

 重い腰を上げる必要があるな。


「俺は街中を散策するついでに、フローレンに会いに行ってくる! お前はお前で……進めておいてくれ」

「承知致しました」


 やるべきことはある。俺は、ナイルに指示をした後に椅子から立ち上がる。

 とりあえずは、状況は把握しておかなければならない。

 勇者として、この国がずっと栄えるのを維持する為に。



 ◆◆◆◆◆◆


 街中を歩いていると、意外にもいつも通りの感じだった。

 シャノンが死んだ。それは、何者かによって大々的に広められた。

 それも、あいつのやってきた様々な口では言えない行動。

 少し遊び過ぎたか。気になるのは、誰が噂を広めたのか不明だという点。

 ……恐らく相当な相手だな。しかし、それだけでも特定は出来る。

 ゆっくりと見つけ出せばいい。


 俺はいつもの歓声を浴びながら手を振りながら歩いていると。


「今日もたくさん買えたわね」

「そうだな、これでしばらくは困りそうにないな」


 ……あいつらは、あぁそうか。

 俺はその二人を見かけて声をかける。


「久しぶりだな……ローシャ、ローラ、相変わらず元気に暮らしているようだな」


 こいつらは、あいつの親だったな。

 ローシャが父親でローラが母親。

 どちらも、あの三人の両親という事でこのアレースレン王国に招き入れた。


「ゆ、勇者様!?」

「え!? 勇者様? あ、あの……どうされたんですか?」

「そんなに驚かなくていい……本当に気になったから声をかけただけだ」


 うろたえる二人。まぁ、急に俺が話しかけたらそうなるか。

 国を守り、支える勇者が一般の人間に直々に話している。

 周りの人間が見たら驚くのは当然か。


「それで、何のご用件で? 何か気に障るような事をしましたか?」

「いや、丁度会ったら聞きたい事があってな」

「はい、何でも言ってください!」

「……ローク、覚えているか? お前達に聞きたい事がある」


 ローク、その名前を聞くなり二人は表情を一変させる。

 ……場所を変えるか。

 俺は二人に詳しく話を聞く為、誰にも見られない場所に移動する事にした。

 静かに紅茶でも飲みながら話を聞くとしようか。



 ◆◆◆◆◆◆


「さて、本題に入るか」


 自慢の紅茶を二人に飲ませながら俺は単刀直入に聞く。

 ここは、俺の家でありアレースレン王国最大の宮殿。

 その中の庭で木製のベンチに座りながら俺は二人と向き合う。

 ナイルには直接向かわせて、俺は内部から情報を得る。

 ……癪なのは、あんな奴の為に時間も手間もかけている事だが。


「い、今更、ろ、ロークの事などどうして?」

「お前達があいつを気にしてないのは、分かっている、現にあいつはお前達にとって本当の親ではない、引き取ってやった……だから、血も繋がっていないのか」

「え、えぇ……女ばかり生まれたから私達は魔物や野蛮な人から守ってくれる……そんな存在が欲しかった、というか勇者様もそれは知っていますよね?」


 それは記憶にある。ただ、どうでもよかったから忘れていたな。

 引き取った……なるほど、少し引っ掛かるがまぁいい。

 守ってくれる存在。だから、あいつを……ふ、それも無駄になっているけどな。

 あの女共が強過ぎて、さらには才能もあった。


「それは分かっている、だからこそ話が聞きたい」

「話というと? 何なんですか?」

「……知らないのか? お前達がかつて世話していたロークが……ニーナとシャノンを殺した」

「……え?」


 知らなかったのか、呑気な奴らだな。

 まだ完全には情報を広まっていないようだな。

 最もこいつらが知らないのは問題だけどな。

 ニーナの件はまだ一部しか知らなかった。けど、シャノンの件は流石に丸め込めない。

 ……どうにかして、影響を与えるような情報が欲しい。


「う、嘘ですよね?」

「嘘じゃない、二人共ロークが殺した」

「……そ、そんな」


 悲しいよな。家族同然に接していた奴が実の子供を殺したのだから。

 何という悲惨な結末だ。ただ、原因はお前達にもある。

 こいつらにとって衝撃的な事実を伝える。

 知らない方が幸せだったかもな。さて、この後はどういう反応をするか?


「それで、私達はどうなるんですか?」

「……は?」

「ですから! 私達は……どうなってしまうんですか?」

「そ、そうです! 大事な勇者様の側近をこ、殺してしまうなんて……これって凄い重罪じゃないんですか?」

「お、お願いします、出来る限りの事は何でもするので!」


 ふふ、想像以上に狂ってるな。

 何も見えていない。

 こいつらは身内の事よりも自分の境遇について知りたがっている。

 ロークもニーナもシャノンもこいつらにとってどうでもいい存在。

 重要なのは自分達の幸せか。中々に楽しませてくれるな。


「おいおい、実の娘が殺されたのにそれに関しては何もないのか?」

「い、いや……はっきり言って動揺しています」

「で、ですけど、あの子たちはもう……私達の手には負えなくて」


 母親、ローシャが体を震わせている。

 手に負えないという言葉に思い当たる節がある。

 メイドに聞いた話だが、確かに普通の人間じゃ扱いきれない。

 ……俺もあいつらが戦えるようになってから指導とかはしなくなった。

 まぁ、俺の前ではあいつらもただの女になるんだけどな。


「手に負えない? ふ、親であるお前らが?」

「ゆ、勇者様が色々として下さったから今まで落ち着いていただけで」

「も、もう私達は……この国である程度の地位はありますので、こんな事言うのはなんですけど……死んでよかったと思うぐらいです」


 本音が漏れてるな。俺を前にして緊張しているのか。

 用意してやった紅茶も全然減っていない。

 言うつもりがなかった。だけど、言葉に出てしまった。

 どんなに注意していても心理的に余裕がないとこうなる。


「お、お前何言ってんだ!?」

「は、は!? い、今のは」

「いや、いい……別にそれを聞いてどうもしない……そうだな、よし! お前達に仕事を任せる」


 もちろん何もないとは言えない。

 俺は、二人の前に大量の金貨を置く。

 それはテーブルの前に散らばる。


「こ、これは……?」

「先に報酬は渡しておく、今回の仕事を引き受けてくれたら今の失言も無かったことにしてやる……」

「あ、ありがとうございます!」

「そ、それで仕事って何なんですか?」


 目の色が変わる二人。

 本当に、面白い。

 さて、こいつらにも働いて貰うとするか。


「あぁ、俺が用意する部隊と一緒にロークに接触して欲しい……そして、奴を何とかしろ」


 力には力で。しかし、それ以外に使えるものは使う。

 今度こそ、身も心もボロボロにしてやる。

 アレースレン王国を敵に回した事。それが、お前の敗因だよローク。


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