第21話 環境の変化と気持ちの変化


 私の気持ちは変わらない。

 手紙に全ての想いを残したつもりだ。

【天職】になってから文字が書けるようになった。

 理屈は分からないけど。頭が冴えているかも。


 ローク……大丈夫か?

 勇者が魔物を倒したその夜。

 私は寝ているロークの手をずっと握り続けていた。


「一緒に勇者様の元へ行こうじゃないか?」

「そうね……ロークの事は心配だけど仕方がないよね」


 素っ気ない。両親は今回の一件でこの村から離れたいようだ。

 そして、さらに明かされた衝撃の事実。

 私達の血が繋がっていないという。

 重要な情報なのに今まで伝えず、隠してきたことに。

 腹が立って私は殴ってしまった。反省している。

 だけど、私達が【天職】だと知ってから。態度が急変している。


 勇者は王国に私達の両親も誘われていた。

 迷わず了承したらしい。

 最初からロークのことなどどうでもよかった。


 だから、こんな判断が出来る。許せない奴らだった。

 シャノンとフローレンに体を押さえつけられた。

 その反動で体が痛い。頬が赤くなり、シャノンに叩かれたからだ。

 あの野郎……本気でやるなよ。

 ……ここまでしてやったんだからな。ローク! 目を覚ませ。


「ニーナいたんだ」

「……さっきは悪かった」

「いやこっちこそ」


 すると寝室にシャノンが入って来る。

 片手には手紙を持っていた。

 そうか、シャノンも伝えたい事があったのか。

 ボロボロのロークを見ながらシャノンは静かに話し始める。


「フローレンも泣きながら王国に行くことを決意したわ」

「そ、そうか」

「ねぇ……ロークと私達が血が繋がっていない何て信じられる?」

「信じられねえから、私は実の親を殴っちまったんだ……はは、最低な奴だよな」

「ううん、あの時は気が動転してたけど私だって……同じ事をしていたと思う、多分ね」


 冷静だけどシャノンは唇を噛んでいる。

 怒っているな。やっぱりシャノンだって同じ気持ちだった。

 私が手を出さなくても、何らかの方法で攻撃していた。

 それぐらいにあいつらの態度は酷かった。

 親だからって、ロークの存在を否定されたらこうなる。

 ずっとこの村で過ごして来た。生まれた時から。

 一緒に育って来たから。だからこれからも一緒だと思っていた。


「けど、これがお別れじゃないよ」

「……あぁ」

「私達は絶対に戻って来る! でも、いつ目覚めるか分からないロークは連れていけない」


 それは三人で話し合った。その結果、ロークはここに置いておく事にした。

 一応はロークも王国に連れて行けた。

 だが、何をされるか分からない。

 優秀な人材ではなく、何も旨味がない。だから、奴隷のようにコキ使われる。


 それが想像出来てしまう。もちろん、身の回りの世話は誰がするか。

 ……どうしようもねえな。だから、出来る限りの準備はしておかなければならない。

 ロークが悲しまない、寂しくならないように手紙は出し続ける。

 錬金術で作成した物を置いておく。これで大丈夫……だと思う。

 フローレンが作った物だから信用が出来る。


 私達が強くなれば。三人なら勇者を倒せる。

 そして、ロークの元へ戻ってこの村を発展させる。

 立場とか状況は違うけどまた元の状態に戻れる。


「……これも全てロークの為だ」

「あぁ、絶対にぶっ倒して、お前の元に戻って来るからな」

「うん、それは約束」


 私とシャノンは二人でロークの手を握り締めた。

 暖かい。こんなにロークの手は大きかったのか。

 うう、血が繋がっていないなら。でも、それなら……本気で私の想いは届くかも。

 ずっと、幼い頃から夢見てたこと。ろ、ロークと付き合え……あぁ、もう考えるな。


 今はとにかく、無事にこの村に帰ること。

 少しの間だ。辛抱して、耐えて、強くなって。

 必ず戻って来る! 約束は守らないとな。


 キュッと胸が締め付けられた。

 手紙をテーブルに大切に置いて、私達はこの村を出た。

 村の人達の出迎えも、両親の笑顔も全部嘘に見えた。

 私が、私達に見えるのはロークだけ。

 とても座り心地のいい馬車に揺られながら。

 私はもちろん、恐らくシャノンとフローレンもそう思っていただろうな。


 色々な考えを持ちながら私達はアレースレン王国に向かった。





 アレースレン王国はトリス村とは大違いだった。

 建物も雰囲気も全て違う。

 城や宮殿なのか? 見た事がないものばかりだった。

 馬車から降りるとそこは勇者の城。つまりは家だった。


「長い時間、ご苦労だったな、さてと……おい」

「勇者様、ご無事で」

「あぁ、すぐにこいつらを専用の部屋に案内しろ」

「かしこまりました」


 それから私達はこのメイドの『シエル』が、それぞれの部屋に案内してくれた。

 すっげぇな、廊下が広くて長い。

 赤い絨毯が敷かれており、埃一つない。

 シエルが私達を案内しながら説明をする。


「お話は聞いております……貴方方がトウヤ様が言っておられた……【天職】に選ばれた最高の方々ですね」

「あ、いや……」

「そんなに緊張しなくても宜しいのですよ? この王国に招聘されて、さらには勇者様のお城に初めから招待された、それは光栄なことなのですよ?」

「……そうですかね? 私にはそうは思いませんけど」


 お、おい! シャノン!? ピタッと足を止める。

 丁寧な対応なのにシャノンはシエルを否定する。

 だが、すぐにフローレンが宥める。


「すみませんね! この子……まだこの場所に慣れていなくて」

「多少の無礼は見逃します! ただし、これをトウヤ様の前で行ったら……死を覚悟した方がいいですよ?」


 シエルは微笑んでいる。

 だけど、絶対に内心はキレてるよこれ。

 同じ女だから分かる。優しい人を怒らせたら怖い。

 静かだが低く体が震える声。この場が凍り付く感覚。

 この人は絶対に怒らせたら駄目だ。うん、絶対に。

 シャノンは不満そうな顔をしていた。だけど、一歩引いてここは我慢した。


 部屋に案内されると。専用の服に着替える。鏡で見ると似合わねぇなと思う。


「ふふ、似合ってますよ」

「ほ、本気で言ってます?」

「えぇ、青色と短めのスカートがニーナ様と合っていていいと思われます」


 褒められた。少し嬉しい。村に居た時はボロボロの布切れみたいなものばかりだったから。ロークにも見て貰いたかった。どうせならな……何を考えているんだ。

 微妙な気持ちの変化。鏡に映る自分。その顔は曇っていた。


「……どうされました? もしかすると、あの村に未練があるのですか?」

「いや、そうじゃないですよ」

「まぁ、無理はないわね……あんな形で別れたんだから、けどね」


 シエルは私の両肩を掴む。

 そして、顔を近付けてくる。

 な、何をするんだこの人。


「安全で平和で楽な暮らしをしたいなら……勇者様に逆らわない方がいいわよ」

「……それで、いいんですか?」

「家族、愛する人、この王国にはたくさんの大切な人がいるのよ」

「その人達の為に戦えと言う訳ですか」

「えぇ、だけど周りのお世話は全てしてあげる! 大丈夫よ、何があっても勇者様が王国が守ってくれる……世界は貴方達の味方なのよ」


 それぞれの想いがある。

 このシエルも王国に大切な人が住んでいる。

 だから、私達のサポートをするのだろう。世界の平和とか王国の為とか。

 そんなの上辺だけ。問題は自分が何を守っているか。


 こうして、私達のアレースレン王国での生活は始まった。


「ニーナ! もう少し剣を強く振れ!」

「あー分かってるって!」

「そうだ……いい調子だ!」


 勇者との稽古は辛く苦しい。だが、その実力は本物。

 あの村で見た魔物を倒した光景。忘れるはずがない。

 シャノンとフローレンは別の場所で教育されている。

 強くはなっている。これだったら、すぐにこいつを倒せるかもな。

 ここは黙って余計なことはせずに……。


「今日はそろそろこれで終わりにしよう」

「……はぁ? 流石にはやすぎないか? まだ昼間だぞ」

「だからだ! ほら、行くぞ……城下町は色々と面白いものがある」


 剣を納刀する。何なんだよこいつ。

 にしても、城下町はこの王国に来た時に見たもの。

 賑わっていて楽しそうだった。

 貧乏なトリス村とは大違いだった。


 ――――気晴らしも必要か。少しぐらいなら……いいよな。



「うわ……すっげ」


 大勢の人が城下町にいた。

 買い物をする人。話し込んでいる人。様々な人が彩っている。

 そして、勇者が来たとなるとこの場は騒ぎになる。


「ゆ、勇者様!? わざわざお越し下さってありがとうございます」

「いや、今日は普通に買い物に来ただけだ……気にするな」

「ありがとうございます! さぁ、是非是非! 見て行ってください」


 頭を下げながら、店主達はとても敬っている。

 さらには一般の人も軽く頭を下げている。

 しかし、勇者はあまり気にしていない。

 寧ろ、とても気さくに話しかけていて、私の想像とは違った。


 これが本当のこいつ(勇者)の顔なのか?

 何だか拍子抜けだ。この王国に来てからとても優しい気がする。

 ロークにはあれだけのことをしたのに。

 そして、私と勇者は食事をする事にした。まぁ、確かに腹は減っていた。

 タイミングは絶妙だった。エスコートも完璧である。


「ほら……どうした食べないのか?」

「いや、食べるけど、食べるけどな!」

「……なんだ、そんなに好きじゃないだったか?」


 いや、そうじゃない。こいつは……私の心に入り込もうとしている。

 馬鹿だけどそれは分かる。人の気持ちには敏感に反応してしまう。

 目の前には、村では絶対に食べられない物。

 肉にパンに温かいスープ。それらを組み合わせて香ばしい匂いがする。


 欲望が浮き出ている。駄目だ……私は。


「おい! こんな所でサボってるんじゃない!」


 な、何だ……あれ。それは鞭で叩かれながら働く少年少女。

 裸足で歩いて、重い荷物を持たされている。

 でも明らかに弱っている。痩せ細っており、今にも死んでしまう。

 そして、もっと怖いのは……周りが全く助けないということ。


「見たか? あれがアレースレン王国を支えている働き者だ」

「……おいおい、あれは奴隷じゃねえか! こんなの許されねえだろ!?」

「何を言っている? あいつらのおかげで、王国は発展し、こういう食事も無料で食べられているんだぞ?」


 え、これ無料なのか? こんな豪華なのに。

 騙しているようには思えない。

 こいつが話すには、金のない奴隷を雇って王国で買っている。

 それなりの生活は提供する代わりに。死ぬまで王国で働かされる。


 一歩間違えれば、私達もこうなっていた。

 首輪に繋がれ、鞭で叩かれ、暴言を浴びせられる。

 さらには、人間扱いされていない。

 勇者は優雅に紅茶を飲みながら。


「ああいう風になりたくなかったら……王国には逆らわない事だ」

「……酷いな、酷過ぎる! 反吐が出るぐらいに」

「弱い奴は這い上がって強くなるしかない……だが、そんな事はほぼ起こらない! それが頻繁に起こっていたら、俺はもう死んでいる」


 説得力があるなぁ。私は言い返せなかった。

 これが王国を守り、世界の為に戦っている男の言葉。

 そして、綺麗事だけでは世界は救えない。

 私は目の前の食事に手を出す。美味い、こんな美味しかったのか。

 食欲が止まらない。腹が減っていたのもあるけど。


「……守ってやるよ」

「……っ!? は、はぁ!? 何言ってんだよ」

「完全な味方になれば死ぬまで守ってやる……と言っているんだ! 安心しろ、俺はそんなに厳しくはない」

「嘘つけ」

「食事の後は何か欲しい物があったら買ってやる! 久しぶりに俺も楽しむ」


 あれ? こいつ笑った。それは、あまり表情を変化させなかった男の笑顔。

 無垢でとても美しい。裏が全くなく純粋なそれ。

 何で、私は見ているんだろう。いやいや、可笑しい! 誰がこんな奴を……。

 でも、見惚れてしまっていたのは事実。どんな光とかよりも眩しく見えた。


 ――――認めたくない。認めたくないが、私の心は揺らいでいた。


 人の心は環境と境遇。そして、側にいる人で簡単に変化する。


 それをこの身で感じ始めた時だった。

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