第22話 離れた気持ちは元通りにはならない


 心の変化はすぐに気が付く。

 日々の生活はロークの元へ戻れる事を第一に考えていた。

 だけど、段々とそれは薄れていった。


 ――――こいつ(勇者)と過ごす時間。

 それが段々と楽しくなっていく自分がいた。


 駄目だと思っていても、私は抗えなかった。


 食事中。談笑しながら気楽な雰囲気。

 だけど、私の胸のドキドキは止まらない。

 これが何を意味をするのか? いやそんなはずは……ない。

 私が好きなのはロークだけ。必ずロークの元へ……。


「どうしたんだ? 元気がないのか?」

「……っ! いや、そんなんじゃねえよ!」

「いや、ニーナ元気がないと思うけど大丈夫?」

「それぞれが慣れないことをしているから仕方がないわね」


 顔が熱い。意識しているのか。

 シャノンとフローレンも心配するが否定する。

 これでは集中が出来ない。すぐにでもあの村に戻らなければいけないのに。

 贅沢な暮らし、平和で安心な暮らし。

 不満は正直ねえよ。だけど、約束は……守らなければならない。


 時間はすぐに流れる。

 二カ月ぐらい経った時だった。

 王国での生活も慣れてきた頃。

 それは魔物との交戦の途中の出来事だった。


「ニーナ! そっちに行った!」

「おう! 任せとけ!」

「気を付けろ、そいつは強い」


 王国付近で暴れ回っている魔物の殲滅。

 中々の強敵だった。それにこいつは……あの日、村を襲った魔物。

『オーガーニック』という人型の魔物。

 動きは遅いが、強靭な肉体と体力を誇る。

 こん棒を振り回す攻撃は当たったらただでは済まない。


 順調に成長していた私達。

 二カ月前と比べて動きが手馴れている。

 やっぱり勇者から直々に教えられているからか。

 私は、オーガニックの攻撃を回避しながら。

 懐に潜り込んで剣で斬りつける。


 楽勝、楽勝。動きが遅い分、いつもの奴より楽か……。


「ニーナ! 危ない!」


 一瞬だけだった。気を抜いた瞬間。

 背後からシャノンの悲鳴とオーガニックの攻撃。

 同時に耳に届く。あ、やっべ! 足元を崩してしまう。

 地面に尻餅を着いてしまい、私は無防備の状態になってしまう。


 予想外の攻撃に対応が遅れる。

 剣で受け止めてもこん棒の攻撃は防御が出来ない。

 押し負けてしまう。私は、攻撃を受ける覚悟で目を瞑った。


 終わった、と思った。

 だけど、痛みはなかった。

 何が起こっているんだ? 私はそっと目を開ける。

 すると、そこには片手で攻撃を受けめとる勇者の姿があった。


 ――――こ、こいつ……片手で。


 私は目の前で力の差を感じてしまう。

 この魔物を倒せたら、勇者に敵うと思っていた。

 だけどそれは大きな間違いだった。


「油断するな……こいつは、まだお前じゃ楽勝に倒せない」


 腕を振り払いながら、勇者は剣で魔物を突き刺す。

 奇声を発しながらオーガーニックは倒れる。

 あ、あう……何だろうこの感覚。

 怒ることもせず、無傷だった私を見てホッとしている。

 本気で守ってくれているのか。そう思うと、体が熱い。


「ニーナ! 大丈夫!? ……ニーナ?」

「す、すまん! 助けて貰って」

「別にいい、ほら立てるか?」


 自然に手が触れる。生暖かい感触。

 ロークの手は何回も握ったことはある。

 だけど、その時には芽生えなかった感情。

 凍っていた氷が少しずつ溶けていく。

 あぁ、そうなのか。過ごす時間は短い。だけど、こいつ(トウヤ)と共に過ごして来た。それは事実。離れているロークを想う気持ち。



 ――――手に触れられた分かった。それが決め手。


 私は立ち上がる。自分でもどう返事していいか分からない。

 はぁ、畜生……私は馬鹿だなぁ。

 ロークの為に、頑張ってきた時間。

 それなのに、私は楽しんでいた。こいつ……いや、トウヤとの時間を。


 好きになった。それは人として。勇者とか関係なく。

 ずっと一緒にいたロークの気持ちを置き去りにして。

 私は、自分の気持ちに気が付いた。


 それから、オーガニックとの交戦は終わった。

 自分の力が足りなかった事。

 それらに悩みながら、私は自室にいた。

 今日はメイドのシエルもいない。たった一人でベッドの上で寝転んでいた。


「入るぞ」

「……お前か」

「ふ、相変わらず態度がでかいな、まぁいい」


 起き上がる元気もなかった。

 想像以上に体が重かった。

 疲れか、それとも精神的に疲れているのか。

 どちらも疲弊しているの事実。

 私としたことが少し張り切り過ぎたか? いててて……。

 帰って来たらフローレンが調合した薬も飲んだ。

 多少はマシになったが、微妙な体の変化はある。


 トウヤは部屋の椅子に座る。

 ベッドに寝転んでる私。失礼だと思うが気にしない。

 この二カ月でかなり打ち解けた。トウヤのことも知った。

 ……この胸の高まり。やっぱり私は……。


「俺の事が好きなのか?」

「……はぁぁぁぁぁ!?」


 突然の告白。私はベッドから転がり落ちてしまう。

 いやいや、無表情でそれは駄目だろ。

 何を言い出すか思ったらこいつ……。

 顔から落ちてしまったから。額とか頬が痛い。

 いや、それよりも信じられねぇ。こいつは心を読めるのか?

 流石にそれはないと思うけど。


「その反応って事は本気なのか?」

「いや、急に聞くなよ」

「俺が聞いてるのは、好きなのか、嫌いなのか、どちらかという事だ」

「そ、それは」

「どっちなんだ?」

「……最初は、お前何て嫌いだったよ」

「知ってる」


 本当に最初は嫌いだった。

 ロークをあんな目に合わせたから。

 強引に私達を村から王国に連れて来たから。

 運命は残酷だと思った。

 でも、心の変化、それは自分の思っている以上に動くもの。


 トウヤは椅子から立ち上がる。

 一歩ずつ近付いてくる。床に両手を付いている私。

 しゃがみ込んで同じ目線で話してくる。

 顔が近い。緊張感が高まり、心臓の鼓動が速くなる。

 もう顔から火が出る程に恥ずかしい。

 でも、嫌な気分ではない。


 あぁ、もう限界だ。


「だけど、今は私は……お、お前のこと好きなんだと思う」

「……本気か?」

「今日、お前が魔物から守ってくれて、手に触れた瞬間に……確信したんだと思う」

「それは、とても嬉しいな、だって……俺もお前のこと好きなんだからな」


 え、と思った瞬間には。唇が重なっていた。

 それがキスだと理解したのは少し経った後。

 不意なそれに私は湯気が出たぐらいに顔が真っ赤になる。

 だが、トウヤは微笑みながら答える。


「必死に戦う姿、努力する姿、それに惹かれたのかな?」

「う、うう」

「何で泣いている? もしかすると、気持ち悪かったか?」

「ち、違う……わ、私は」


 そうだ、私は両方好きになってしまった。

 トウヤもロークも。最低だと思っても、私は……。


「ロークか? あの村に居た男の事が気になるのか?」

「……!? ち、違う!」

「いや、そうならそれでいいんだ……でも、これだけは言っておく」


 あ……と声が漏れてしまう。

 優しいが、抱きしめられてしまう。

 大きい体はとても安心感がある。

 そして、トウヤは私の脳を蕩けさせるように。


「俺は本気でお前のことが好きだ……短い時間しか過ごしていないが、これだけは言える」

「……そんなの」

「だが、あの男のことが気になるなら仕方がない、勇者とか関係なしに俺という人間が好きなのか? 強制はしない」

「うぅ、と、トウヤ」

「でも、出来る事なら……今この場にいる俺を好きになって欲しい」


 泣かせるなよ、畜生が。

 その言葉は卑怯だろう。

 でも、こいつは本気なのか。思えば、ロークが私のことを好きなんて保証など何処にもない。一方的な想いかもしれない。

 こんな暴力でがさつな女。好きになるのか? いや、ロークは物静かな奴の方が似合ってる……のか? 分からない。女として見られていない可能性もある。


 それだったら、ここで……。


「環境の変化それは大きなことだ! あの男から離れて、寂しい気持ちもあるだろ? もうあの村のことは……忘れた方がいいんじゃないか?」

「……っ!」

「悪い、言い過ぎたな! けど、俺は本気でお前のことを」


 もう分かった。分かったからそれ以上言うな。

 すると、トウヤはベッドに押し倒してきた。

 な、なぁ!? ま、マジかよ……。

 これが何を意味しているのか。知っているけど……。

 体の熱さが止まらない。それも関係しているのか。抗えない。


 ……ローク、私は。


「欲しい、だから……」

「あ、あぁ」

「本当にいいのか?」


 ずっと村で過ごして来て知らなかった。

 外の世界は広かった。

 こんな男がいるとは思えなかった。

 無言で頷き、私はその夜。女になった。

 体を重ねること。それはこんなに心地よくて、気持ちがいい。それを知った。

 好きな人としたから。私は、自信に満ち溢れ、それから成長していった。


 気が付けばもう私の中にロークはいない。必要なかった。

 村に戻る選択肢も消えた。手紙も送る必要はない。


 ローク、ごめんな。私は……王国の為に頑張る。

 それで、ずっとトウヤと一緒にいるんだ。


 その為に、お前には……消えて貰うかもな?


 だけど、次会う事が出来たら好きという気持ちだけは伝えてやるよ。


 離れた気持ちはもう元通りにはならなかった。

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