第78話 後悔する想いと新しい出会い

 起き上がるとそこは豪華な寝室。

 ふかふかのベットで心地よく眠っていた。

 ここに来てから私は何不自由なく生活をしていた。

 アレースレン王国。私が思っていた内情とは違った。恵まれた生活に、美味しい食事。

 そして、私はアレースレン王国に着いた時。


 待っていたのは希望と絶望だった。


「おぅ……サーニャ! 無事だったか!」

「サーニャ! ごめんね……心配させて」


 二人の姿を見た時。

 私はその場で号泣してしまった。

 縄で縛られて拘束されており、宮殿の奥の部屋に連れられた私。そして、目の前には私達がこうなってしまった元凶がいた。


「やぁ……初めましてかな? サーニャだったか?」


 そう、勇者トウヤが豪華な椅子に座っていた。

 膝を地面につきながら。私はそいつの顔が見られなかった。声は確かに私の耳に届いたが、恐怖と後悔と悔しさで顔を俯きながら歯軋りをしていた。


 家族が無事で会えたのは嬉しい。

 でも、私の涙はそれとローク達を裏切ってしまった事実。ここに来るまでの間も自分は死んだ方がいい。そう思ってしまった。

 そして、ロークとは違って温かみもない声が聞こえてくる。


「一応、説明しておくが……君にはもうマガトの証が付けられている! もう、立派なこのアレースレン王国の戦士となったのだから」


 首元を見ると見覚えのない赤い紋章が付けられていた。これがアレースレン王国の証。この勇者に気に入られれば、効力は少ないらしい。そして、王国に役立つ人間と判断されれば。贅沢で一生遊んで暮らせるだけのお金も手に入る。

 家族からしてみれば、安定のしない危険な冒険者よりは。


「サーニャ……お前は認められたんだ! 勇者様に! もう、何不自由なく暮らせるぞ」

「村にいるより、冒険者として働くより、安定している王国の戦士として働いた方が絶対にいいわよ!」

「ほら……お前が仲間を裏切ってまで救った家族だぞ? こんなにもお前の事を想ってくれる人が居て羨ましいぞ?」


 その勇者の言葉に私は激昂する。

 今度は家族に会えた感激の涙から、憎悪の涙に変化する。何だよこいつ……こんな奴に私は! ロークは! ちくしょう……。

 ママとパパに会えたのは嬉しい。だけど、同時に本当にどうしようもない程に死にたい。

 せっかく好きな人が出来たのに。こんな形で別れてしまうなんて。多分、馬鹿な私でも分かる。

 次に会った時は、ロークとは敵として会わなければいけない。生き死にの戦いをしなくちゃいけない。

 どうしてだよ、あの時に私は戦わなかった?

 もっと抵抗しなかった……の。


 いや、でも戦ったら私のママとパパは……。


「ふ、そんな目で見るな……今日から共に戦う仲間なのだから」

「……っう! 私を! 家族を! みんなを! こんな汚いやり方で、望んでいないのに! 王国の戦士として戦わされる! こんなの間違ってる」


 喉が枯れるぐらいに私は叫ぶ。

 上手く言葉が思い付かない。

 感情が昂ってここで逆らったらどうなるか分からないのに。黙ってられなかった。やっぱり私はどうしようもない奴だ。

 だけど、言っておかないと。そうじゃないと私もロークも……。


「でも、お前はそれを選んだんだろ? あのロークという男よりも、家族を選んだ……その結果がこれだと言う訳だ」

「ち、違う! あんたがロークも苦しめているんだろ? そして、王国以外の人達も……だから!」

「確かに、君は正しいのかもしれない……だが、ここに来た以上は俺のやり方に従って貰おう」


 その瞬間。私の体に激痛が走る。

 声も出ない。締め付けられて、息も出来なくなるぐらいだった。


「あがぁ、うぐぁ」

「サーニャ!? どうしたんだ?」

「急にどうしたって言うの?」


 しばらくするとその痛みも無くなった。

 私は上体を起こす事が出来なかった。

 これもマガトの証の力なのかよ。

 私は勇者に反抗した。だから、何かの力が働いて私は悶絶した。うぇ……苦しい。口元から涎を垂らしながら、私は勇者を見上げる。


「既にお前にはニーナの天職の力を移してある、本当なら見極めてからの予定だったが……その時間もあまりない、お前は本当に運がいい」

「ふ、ふざけるな……」

「まぁ、いい! とにかく、お前には次の戦闘に参加して貰う! 安心しろ、勝利は確実なのだから」


 ……これが勇者トウヤから伝えられた事実。

 私があのニーナさんの力を引き継いだ事。

 そして、このアレースレン王国が大規模な戦争を仕掛けようとしている。何も知らねえよ。

 あぁ、もうずっと寝ていたい。夢を見ていたい。


 鏡に映る自分を見ると。ロークと二人で一緒に約束したあの日とは。全く違う顔をしている。

 疲れ果てて何かに縋りたい。家族は助かった。

 でも、今後の私の行動次第では家族はどうなるか。

 考えたくもない。人間って欲張りだな。

 一つ、満たされるとさらに満たされたくなる。


 会いたい。一緒に居たい。


「ローク……」

「サーニャ、時間だよ?」


 その声に私は反応する。

 こんな顔を見られる訳にはいかない。

 笑うんだ。いつも見たいに……笑えよ。


「んー? どうしたの? いきなり誰かの名前を呼んで?」

「あぁ……こ、これは違うんだ! 私の友達の名前だよ! ほら、ここに来てから知り合いがあまり居なくて寂しくてさ!」


 私はこの男。【コルニー】に嘘をついてしまう。

 こいつは王国の戦士として招聘された奴。

 長髪の黒い髪と青い瞳が特徴的な剣士らしい。

 気が弱そうな奴だが、信念はしっかりしている。

 出会いは最初の戦闘訓練の時。班ごとに分けられており、私は話しかけられた。

 このアレースレン王国に来て二週間。初めて出来た歳の近い友達だった。


 こいつは、見た目に似合わず欲深い。

 目的は【お金】を稼ぎたいらしい。

 それで、村の人と家族を少しでも楽させてあげたい。それを聞いて胸が苦しくなる。

 流れは違うが、こいつもこの王国に招聘されてやって来た。でも、私と決定的に違うのは。


「ふーん……でも、よかったね! この王国に尽くして、結果を残せば地位も安泰だ! サーニャちゃんだって、そんな理由でここに招かれたんでしょ?」


 違う。私は……そんなんじゃない。

 あんたみたいに素直に喜べない。

 だって、最低な行いをしてここに来ているのだから。でも、それはこいつには言わない。

 そう、私とコルニーの違いは喜びと悲しみ。

 二つの正反対な感情が表情にあらわれている。


「あ……そろそろ訓練に行かないと時間だよ! 教官は荒いけど厳しくてさ! 遅刻するとまた大変だよ!」

「あ、うん、そ、そうだな!」

「さぁ! はやく行こう!」


 少し強引に私は手を掴まれて訓練場へ向かって行った。コルニーの手は暖かいが、この手がロークだったら。そう思うと、私はまた泣き出しそうになってしまった。





 戦闘訓練というのは、戦争の為の予行演習みたいなもの。ここで隊列の確認や、作戦の確認など。

 でも、他の国や街はアレースレン王国と比べて【戦力】が少ない。だから、力押しで制圧してしまう事が多いらしい。それでも、勇者トウヤはとても用心深い人物らしい。少しの隙も逃さず、潰していく性格らしいけど。


 そして、この訓練の最後には毎回【トーナメント】による試合が行われる。

 各個人の実力を高め合うのが目標らしいが。

 しかし、私の隣にいるコルニーはこの試合こそが意味があると言っている。


「サーニャちゃん! 宜しくね!」

「う、うん! よ、宜しくな!」


 私は毎回だけどコルニーと試合で当たる。

 そして、私達は新人の中でもかなり優秀な逸材。

 このトーナメントの試合は【見極める】という最大の目的があったのだ。コルニーは私と向き合って、目を輝かせている。



 見極める。それは戦争で使えるか、使えないか。

 今後のアレースレン王国を守れる存在になるか。

 私とコルニーは教官の合図で同時に駆け出す。

 剣と剣がぶつかり合って、鍔迫り合いの状態が続く。しかし、私から見てコルニーの力は驚く程に弱かった。



 これが、天職の力。ニーナさんの【剛腕の剣士】の力を受け継いだ私。さらに、元の炎の力も強まって私はこの王国の中でも指折りの剣士となっていた。

 実感がねえよ。だけど、こうして剣を交えた戦いになると。


「うわぁ!」


 情け無い声と一緒に。コルニーはよろけながら、体勢を崩す。一気に私は決めようと、剣をコルニーに突き出した。


「でも、まだまだ!」


 な、何だこいつ!? コルニーは隠していた盾を出して、私の剣を防ぐ。コルニーは魔術の扱いも長けていて、魔道剣士としてスキルを授かってみたいだ。こういう器用な戦いが可能なのは凄いと思う。


 だけど、私も負けてられない。

 僅かな望み。いや、絶対に叶えないといけない。

 まだ、私の夢は誰にも言えないし、言ってないけど。勝ち続けて、もっと強くなって。今度は……。


「でも、わりーけど私は負けられねえんだよ!」


 渾身の力を剣に込めて、コルニーの防御を打ち破る。相手も信じられない表情をしていた。

 そりゃ、そうだろうな。コルニーの盾もかなり強固で剣で破れるようなものではないと思う。

 だけど、私はやった。こんな所で止まってられない。


「そこまでだ! 勝者は……サーニャ!」


 渋い教官の声がこの訓練場に鳴り響く。

 私は全力で叫びながら必死にコルニーに攻撃をした。これ以上は危険と判断したのか。


「いやー! サーニャちゃん凄いよ! 僕の魔術で作り出した盾を粉々にしちゃう何て!」

「あ、あぁ! そうだろう! にししし……もっと褒めてくれよ!」

「あーうん! でも、君は何でそんなに必死なの? 僕はまだ君の目的を知らない……何が君をそんなに動かしてるの?」


 私達は教官に頭を下げて、部屋に戻る廊下でそんな会話をしていた。コルニーには気になるのか。

 全く何でこいつは私にこんなに構うんだ。

 やめてくれよ。私は強がっているけど、誰かに縋りたい。頼りたい。揺れ動く気持ち。このまま王国に付いて行ったら……いや、考えるな。


 ロークに会えるまでは死ねない。

 それまでは頑張ってやる。

 でも、会えたらどうすればいいんだろう?

 謝って許して……くれる訳ないよな?

 あははは……私はどうしたらいいんだよ。


 コルニーには気付かれないぐらいに。

 私は顔を歪ませながら。

 上官から呼ばれた部屋に向かって行った。

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