第18話 勝利と剣技


「ろ、ロークやったか!?」


 ……やってないよな。俺は、吹き飛んだニーナを見る。

 サーニャが駆け寄り、周りの戦士達の様子も確認する。

 予想外だったのは、戦士達は既に戦闘不能になっていた事。

 強いな。やっぱり炎の剣士としての実力。

 この戦いぶりを見る限り本物のようだ。


 これで、余計な邪魔が入らない。

 最も俺にとってはサーニャも……いや、敵は倒して貰った。

 さらには、ここまでの道も案内して貰った。

 はぁ、流石に恩を仇で返す事は俺には出来ない。


 ただ、やったかというサーニャの言葉。

 それを簡単に信じられない理由。


「つぁ……あーあ! せっかく好きだって言ってやったのに! 顔何て殴りやがって……このクソ野郎!」

「おいぃぃぃ! ローク……やばいって、マジでヤバイって!」

「……ニーナの奴本気を出したか」


 ニーナは怒りを隠せず俺達に敵意を剥き出しにしている。

 先程までは、ただ遊んでるだけの様子。

 ただ、ここからは本気の勝負が開始される。

 ニーナは顔を抑えながら、剣を両手で持ち直す仕草を見せる。

 凄い形相だ。いつかの喧嘩の時間を思い出す。


「うおりゃ! 絶対に殺す! 覚悟しろよぉ!」

「ローク! だ、駄目だ……こ、こいつには勝てない!」


 こんな時に何を言ってんだ。向かって来るニーナに怯えるサーニャ。

 舌打ちをしながらも、俺は剣を再び抜刀する。

 その勢いでニーナの強烈な一撃を流す。

 受け止めるより、攻撃を受け流した方がいい。

 気が付けば、刃の先が削れている。これは危険だ。本当に馬鹿力だ。


 手前で弾き飛ばし、俺はニーナとの間合いをとる。

 やっぱり単純な力量では負けている。

 冷静に考えろ。こっちが勝っている箇所。

 それは……さっきまでとは戦況が変化した点。


「サーニャ! 怯むな! こいつは、俺がよく知っている……幾ら、勇者の側近で力があるとは言っても」

「す、すまん……ローク! わ、私って思ったよりも弱い人間だったみたいだ」


 ……考えてみれば、俺は今まで突っ走ってきた。

 終わりのない暗闇を闇雲に。過去を恨んで未来がない俺。

 失うものが何もないからこそ。

 目の前の【怪物】と対峙しても恐れない。いや、憎悪がそれを抑止している。

 恐怖で怯えるという人のそれを。復讐心が支配して感じなくなっている。


 比べて、サーニャはどうだ。こいつは、今までニーナの事を尊敬していた。

 俺とは全く状況が違う。

 そんな他人を無理やり俺の復讐に付き合わせる。

 という訳にはいかないだろう。そんなに、信頼関係は築けない。


 ――――何故なら、あいつらとも完全な信頼はなかったから。


「おい……呑気に話してんじゃねえぞ!」


 考える暇はないか。ニーナは自慢の剛腕と剣術で俺を圧倒しようとする。

 少し受けたか。俺は、完全には防ぎきれず額に受けてしまう。

 小さいが傷口から血が出てしまう。痛いな……だが、村で受けた心の傷と比べれば。


「そんなもんかよ! ニーナ!」

「……っ! な、なに!?」


 この溢れ出る力。剣に伝わり、ニーナと渡り合えるぐらいに。

 そして、戦闘と時間の経過と共に。俺の力は高まっていく。

 ヤミイチさんが言っていた【進化するスキル】というもの。

 確実にそれは俺の力の根源となっている。


 いける。絶対に斬る! 俺は、一瞬の静寂の時間。

 深呼吸をして集中力を高める。

 ふぅ……なんだこの感覚。

 今まで一番力が溢れている。これならどんな事でもやれる気がする。


 ニーナに負けずに。俺は剣を思いっきり振り払う。

 思わぬ力だった為か。予想外の事態にニーナは体勢を崩す。

 足払いをしたような感じとなる。

 ここだな。一極集中、目を瞑り全ての力を体と剣に伝える。

 暖かく、熱い、そして電撃が走ったような痺れ。


 ――――そう言えば、俺も一度は剣士として技を出したかった。


 これが苦しんで、のたうち回って。

 お前らに裏切られ、殴られて、傷つけられた代償であり成果。


 剣を後ろに引く。一カ所に風が集まる。

 これが俺の技の元だとしたら。

 風の渦。言うならば竜巻。そうだ、これが俺の……。


「竜巻昇天(たつまきしょうてん)!」

「がぁぁぁぁぁ!ローク!」

「すっげぇ……風が竜巻になって一瞬で吹っ飛ばした」


 剣技と呼ばれる魔術であり剣技。ヤミイチさんが言っていた。

 多大な集中力と経験。素質であるスキルと適正。

 全てが極限まで高められた瞬間。剣技を発動させられる。


 何もない場所からこれ程の風を発生させられる。

 そして、自由に形を変化させて、攻撃にも防御にも応用が出来る。

 いや強いな。ただ、今の俺の実力では一発が限界だ。

 さらにこの暑さ。場所が最悪だ。どうやら、体力も関係してるみたいだ。

 本当に全てが噛み合わないと出来ないなこれは。


 だけど、これで……。


 俺は剣を僅かな力で握りながら。

 竜巻昇天によって体全体を斬られて、ボロボロになったニーナに近寄る。

 岩場に体を預けながら。


「まさか剣技を出せるようになってる何て……や、やるようになったじゃねえか」

「あまり話さない方がいいよ?」

「あ、あぁ? うっせ……がは!」


 本当にすごい奴だ。鍛えているからか。それともスキルや薬の影響か?

 ニーナはあの大技をまともに受けても。

 服が破れ、肌が露出している部分。

 そこから傷口が酷いのは分かる。だが、致命傷は負っていない。それが驚きだった。

 普通だったら即死だぞ? この筋肉馬鹿……口から血を吐きながらも話すのをやめない。


「ふぅ……うちの回復力を舐めんな!」

「……無駄だ」

「ぐぅ、何だこれ体が重いぞ」

「この剣技を受けた奴は……体内に痛みが残り続ける、どんな回復力をもっていても無駄だって言ってんだ」


 恐らくフローレンが作った薬による影響か。

 それとも王国に何かあるのか。どちらにせよ……ここで死んで貰う。


「ろ、ローク……」

「悪かったな」

「は、はぁ!? 何、謝ってんだよ?」

「関係ないのに巻き込んだってことだよ、気付け」


 少なくとも俺によるニーナの復讐は関係ない。

 周りの戦士を倒して貰わなければ危なかった。

 ニーナと一対一の状況にもってこれた。だから、剣技を発動して勝てた。

 しかし、サーニャは俺の背中を叩いてくる。


「関係ないって何だよ!? 私だって、あいつに殴られたからな! それに……お前に助けて貰ったし」

「それはお互い様だ! 仮は作っても作られたくはない! とにかく、速く……」


 本当によく分からん奴だ。サーニャは涙を流しながら。

 俺に何かを訴えてくる。ただ、俺は無視してニーナに顔を向ける。


「うーん、ちょっと待てよぉ! ……話とか聞きたくねえのかよ?」

「……今更か? 少し遅くないか?」

「いやいや、戦闘中じゃ話せねぇだろ……それに、強くなったよな、ローク」

「別に褒めなくていい! 気持ちが悪い! お前にそんな事言われたくないな」

「おいおい、まぁ別にいいかぁ……がは! なぁ、ローク……戦闘では負けた、けどなぁ! 今度は精神的にお前をどうにかしてやるよ」


 どうせ死ぬ。ニーナはそう悟ったのか。空白の二年間を話す決意をする。

 このタイミングか。俺は剣を抜刀する。水を飲んで気を落ち着かせる。

 ただ、復讐すれば終わりではない。俺が知らない事。そして、今後の役に立つかも。

 俺は、無言で頷く。ただ、目は腐ったものを見るような。そんな眼をしていただろう。


「……ローク、サーニャ、言っておくがお前らにもう未来はねえぞ、待っているのは終わりのない地獄だ」


 そのニーナの言葉。嘘で言っているとは思えない。迫力、暗さが確かに理解が出来る。

 ただ、俺はもう覚悟している。

 どんな地獄が待っていようと……俺は必ず成し遂げる。それだけだ。


「そうだなぁ、手始めにお前が気絶している時の話だ、聞いて吐くなよ?」

「吐かねえよ」

「あっははは! 傷も少し癒えてきて話すのに支障はなくなったか……じゃあ、絶望しろよ」


 それは俺にとって聞きたくて。聞きたくない話の始まりだった。

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