第17話 反撃の時


「いやーやっぱり来たか! ローク!」


 遅かったか。気が付けば俺達は囲まれていた。

 洞窟の奥からニーナが登場する。

 これだけの戦士を集めて潰すつもりなのか。

 くっそ……サーニャが怯えている。

 話で聞いていた状況と全く違う。

 おいおい、幾ら何でも多過ぎる。辺りを見渡しながら俺は委縮する。

 装備も顔付きもしっかりしている。

 アレースレン王国は資金も戦力も桁違い。なるほど、これは敵に回す相手ではない。


「待ってたぜ……お前がノコノコとここに来るのを」

「こっちこそな! ニーナ……やられた借りは絶対に返す」

「はぁ? てめぇ、それ本気で言ってんのか?」


 戦士達が剣を引き抜く。

 それが合図だったのか。俺とサーニャも抜刀する。

 数では圧倒的に負けている。

 だが、それ以上に今の俺には力があった。


「……っ! 速い!?」


 本当に変わったな。

 剣を後ろに引きながら。俺は、反応する前の戦士の首を狙う。

 まずは一人。情けは無用。斬りつけた剣は相手を殺すのに十分な威力。

 雫のように血が噴出し、俺は次の敵に向かって行く。

 ……とても体が軽い。さらに、剣を振る速度も格段に上がっている。

 王国の戦士は精鋭揃いの集まりだと本に書いてあった。

 それを相手に全く劣っていない。俺は、自信に満ち溢れながら。


「ほら、どうした?」

「な……聞いていた情報と違うぞ」

「ひ、怯むな! 相手は一人だぞ!」

「一斉にかかれ! 私達に負ける事は許されない」


 負ける……? 言動に引っ掛かる。いや、関係ないか。

 俺がするべきこと。それは、目の前の敵を打ち倒す。

 だから余計なことは考えるな。

 まとめて相手は俺に攻撃を仕掛けてくる。剣を受け止めて、俺は相手の腹部を蹴る。

 鍛えた足腰は屈強で、鉄の錘を背負っている相手にも有効。

 体勢を崩した相手は、サタン火山の溶岩の中に吸い込まれていく。

 転がった先にマグマがあるとは不運だな。


「ぐぁぁぁ! 暑い、助けてくれ!」

「言っておくが、負けるつもりはさらさらない! お前らを潰す為に俺はここに来たんだ!」

「あーあ……けど、本気みたいだな! はっははは! 楽しいぜ!」

「すっげ……ロークの奴、強すぎる」


 戦士達は後退していく。

 簡単に倒せると思っていたのだろう。

 しかし余りにも情報と違う動き。それに剣術も備わっており、鍛え上げられた戦士でも敵わない。

 スキルの影響もあるけど、二年間の地道な鍛錬を実を結んでいる。

 俺は、剣をニーナに向けながら睨み付ける。


「何が楽しいだ、いい加減にしろ」

「楽しいに決まってるだろ? 今こうして、お前と会えていることも」

「俺がいない間に何が起こったか分からない、あの勇者に何をされたか、王国で何があったか……」

「んなことどうでもいいだろ! どうせ、ここで死ぬんだからな!」

「ローク! く、くるぞ!」


 サーニャの呼びかけと共に。今度はニーナ自身が俺に駆け寄って来る。

 同時に戦士達も動き始める。あぁ、面倒くさいな。

 なるべく、ニーナ以外は無視したい。だけど、そうは言ってられない状況。


「私もいるぞ! 今度は好き勝手させない!」

「……サーニャ?」


 すると、背後にいたサーニャが戦士の攻撃を受け止める。

 二刀流で上手く剣を扱いながら。攻撃するというより、防御体勢をとっている。

 剣を交差させながらサーニャは体の反動で戦士を吹っ飛ばす。


「おら! よそ見している暇はねえぞ!」

「……ちぃ!」


 そうだ。他人の心配より自分だ。ニーナは力尽くで俺に剣を振りかざす。

 がぁ!? 何て言う馬鹿力だよ。まるで、大木がのしかかっているような。

 握力と素の力が違い過ぎる。これが、天職の剛腕の剣士の力。

 勇者の側近で王国に選ばれた奴の実力か。俺は、押し負けない様に体全体で受け止める。


 ――――こいつの怖い所。それは、やっぱり馬鹿力という所。


 トリス村で遊んでいる時も。こいつに力で勝った事はない。

 村の手伝いの時もそうだったな。薪を時間内にどれだけ斬れるか。

 毎回、ニーナの力の差に圧倒されて負けていた。

 考えてみれば一度も勝っていない。負けず嫌いだったのか、俺は何度も勝負を仕掛けた思い出がある。


 風圧が発生する。それがニーナの攻撃の威力にあらわれている。

 剣が折れそうになる。こいつ、あの時よりもさらに怪力具合に磨きがかかっている。

 汗を垂らしながら、俺は歯を食いしばる。


「こんなもんかよぉ?」

「ぐぅ! に、ニーナ」

「後、剣だけが武器じゃねえぞ? おら、覚悟しろよ」


 やばい! と思った時には。ニーナは急に剣を引く。そして拳を俺に向ける。

 気が付いた時には宙に浮かんでいた。

 つぁ……!? そうだったか、こいつは剣よりもこっちの方が怖い。

 さっきの戦士みたいに溶岩に吸い込まれない様に。

 俺は、痛みを我慢して両手を使って地面に着地する。

 危ない。にしても……痛いな。臓器の幾つか潰れたような感覚。

 まぁ、動けるから安心だな。俺は、立ち上がってニーナと対峙する。


「うおっと! あの女はこれで潰れたけどやっぱりロークじゃ駄目か」

「容赦がないな」

「当然だ! お前を殺す為に来たからな」

「……俺なんか相手にしてないで、あの勇者に尽くしとけばいいんじゃないか? その方が時間を無駄にしないだろ」


 周りの戦士達の動きも確認しながら。俺はニーナと話す機会が出来る。

 正直、もう俺に執着する理由がない。

 なのに、これだけの戦士を派遣して、本気の体制を整えてきている。

 ……やっぱり完全には断ち切れないか。それはそうだ。

 血が繋がっていないとは言っても、幼い頃から一緒に過ごしてきた。

 やっぱり知っておきたいよな。元通りにの関係にはならないけど。


「そんなもん決まっているだろ? それは好きだからだぞ!」

「……は?」


 ニーナは満面の笑みでそう答える。

 いや、何言ってんだこいつ。

 俺はニーナの言葉に呆気なくその場で立っていた。

 好きだからって。それじゃあどうして……。

 腹部を抑えながら、俺はニーナと向き合う。

 好きだという言葉にも全く胸が高まらない。


「んだよ……その顔? せっかく告白したのに」

「あ、あぁ? 意味が分からないな! また俺を騙すのか?」

「いやさぁ……好きだったのは本当だぜ? 少なくとも、トウヤと出会う前はなぁ!」


 再び攻撃を仕掛けて来る。俺は剣で受け止めようとする。

 だが、それは弾き飛ばされる。やばいな、単純な力の差が凄い。

 正面からでは絶対に勝てない。それだけは確証が持てる。

 地面に突き刺さり、手の届かない範囲に飛ばされてしまう。

 尻餅を着いて、顔の前に剣が迫って来る。

 ニーナは直前で剣を止めて、見下しながら話し出す。


「けど、勇者に負けたから……全てはローク! お前が招いたことなんだぞ?」

「はぁ? お前らが勝手に」

「二年間の間、何をやっていた? 私達の所に来る事も出来ただろ?」

「……それはこっちが聞きたい! 俺が二年間必死にやってきたのは……無駄だったのか?」

「無駄何もそんなの求めてなかったしな! せっかくだから教えてやろうか?」


 求めていなかった。確かにそうだ、俺が勝手にやってきただけ。

 村で一人で勉強して、修行して、帰りを待っていた。

 でも、その間に三人が王国で、勇者と行ってきた行為。


 ニーナは剣を納刀する。そして、俺の前に顔を近付けてくる。


「大人になれって言っただろ? お前が知らない事……トウヤはたくさん知っていたぜ? まぁ、それも無理もないか!」

「……」

「楽しい場所に美味い物……んで、夜はお楽しみの……」

「もういい」

「ここからが本番だぜ? トウヤの奴、三人同時にヤル事もあったからな! 気持ちよかったぜ? 無責任に私は」

「黙れ!」


 何怒ってんだよ。予測は出来ていた事実。二年間という時間は余りにも大き過ぎた。

 ニーナの言葉にもう耳を傾ける必要はない。

 勢いよく立ち上がり、俺はニーナに殴りかかる。


「はぁ、そんなもんかよ」


 片手で剛腕の剣士に止められる。

 どれだけ力を込めてもこれ以上は打開が出来ない。

 迂闊だったか。感情に支配されて判断が麻痺していた。

 そして、受けたのは強烈な顔面パンチ。

 踏ん張って吹き飛ぶのだけは防ぐ。


 ――――っ! いってーな。普通だったら折れてる所では済まない。

 メシっと音がして、殴られた左頬は痣が目立つ。

 手で摩りながら、俺はもう一度ニーナに拳を向ける。

 だが、何度やっても。


「ぐふ!」

「何度やっても」

「がは!」

「私には」

「ぐぅ!」

「勝てねえって言ってるだろ!」


 殴られて、蹴られて。血反吐と顔中が痣だらけになる。

 何発もやられて、俺は意識が飛びそうになる。

 こんなにも意地になって受ける必要があるのか。

 しかし、ここに今までの恨みを晴らす突破口があった。


「なぁ!?」

「はは、やっと攻撃を見切ることが出来た」


 パンっと! 心地のいい音と共に。俺はニーナのパンチを自分の手の平で防御する。

 持てる力を全て出してニーナの手を掴む。

 驚きを隠せないニーナの表情。それを見て、俺は口元を緩める。

 受け止めていない方の手で、俺は動きが止まった相手に。


「さてと……覚悟しろよ? これが成長した俺の力だ!」


 今度は避けられる事も、防御される事もない。

 この至近距離で勢いをつけながら。

 修行の成果とスキルの成長。ニーナの顔面目掛けて俺は全力のパンチをお見舞いした。


 ――――やっと、一発まともに食らわせることが出来た。


 ここからが反撃の時だ。

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