第20話 圧倒的な力を前にして


「何だよ……これ」


 魔物が村に侵入しようとしている。

 かろうじて結界で守られている。

 しかし、この数はいつか破られても不思議じゃない。


 ――――これがあいつらが言っていた終わりの時。

 だとしたらやばい。魔物は結界を破ろうとしている。

 この騒ぎに村の人達は勇者に助けを求めている。


「ゆ、勇者様!? こ、これは!?」

「さてと、あれを見てまだ俺達の話が信用出来ないか?」

「やれやれ、それにしてもこれは一段と数が多いですな」


 落ち着いてやがる。

 勇者もナイルも他人事のように見ていた。

 直感だけど私達の反応を見ている。

 村の人達は勇者に縋りつく。助けられたい。救われたい。

 目の前に強大な力を持っている勇者がいる。絶好の機会だ。

 だけど、この勇者はとんでもない事を言い出す。


「さっき、お前らは『愛』とか言ってたよな? それで何とかして見せろ」

「……っ! て、てめぇ……」

「出来ないんだったら、俺があの魔物共を倒してやる! だが、そうなると……今度こそ王国に来て貰う」

「そんな足元を見るような真似、了承するはずがない」

「そ、そうですよ! 私達だって選ばれた人達です! 自分達の力で勝って見せます!」


 シャノン、フローレン……助かる。当然だけど勇者の提案は断る。

 しかし、結界に亀裂が目立ってくる。本気で危険だ。

 このままだと魔物がトリス村に侵入する。

 私達がやらないと! あいつらを倒す!


 ――――っ! 足が動かねぇ! 何でだよ! くそ……畜生!


 それは魔物を初めて見た衝撃。恐怖に支配されて私は動けなかった。

 隣にいたシャノンとフローレンも同じ。

 実践経験がないから仕方がない。という理由で済ませられない。

 私達が何とかしないと村もロークもみんな死んでしまう。


「怖いのか?」

「……ぐ!」

「言っておくが、あの魔物は強い……お前達が挑んでも、体を噛まれ弄ばれ無残に喰い殺される……それでも挑むんだったら止めはしない」

「それは」

「そんなのやってみないと分からないですよね」

「じゃあ、やってみるといい、出来たらの話だが」


 シャノンとフローレンはやる気はある。と思ったけど、二人も私と同じのようだ。

 動こうとしない。それは生死がかかった体験をしたことがないからだ。

 それに比べて勇者は落ち着いている。恐ろしい奴だ。

 迷っているこの時間が無駄。

 村もロークも私達もこのままだと……。


「……分かったよ! 頼むから、あの魔物を倒してくれ」

「ちょ! 何言ってんのよ!」

「に、ニーナ!?」

「ほぉ? 急に気が変わったな? どういう風の吹き回しだ?」

「お前の言う通りだ! 私達じゃ勝てない」


 くっそ……私は勇者に懇願する。

 そりゃこんな奴に頼むのは癪。気持ち悪いし、うざいし、ロークをあんな目に合わせやがったし。けど、この状況を変えられるのは……こいつしかいない。

 だが、耳元でシャノンが少し怒り気味で。


「本気で言ってんの? 私達でも勝てるわ」

「馬鹿か! シャノンなら分かるだろ? あんな化け物に私達が勝てるはずがねえよ」

「はぁ? だらしない……そんなニーナ! 私が知っているニーナじゃないわ」

「……しょうがないだろ! じゃあ、お前は無傷であの化け物共を倒せるのかよ?」


 シャノンは何も答えない。

 反論しないのかよ。見限られたかのように。シャノンは私から離れる。

 こんなに消極的な自分も珍しい。けど、これも村の為、家族の為。

 勇者は私達の言い争いは無視する素振りを見せる。

 そして、剣を抜刀する。


 ――――んだよ、この剣……きれいだな。


 それは黄金に輝く剣だった。

 剣先から鍔の部分まで金色に輝いている。

 こんなの見た事がない。剣って銀色とかばかりじゃないのか。

 って、見惚れていてどうする。首を横に振って私は否定する。

 そして、結界が破られる。


 悲鳴が最高潮となる。村に魔物が侵入してくる。


 破滅の時が訪れた。しかし、勇者は一瞬の内に魔物の元へ辿り着く。

 いつの間に!? 見えなかったぞ。それはまるで閃光のようだった。


「秘剣『アポカリプス』……剣技【裁きの颯(さぎきのはやて)】」


 魔物の体が破裂する。その光景に私は瞳を見開く。

 あれだけの数の魔物を一瞬にして殲滅した。

 しかも、何が起こったのか理解が出来なかった。

 体が暴発し、風船が割れたような感じである。

 嘘だろう? あいつ本当に……やったのか?


 死体の山の上に勇者は顔色一つ変えない。

 そして、村の歓声が起こったのはすぐだった。


「……すっげぇ」


 思わず感想が口から出てしまう。

 ロークがあれだけやられたのも納得である。

 あいつは強い。強過ぎて言葉が詰まる。

 だが、その私の言動に。


「すっげぇじゃないわよ」

「……シャノン」

「あーあーこれで私達はあの勇者に付いて行くしかなくなったわね」

「……あ、あぁ」

「二人とも落ち着いて! ま、まぁ……何とかなるんじゃないかしら?」

「この状況でフローレンは相変わらずね! 本当に、やってくれたわ」


 しかし、私は見逃さなかった。

 シャノンは嘘をついていた。分かりやすい。

 フローレンも内心は何とかなるなんて思ってもいない。

 長い付き合いだから分かる。嫌な部分も見えてしまう。


「勇者様! 最高だ!」

「バンザーイ! 村を救ってくれてありがとう!」


 この状況で断れるはずがない。

 シャノンのやってくれたわという言葉。意図を私は理解する。


「それでは、約束通り……アレースレン王国に招聘致します」

「……その話は」

「はて? 利用するだけ、利用して事が済んだら捨てるのですか?」

「捨てるって、そういうつもりじゃ」

「貴方達は既に口約束ですが、あの勇者様に個人的に依頼をした……これは、どんな依頼よりも価値があると思うのですがね?」


 その後もナイルはネチネチと私達を責めてくる。

 挙句の果てに、断れば大量の依頼金と勇者に逆らった罪を背負わせると言ってきやがる。ふざけんなよ……だが、助けて貰ったのは事実。

 すると、勇者も村人の前を歩きながら近付いて来る。


「約束は守らないと……駄目だよな?」

「……ち!」

「そう怒るな! これから待っているのは幸せな生活だ」


 何言ってやがる。確かに、一度はこの村を離れるかもな。

 仕方がない。村を守るにはこれしかない。

 まだ未熟で幼い私達。外の世界の事なんて何も知らない。

 王国に行けば何かが変わる? いや、関係ねえな。

 絶対に戻ってやる。だから待っててくれローク。


 歓声が上がる中で私は決意する。


 そして、その夜。

 私は眠っているロークに手紙を残した。

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