第73話 次の襲撃場所と最悪の自己紹介

 それから、俺はニーナを探し出した。

 意識はないが生きている。顔は悲惨なものとなっているけど。森の中を引き摺りながら、パティとエドワードの元へ持ってくる。

 俺は大木にニーナを紐で括り付ける。逃げられないようにきつく縛る。さてと、こっちの準備は整った。


「せっかく、エドワードも来たことだ……自己紹介でもしようぜ」


 既に夜から朝へと時間は流れていた。

 長い戦いだと思っていたが、実はそうでもなかった。俺達はこの場に座って、休息も兼ねてそれぞれの紹介を開始した。でも、座る距離は結構な間隔があり、それぞれの想いの違いが感じられる。

 寝不足だ。全く寝れていないが、頭は回る。

 気分が昂っているんだろうな。また、目の前に縛り付けているニーナを痛めつけられるんだから。


「自己紹介……の前にこの状況は何なんだ?」

「……私の名前はパティ! 女神はだったけど、そこのロークちゃんの命を救って、色々教えたから追放された人間でーす!」

「女神? 死んだ? ……ロークちゃん?」


 静かな森の雰囲気を掻っ攫うかのように。

 パティは立ち上がって、声を張り上げる。

 話についていけてないエドワード。

 そして、俺はそんなエドワードに逆に問いかける。


「なぁ、エドワード……サーニャ達はどうした?」

「……っ!? それは」

「ロークちゃんも性格が悪いね……一部始終は見ていて、私が結果を教えてあげたのに」


 俺の問いにエドワードは黙り込む。

 本当にタチが悪い。全部結果は知っているのに。

 聞かずにはいられなかった。理性で抑え込もうと、人間は行動してしまう、口を開いてしまう。

 答えられないか。しょうがないか。

 しばらく苦し見ながら俯くエドワードに。


「……顔を上げろ、悪かったな」

「悪い、サーニャは敵に連れ去られて、ガルベスは旅団の奴らに殴られて、それで……」

「もういい、俺は間違っていたんだ」


 何をやっているんだ俺。

 どうして、人の責任に出来る? 

 こいつは、右腕を失ってまでも俺の所まで来てくれた。何で、そんな奴を追い込んでいるんだ。

 あぁ、そうか。思った以上に辛いんだな。

 復讐相手を目の前にしていた時間。あれは忘れさせてくれた。大切な人を失った苦しみ、悲しみ。

 だから、認めたくないんだ。子供のように、自分の責任ではないと。これだから俺は勝てないんだ。


 ふと、空を見上げると。今日は朝日がでていない。

 雨が降りそうだ。全く……俺の気持ちの様にどんよりとしている。

 この話し合いの意味は確かめる意味もある。

 俺は、もう後には引かない。ここからは……。


「だから、俺が敵だと思う奴は全員【殺す】……それは、お前達も含めてだ」

「……!?」

「顔が怖いわよ、ロークちゃん! ふぅ……それで、これを聞いて貴方はどうするの? エドくん?」


 ……パティが話に介入してくる。

 この俺の宣言にエドワードは驚いている。

 意図は伝わったていると思う。判断は難しいが、返答のないエドワードにパティは説明する。

 これは、俺がパティから聞いた事実。

 世界の真実、王国の支配、戦争。そして、俺の本当の力について。

 全てを話し終えた時。エドワードは口を抑えながら、考えている。そりゃ、迷うよな。


 戦争を止めたいパティ。王国の人間の虐殺の俺。

 正反対だが、どちらの目的も似ている。

 戦争を止める為には、やはり血は流れる。

 穏便に人を殺さずになんて無理だろう。

 そして、俺が危惧しているのはエドワードにはもう付いて行く理由がない。

 何故なら……。


「エドワード……お前の母親はパティの力で治せる」

「……! そうなのか!? いや、それは」

「俺が仲間の境遇について話した時に、こいつが提案してきてな……女神の力は失ったが、使える力は複数ある」

「そう! 特に回復魔術はこの世界で誰にも負ける気がしないわ! 死者を生き返らせるとか、そんな力は持ってないけど……」

「ほ、本当に母さんが……」


 胸に手を当てながら感激している。

 当然だろうな。これで、こいつの母親は助かる。

 パティは救える命は助けたいと。それは、戦争を止めるのと同じぐらいに重要。

 腐っても元女神。無限に近い魔力と、殆どの病気は怪我は治せる回復魔樹。

 だから、俺達と戦いに行く理由はない。


「助かる、それで家族と一緒に静かに暮らすんだ」

「……いや、俺だけそんなの、どうしてだ?」

「お前は俺と知り合ってから、よくやったよ……今回も辛い状況の中でお前だけは付いて来てくれた……」

「俺は、謝らないといけない! サーニャとガルベスを守れなかった、敵を倒してまだ話し合えば……」

「いや、ガルベスはともかく、サーニャは仕方がなかった……それで、今は片付けるしかねえな」


 便利な言葉だな、この【仕方がなかった】ってやつ。家族が人質にされている以上はもうどうしようもない。俺がそこに居たらもっと悲惨な結末を迎えていたかも。出来る限り穏便に済ませたエドワードには感謝しないといけない。

 だから、もうこれ以上はいい。

 エドワード、お前はここから先は関係ない。


「ローク……お前はサーニャを殺すのか?」

「……あぁ」

「それは、本当に殺せるのか? お前にサーニャを」

「殺せるじゃなくて殺さないといけない……もう、あいつは王国の人間だし、俺の敵だ」


 本当に凍りつくように冷たくはっきりと伝える。

 ……ってこいつは氷を使う魔術師だったか。

 これから先に希望は感じられない。

 こんな戦いにお前は不要だ。エドワード……お前は、母親と過ごして、少しずつ妹と向き合っていけ。それが、俺からの感謝の証だ。


 俺の宣言にエドワードは言葉を詰まらせる。

 敵は、王国の奴ら。そして、攻めてくる敵は全員殺す。これは、誰にも理解されないだろう。


「ふぅ……ここから先は今まで以上に血生臭い戦いになるわ、私達には明確な目的があるけど、貴方はもうここで達成される……」

「いや、俺にはまだ勇者に復讐を……」

「復讐……それに拘り過ぎると俺みたいになるぞ、お前には普通に生きて欲しい」


 まだまだ俺は甘いな。

 ここで、母親を治すという条件と交換でパティのように俺の為に戦って貰う。そう言えばよかったのに……捨て切れてないのか。でも、お前には俺のようになって欲しくない。

 始まっているクソみたいな戦争。これをどんな形でも終わらせる。


「ローク……俺は」

「でも、王国は全ての街や村を支配しようとしているわ! エド君の故郷の【スリムラム】も必ず標的にされる……そうなったら、巻き込まれる可能性も充分にあると思うけど」

「あぁ、だから次の制圧される場所を……」


 俺は急に立ち上がり、拘束しているニーナの元へ近付く。これから何をするか。そんなの一つだ。


「おい、いつまで寝てんだよ」


 足に力を込めて俺はニーナの顔面を蹴る。

 紐で縛られているので、吹き飛ぶ心配はない。

 その後は手に切り替えて殴る。

 顔以外に体のあちこちを殴って、ニーナを目覚めさせる。やり過ぎだと思うか? いや、これぐらいやらないと憂さ晴らしにならない。


「がぁ!? て、てめぇは!?」

「よぉ? 目覚めは最高か? ニーナ」

「解けよ……このうざったらしい私を縛ってるものを!」


 それは解けねえよ。この紐はパティの魔術が流れている。一種の拘束魔術の一つだ。だから、天職の力で暴れられようと絶対に解けない。

 最もこの弱ったニーナに抵抗する力は残っていないと思うが。手を伸ばしてニーナは俺を掴もうとする。足をじたばたさせながら。見ているだけで、哀れだな。そのニーナの手を叩く。

 そして、髪を力ずくで掴んで揺らしながら黙らせる。


 ……しばらくするとニーナは落ち着く。

 俺に蹴られ、殴られ、口から血を吐きながら。

 まだまだ足りないが今はいい。

 せっかく拘束したんだ、こいつにも聞きたい事は山ほどある。


「おい……教えろ、次にお前らが攻める場所は何処だ?」

「はぁ……? どうしてお前がそれを知っている?」

「あーそれは私! 説明すると長いから省略するけど……貴方達がこの世界を支配しようとしてるのは、ずっと見ていたわ」

「テメェが……何者なんだ?」

「それはこれから死ぬ可能性がある貴方に教える必要がある?」


 パティは冷たくニーナを遇らう。

 何だ? ニーナは眼を丸くしている。

 この事実は俺達には知らされていない。

 よっぽどの機密事項なんだろう。だけど、これだけ派手に暴れれば知られるのは時間の問題。

 そうなる前に完全に制圧すれば問題ないって考えか。いや、こいつにはマガトの証が付けられている。その状態で王国の情報を言うと……。


「でも、安心して! 貴方の付けられているマガトの証……だっけ? それは私の力で解除したから!」

「……は、え? それって」


 そう、こいつに付けられているマガトの証。

 パティは簡単に解除してしまう。

 本当にこの元女神は何でも出来る。でも、これはニーナの為ではない。少しでも多くの情報を手に入れる手段。王国内部に居た人間。それに勇者のお気に入りときたら、核心に迫る情報を持っている。


 だから……ん?


「あ、あぁ……ほ、本当に証が無くなったのか?」


 ……は? 泣いてる? 何だよ、こいつ。

 パティがマガトの証を無くした。それを聞くと、ニーナは涙を流し始める。いや、何だよその反応。

 まるで、取り憑かれた悪魔が居なくなったかのように。予想外の展開に俺を含めて、エドワードも困惑していた。だが、パティはそんなニーナに動揺しないで、言葉を続ける。


「マガトの証……複雑な魔術だったわ、これは誰に付けられたの?」

「んぐ、ぐす! な、ナイル……」

「そう、これが貴方を縛り付けていて、ここまでしないといけない原因だった……そうでしょ?」

「……うん」

「は? おい、ちょっと待てよ」


 狂気的なニーナはもう存在しない。

 いや、それはおかしいだろ。

 パティの質問に素直に答えるニーナを見て吐き気を感じてしまう。これが、俺が殺したかった奴なのか? ……あり得ないな。こいつは、演技をしている。俺をまた騙そうと……。

 思わず俺がニーナに問い詰めようとした時。


「……あんたも天職の一人なのか? それだったら、最初の話に戻るが次の襲撃する場所は何処なんだ?」


 ……そうだな。落ち着け。エドワードは離れていく会話の内容を元に戻す。

 ここで重要なのは次が何処に攻められるか。

 俺と違って冷静だ。的確に対応をしてくれる。

 やっぱりお前は……必要だ。だけど、そう言う訳にはいかねえよな。


 それに、ナイルって久しぶりに聞くその名前。

 あいつは勇者の側近の老人だったか。

 掴み辛い奴だったが、このマガトの証を付けている。厄介だな、やはり倒す敵は多い。

 そして、素直になったニーナは次の襲撃場所を俺達には伝える。


「……【セルラル】次は、多分そこだ」


 セルラル。それは俺が初めて来た街で、サーニャと出会った街だった。


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