第80話 コルニーとサーニャの覚悟

 あの話し合いの後の夜。

 自室の寝室で私は窓から見える景色を見ていた。

 綺麗……だ。とても栄えている。人が一杯居て楽しそうで活気がある。戦争中とは思えない。

 みんな、知っているのか? この活気はたくさんの犠牲の上で成り立っている。私は理解をしているつもりだ。馬鹿な、自分でもこの世界は残酷だ。


 こんな豪華な部屋で寝られるのも……。


「起きてるかい? サーニャちゃん」


 すると、こんな時間に扉が叩かれる。

 コルニー……何の用だろう? 思い詰めていると声が聞こえてくる。

 私は返事をしてコルニーを迎え入れる。


 こいつの提案で私は少しだが救われた。

 その提案というのが【セルラルを植民地と利用する】というもの。コルニーの意見は、勇者達を納得させられるだけの説得力があった。


「何で?」

「ん?」

「あの時に何で私を庇ったんだ? 下手したらお前は……」

「あぁ、うん! それは僕がその方が良かったんだと思ったからだよ!」


 部屋に入るなりコルニーは私に熱弁する。

 セルラルには優秀な人材が揃っている。

 冒険者ギルドも存在しており、冒険者が所属している。さらにはアレースレン王国には存在しない。

 そんな資材などもあるって言っていた。


 口をぽかーんとしている私。

 そこまで調べていたなんて。

 そして、唖然としている私とは対照的にコルニーは喋り続ける。


「勇者様やナイルさんが居る時に自分をアピールすれば、この王国でかなりの地位を手に入れられる……将来的に僕はこの国を変えたいと思っている」

「……え?」


 コルニーは私と違って頭がいい。

 それに、明確な目的もある。だから、その為に一直線に迷わず動ける。でも、国を変えたいと言うのは……初めて聞いた。

 何だろう? 出会って初めてコルニーの表情が怖いと思った。それぐらいに、暗く陰湿なもの。

 そして、コルニーは私に自分の気持ちを話してくる。


「僕は、君に目的はお金が欲しいと言ったけど……本当はそうじゃない! 本当は、【今のアレースレン王国を変える】というものなんだよ」

「……そ、それって! でも、それなら」

「それなら、何で王国の為に働いているかって聞きたいのかい?」


 そうだったのか。私はコルニーに翻弄されている。

 王国を変える。それだったら、何であんなにも王国に入ったのか? 潜入? 私には分からない。

 余計な事をすればマガトの証によって苦しむ。

 下手をすれば死ぬ可能性だってある。

 それでもコルニーは私に覚悟が決まったような瞳で。


「それは、【王国の内部】から変えないと意味ないって事だよ」

「内部? 中から変えるのか?」

「うん……言ってなかったけど、僕の家族はもう居ない、既にこの戦争で殺されているからね」


 え……? そうだったのか? じゃあお金を稼いで、家族や村の人を楽をさせたい。それは、嘘だったのか。じゃあ、コルニーは……。


「そんな表情しないでよ! 確かに僕の家族は殺された……だけど、悲しんではいられないよ! そりゃ、僕は強くないからそれを知った時は……どうにかなってしまいそうだったよ」


 コルニーは1年前に家族が殺されたらしい。

 というか、そんなに戦争が続いているのに驚きだ。

 ううん、この国は世界を支配しようとしている。

 少しの間でこれだけ占領しているのだから。


 コルニーの瞳に力が込められる。

 悲しんでいない。気にしてない。

 そうは言っても家族だ。きっとこの国を恨んでいるに決まっている。だからそこ、コルニーには自分の考えと信念があった。


「でも、考えたんだ! どうすれば自分の無念を晴らせるか……それは、やっぱり元凶の国に入り込んで、そこから変えるしか道はないと」

「……だから、コルニーは王国の戦士になろうと思ったのか?」

「あぁ、本当は僕だって戦争をしたくないし、人だって殺したくない……でも、これは仕方がないんだ」



 仕方がない。そ、そうなのか?

 人は殺したくない。戦争をしたくない。

 それは私と同じ。だけど、私は王国の戦士になりたかった。訳ではない。コルニーは家族を殺した王国に。自ら潜入して戦士にまで成り上がった。

 ある意味凄い奴だ。狂っていて、壊れているぜ。

 私にはそんな真似は出来ない。弱いから、意志も覚悟も弱かったから。


 死ぬ思いを経験してきたのに。

 私はまだ生温かったのだろう。

 あの時に、全てを捨ててロークに付いて行けば。

 どうなっていたんだろう? 後悔したのかな?


「仕方がないって! でも、それは」

「うん、だったら国の外から変えないといけない……そう言いたいのかな?」

「私達は戦士になって、マガトの証が体に埋め込まれている……逃げ場も自由もないよ」


 この証が私達を。

 ううん、王国の人の自由を縛っている。全ては勇者の判断で決まる。ここに来た時点でもう王国の為に尽くすしかない。そもそも、この国を変えるという考えがやばいと思う。私にはそんな未来が全く想像が出来ない。


「だけど、僕達はこの王国の優秀な戦士! サーニャちゃんは天職の力もある! ということは、【簡単には殺せない】ってことだよ!」

「そんな上手い話……あるのか?」

「あるはずだよ! 現に今の会話は確実に聞かれていたら、僕達は終わりだ……いや、言ったのは僕だけど、とにかく! 王国の内情を知るには、やっぱり内部に潜入するしかないよ」


 コルニーの意見は分かる。

 分かるけどよぉ……みんながお前みたいには出来ない。家族をこの王国の戦争に巻き込まれて死んだ。

 それが引き金となって気の弱いコルニーを突き動かしている。それで、動けるだけコルニーも勇者かもしれない。ある意味で、こいつもロークと似ている。やり方などは違うけど、復讐をしようとしている。


「私はお前みたいに強くなれない……もう、私は仲間を裏切った最低野郎だから」

「……それって、言っていた【ローク】って人なの?」


 その名前をコルニーに言われた時。

 私は両目を見開く。そうか、やっぱり聞かれていたのか。どうしようもない後悔と、寂しさで目の前に居ないロークの名前を読んでしまう。

 これが大失敗だった。きっと、コルニーは少ない情報であいつに辿り着いている。


 コルニーはそんな私を見て少し微笑みながら答える。


「きっと、その人は君にとって大事な人なんだね」

「……え?」

「僕が君と出会ってから一番と思える程に……複雑な表情をしているよ、はは! ごめんね、気の利いた言葉が思い付かないよ」


 優しく私にコルニーは伝えてくる。

 自分の今の顔はそんなに他の奴から見たら……やっぱり割り切れない。

 目立たない、静かに行動するなんて私には無理だ。

 ……やっぱり誰かと一緒に居ないと。でも、頼れる人なんて私にはもう。


「でも、君の仲間は僕達の敵なんでしょ?」

「……っ!? どうして、それを?」

「ごめん、少しだけど調べたんだ……今のアレースレン王国はその名前を敵視している」


 だから、ロークの情報は出回っている。

 当然か。私も含めてロークは王国に逆らった。

 後少しの所で王国に辿り着いたのに。

 でも、思えば着いたとしてどうなったのか?

 勝てるはずがねえだろ。こんな王国の奴らに……。


 コルニーは自分の意見を言うのを止まらない。


「みんなそのロークを倒せばこの戦争は完全に終わる……ていう意見が多い! それ程に、彼の力は強大なものとなろうとしているらしい」

「そ、そんな……」

「詳しい事は僕には分からない……だけど、ここに来た以上は僕達は戦わないといけない! ロークは王国にとてつもない憎しみを持っている、そうなんでしょ?」


 こいつは何処まで知っている?

 いや、それ程にロークの情報が回っている。

 もう、隠し通す事は出来ない。

 勇者もロークの力については知っているだろうな。

 ……私と別れてからさらにロークの力は覚醒している。確証はねえけどそんな気がする。


 今度は私が復讐される番だ。

 あんなにロークの過去を聞いて同情していたのに。

 戦わないといけない。

 この偽りのない事実が私を苦しめる。

 いや、私が苦しんでどうする? ロークはそれ以上に苦しんで今頃……。


「サーニャちゃん!?」

「……!?」

「もう僕達に選択肢はないんだ! 次に会った時はそのロークは全力で殺しに来る……王国は他の国や街の制圧と共に、【ロークを殺す】それも目的として動いているらしい」


 ……な、なぁ!? そ、そんなぁ。

 これが本当だとしたらもうロークに希望はない。

 そして、どのみち私が裏切ってなくても……その先に勝ち目はあったのか? 王国に来たからさらに分かってしまった。

 外からこの王国に勝てる人は居ない。

 とてつもない強大な力。英雄や奇跡が起きない限り。何で、こんな風に思ってしまうんだ。


 でも、普通に考えたらそうなるよなぁ。

 コルニーを否定したい。

 ロークと殺し合いたくない。

 それは都合のいい事だと思われても。

 欲深い私を許して欲しい。誰でもいいから、力を貸して欲しい。神様……に頼るしかないのかな? はははは……。


「辛いけどサーニャちゃん! やるしかないよ……でも、これが君が選んだ選択でしょ? だったら、後悔してられないよ!」

「そ、そんな事分かってる! わ、分かってるけど!」


 お前みたいに突っ走れない。

 ロークと居た時は馬鹿みたいに出来た。

 だけど、今は状況が一変してしまった。

 ……でも、中途半端だとまた守れる者も守れない。

 繰り返してしまう。コルニーの言う通りだ。


 私はこれを選んだ。

 何を被害者になろうとしているんだ。

 そんなんだから何も守れないんだ。


 この王国には家族がいる。

 私がロークよりも大切に想った家族。

 だから、この選択の結果を受け入れろ。

 瞳を閉じて私はコルニーにこう言った。


「分かっているから、私は殺すよ……だって、それを望んだのは私だから」

「……辛くて苦しいけど一緒に頑張ろう、サーニャちゃん!」


 私達は拳を合わせる。

 ごめんな、ローク。

 やっぱり私には抵抗する事は出来ないみたいだ。

 だけど、そんな中でも私には奥の手はある。

 ……それをやったら私の命は失うかも知れない。



 にししし……ローク。

 その時は私の為に泣いてくれるか?


 こうしてコルニー誓い合った後。

 瞬く間に時間は流れていった。


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