第81話 絶叫の牢獄とフローレンの力の秘密
……遂にこの日が来てしまった。
私は用意された赤い戦士服を着ながらそう想っていた。これは、両親が用意してくれたもので、私には赤色が似合うからというものらしい。
……嫌だな。せっかくママとパパが用意してくれたものなのに。こんな、戦争の為に。
いいや、私はもう決めた。
これが自分の選んだ選択肢なら……覚悟しろ。
鏡の前で両手で頬を叩く。気合を入れて私は部屋を出る。
それ以外にも私には気掛かりな事が沢山ある。
「が、ガルベス……」
そこに居たのは確かにガルベスだった。
セルラルに攻撃を仕掛ける一週間前。
私に会わせたい人がいる。そう聞いて私は牢獄へと連れられて行った。そこには、片目が潰れて、身体中が痣だらけの大男。
鎖に繋がれており、その裸体は傷だらけだった。
相当痛めつけられたんだろう。
ガルベスは私を見るなり、とても掠れた声で呼びかける。
「よぉ、さ、サーニャか?」
「何で……こんな」
「最後までよぉ……抵抗したらこのザマだ……お前ば大丈夫なのか?」
拷問を受けたのだろう。
かつての仲間をこんな形で見る事になるとは。
自分がこんな状態でもガルベスは私を心配してくれている。その気持ちに私は涙を流しそうになってしまう。いや、何を泣こうとしているんだ? 私が決めた事だぞ? 何を考えているんだ……。
そして、背後から足音が聞こえてくる。
「あら? 既に誰か居たのね?」
地下に鳴り響くヒール音。
その正体は……フローレンだった。
パーティの後だろうか? 彼女は高価なドレスに身を包みながら、私を見て微笑む。
「貴方は……サーニャちゃんね! こんな所で何をしているのかしら?」
「……それはこっちの台詞です! わざわざこんな場所まで呼んだのは貴方ですか?」
でも、その笑みは明らかに私を嘲笑っていた。
フローレンは私の怒りが混じった質問に対して。
しばらく、何も答えず指を口につける。
そして、その後の言葉は私を激怒させるのには、十分だった。
「それは、ガルベスこの姿を貴方に見せたかったからよ」
「……つぅ! ふざけるな!」
私はフローレンに殴りかかろうとする。
だけど、その前に私は首元を中心に激痛が走る。
あの時と同じだ。体全体が締め付けられて、動けなくなる。私は地面に倒れ込んで、立ち上げれない。
痛みは続く。まさか……マガトの証の権限はフローレンにもあった。彼女も力を使いこなしている。
力を振り絞って私はフローレンを見上げる。
駄目だ……やっぱりこの証がある限りは自由になれない。
「あらあら? そんなに暴れて悪い子ね?」
「ぐぅ……」
「貴方はもうこの王国の指示通りに動けばいいだけなの! でも、私はこんな【支配される側】になるつもりはさらさらないけどね!」
頭の上をヒールで踏まれる。
痛い、醜い。これじゃあまるで奴隷だ。
王国に来て贅沢な生活は出来る。
安全な位置で後はアレースレン王国が全てを支配するのを見ているだけ。
私達は戦争に駆り出されるのに。
そして、フローレンは私達に自慢げに説明する。
「私の力と技術はとても希少が高くて……普通に考えて亡くなった人を生き返らせる! そんなの出来っこないわ!」
「で、でも! 貴方はそれを」
「生き返らせたい人の【体の一部分】があればいいのよ! こんなに丁寧に教えてあげている意味は分かる?」
あ……体が楽になっていく。
証の効力が弱まっている。
フローレンがこんなに私達に自分の力を教えてくれる意味。すると、柔らかくてしなやかな指先が、私の頬に触られる。そして、その時のフローレンの表情は。
「貴方は腕や足が斬られようと、頭を潰されようと、どんなに残虐な死に方をしても……体が何処か残っていれば生き返られる事が出来るから! だから、安心してロークと戦ってね!」
「あ、あぁ……」
狂気に満ちた表情。とてもこの状況を楽しんでおり、興奮していた。顔は紅潮しており、対照的に私は放心状態だった。
糸のない操り人形のように。初めから私とロークが戦わされるように仕組まれていた。
これを間近で聞いていたガルベスは暴れながら。
「おい、やめろ! テメェは何を考えたらそんな事が出来んだ! ふざけるのも大概に……」
「あーうるさいわね……」
その瞬間。鎖から電流が流れる。
これは、見た事がある。あの人、シャノンというスリムラムで戦った女性。間違いない。あの人の電撃によるものだ。私は遂に泣いてしまう。
もう、やめてくれ。どうしようもなく、私はその場で泣き崩れるしかなかった。
しばらくして、鎖から流れる電流は止まる。
どうやら、王国はニーナさんの力は私に。そして、シャノンの力は兵器として扱われている。
その事実を知って私は顔が青ざめる。
「あーあ……可哀想に」
「ガルベス!」
「安心しなさい? 死んではないから……でも、貴方が反抗的だともう少し苦しむ事になるかも?」
そ、そんなのやだぁ。煙がこの場に蔓延する。
相当な電流がガルベスの体を通過したのだろう。
フローレンは死んではいない。そう言うが、ピクピクと魚のように動くだけだった。
これ以上は見てられない。
家族を、そして目の前の仲間を。
私は見捨てられない。あぁ、こうやってどんどん飲み込まれていくんだ。この王国の考えに。
そして、私は鼻水と涙が止まらない顔で。
「おねがぁいしま……す、もうこれ以上はやめて下さい」
「うーん? そんなにやめて欲しいの?」
私はフローレンに縋り付く。
どんなに私が汚くなろうと知った事ではない。
ガルベスが苦しむ姿はもう見たくない。
そんな虫のように這いずっている私を見て笑っている。よっぽど愉快なのだろう。笑ってくれ……それでもいいから、ガルベスを助けてくれ。
「ざ、けんな!」
……嘘? あれだけの攻撃を受けたのに。ガルベスは顔を上げながら私達の方を見ている。
もう、まともな精神状態ではないはず。
それなのに、私に無駄な心配をかけたくないのか。
でも、もうガルベスは限界のはず。
うぅ……もういいよ。もういいから! 心の中で必死に叫ぶ。だけど、ガルベスには届かない。
ここで私が何かを言ったら、今度は何をされるか?
私も電流の攻撃を浴びるかもしれない。
また、マガトの証で苦しめられるかも。
様々な不安が私を襲う。だから、言葉に出来ない。
でも、その反面ガルベスは気力を振り絞って声を張り上げる。
「俺はてめぇらに負けたつもりはねぇ! 仲間を、傷つけて! 大切な人を傷つける! そんなお前らのやり方に従うぐらいなら……死んだ方がマシだ!」
「や、やめて!」
私には分かる。
強がっていても、声が震えている事実。
何でこんな私の為に……必死になってくれるんだ。
何もガルベスまで死ぬ事ないのに。
自分はもう死ぬ可能性が高い。明るい未来など残されていないのだから。だから、せめて……大切な人には幸せになって欲しい。
この想いが矛盾している。だって、私はこれからロークと戦うのだから。それなのに……。
「ふーん? じゃあ……死んでもいいよね?」
「ぐぅ……ああああああ!」
再び電流が流れ始める。
私にこれを見せるのが狙い。
完全に私を屈服させる為だ。
殺す気だ。フローレンは白い歯を見せながら笑っている。何で……笑えるの? 痛がっているのに。
人があんなに苦しんでいるのに!
今にでもこの女を殺したかった。だけど、マガトの証がそれをさせない。
「つぁぁぁぁぁぁ!」
「あらあら? まだ抵抗する意志を見せるの? 本当に……まだまだ調教が必要みたいね!」
地獄の時間。私の怒りがマガトの証に反応する。
信用されていない。だから、精度が高過ぎる。
そして、身体中の激痛から解放された時。
「あ、あぁぁぁぁぁ!」
私はその場で絶叫してしまう。
だって、隣のガルベスが見るも無惨な姿になっていたから。頭を抱えながら私は泣き叫ぶ。
でも、この鳴き声は誰にも届かない。
この地下の牢獄に吸い込まれていく。
後は覚えていない。でも、最後にフローレンは私にこう言った。
「これで心置きなく戦えるわね! ガルベスは残念だったけど……気が向いたら生き返らせてあげる!」
こうして戦いは始まる。
でも、待っているのは……絶望だけだろう。
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