第23話 過去とニーナと決着


「ふざけるな」


 長い回想が終わった。

 俺はニーナの胸ぐらを掴む。

 聞きたくないが、聞いてしまう。

 震え上がる怒りを拳に込めてニーナの顔を殴る。

 何度も、何度も。容赦とか情けとか考えられない。

 この時の俺はどうかしていたと思う。

 けど、止められなかった。怒りに身を任せて、俺はニーナを殴り続ける。


「お、おい! ローク! や、やめた方が……」


 サーニャの心配する声も聞こえない。

 一心不乱だった。まるで、魂を吸い取られた人間のように。

 ただ、目の前のニーナ(クソ野郎)に拳を向ける。

 口から血を吐いて、顔面がどうかなろうと関係ない。

 しばらくして、疲れたのか。俺は呼吸を荒くする。

 中断して今度は険しい表情で、ニーナに自分の感情をぶつける。


「……約束したよな? ずっと一緒にいるって……二年間、頑張って待っていた仕打ちがこれかよ!」

「だから、そんなの望んでねえって」


 最低とか思えなくなった。

 俺が今しているのは、こいつへの報復。

 この火山が噴火するように、俺の感情も爆発している。

 誰にも止められない……と思う。

 望んでいないという言葉で、俺のボルテージは最高潮となる。


 ――――殺す。絶対に殺す! 殺す、殺す、殺す。


 何が世界を守る勇者だ。王国を守る勇者だ。

 大切な人を奪いやがって……。口の中が渇く。

 下を俯きながら、地面に流れ落ちたニーナの血。

 自分の手の平にもそれは付着していた。汚いな。


 結局、あの二年間はおろか。村で過ごして来た時間も無駄だったんだ。

 何が約束だ。何が一緒にいたいだ。少なくとも、ニーナは確実に勇者の虜になっている。いや、シャノンとフローレンもそうだった。

 話は聞かずとも、容易に予測が出来る。きっと、再会したらもっと悲惨な話が待っているだろう。いや、これでも俺の心は切り裂かれた布のように。ボロボロだけど。


 あぁぁぁぁぁぁぁぁ! くっそ!


「殴って、気が済むなら、それでいいじゃねえか! あっははは! おい……分かってるよなぁ? お前らはもう重罪人だぞ」

「あ? それはお前に言われたくねえよ! こいつ(サーニャ)をこんな目に合わせて、ただで済むと思ってんのか?」

「何にも分かってねえな……そんなもん、私達の権力を使えば揉み消すことが出来るんだよ!」

「な、なぁ! うっそだろ……で、でも! やられた本人の私がいるんだ! そ、それじゃあ駄目なのか?」

「ばーか! 誰がお前みたいなヘボ剣士の言う事を信じると思うか? 自分の立場をわきまえろ! きゃははははは!」


 ――――判断が遅れる。サーニャはその発言で怒ったのか。

 剣を抜刀してニーナに斬りかかる。

 だが、遅れた分は咄嗟に腕で防御する。


「あ……ろ、ローク!」

「いってーな! はぁ、人の事は言えないけど落ち着けよ」


 ただの挑発だ。って、自分もニーナの話に激昂したけど。

 しかし、スキルの影響で強化されているのか? 腕は少しの掠り傷で済んだ。

 石のように硬い腕。サーニャは困惑しながら。


「あぁぁぁぁぁ! すまん、私はまた……」


 剣を地面に落とす。脱力感が感じられ、また泣きそうになる。脆いなこいつも……人の事は言えないけど。

 しかし、俺は掠り傷を軽く手当てしながら。


「気持ちは分かるけど、それはお前がやる事じゃない!」

「わりーつい頭に血が昇っちゃってよ、ヘボ剣士なのは認めるけど……」

「……俺と違って、サーニャは立派な冒険者になるんだろ? だったらこいつの為に、その夢を見失うな! 後は……王国の戦士を倒せたんだから、ヘボ剣士じゃないよ」

「ろ、ローク!?」

「つぁ!? てめぇら! いい雰囲気になってんじゃねえよ! 終わりなんだよ! おい……ロークは問題外だが、サーニャ! お前も……こいつと関わった時点で普通に生きれると思うなよ?」


 ニーナは狂気的な笑みを浮かべる。あぁ、そういうことか。

 サーニャの顔を見ると、何とも言えない表情をしている。

 絶望というか、苦渋というか、サーニャは迷っている。

 そりゃそうだろう。俺と過ごした期間は短い。それに、特に何かした訳でもない。

 ケラケラと笑うニーナ。……ふざけるなよ。


「安心しろ、サーニャ……全ての責任は俺がとるから」

「は、はぁ? お前、何言って」

「大丈夫だから、周りにも『ロークという男が全て悪い……あいつは世界の敵』とか言っとけばいいだろ」


 暗闇から抜け出せない様に。闇はどんどんと深くなっていく。

 後戻りは出来ない。俺はそう言い放ってサーニャに背を向ける。


「おぃ……ローク」

「泣くなよ、元々は俺が悪いんだから」


 自己嫌悪に陥っている。再びニーナの方に視線を向ける。

 号泣しているのか。咽ながらサーニャは俺の名前を呼ぶ。

 やめろよ。思い出す。こいつが、小さい頃に泣いていた光景と重なる。


 ――――いつの事かは忘れた。だけど、そう言えば俺が慰めてたな。懐かしい。


「カッコつけんなよ、ローク……お前は一人じゃ何も出来ないだろ! 今回だって、そこのヘボ剣士に助けられて」

「それはお互い様だろ? ニーナ……気付かないのか? 環境に恵まれて、勇者と色々としてきたから……そんなに強くなったんじゃねえのか?」

「あ、あぁ? ぐふ!」

「でも、その強さも結局は『偽物』だった」


 俺は蹴りつける。もう女性だからとか。同じ村に住んでいたとか。何も考えられなくなっていた。

 剣技の使用後。力が戻ってきて俺は剣を握る。

 腹部を遠慮なく蹴った後。俺は、剣を後ろに引く。


「そう言えば……トリス村でお前は俺にこんなことしたっけ?」

「……!? ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」


 胸部の辺りを剣で突き刺す。

 悲鳴がこの場に響き渡る。マグマと同じぐらい。いや、それ以上に赤い液体が噴出される。

 これ以上の痛みが俺を襲っているんだぞ?

 お前の痛みは体だけかもしれないけど。俺の痛みはそれ以上だ。


 ――――男としても負けた。剣士としても負けた。あいつ(勇者)は強大な敵だ。

 俺は、剣を押し付ける。ニーナは体をじたばたして、何とか引き抜こうとする。

 させない、絶対に負けない。もう、満身創痍なのにどんな馬鹿力してんだよ。

 これが【天職】の力だとしたら驚異。


 だが、この場はもう勝負は決している。


「その証拠に……【錆びれた剣士】何て恵まれないスキルを貰って、さらに……頼れる人がほぼいない状態でお前に勝っているんだからな!」

「ぐぁぁぁぁぁぁ! てめぇぇぇぇぇ! ローク!」

「どんなに騒ごうと、どんなに喚こうと終わりだ! このクソ野郎!」


 ニーナ……お前の敗因。

 それは、俺の力を甘く見ていたこと。

 慢心するのは勝手だけど明らかにそれが見えた。

 確かに力は圧倒的。それは認めるけど、それだけでは勝てない。

 その油断が命取りだったんだ。村に居た時もそうだった。


 一度だけ、力勝負で勝利した事がある。それは、ニーナが油断した時。

 今回も、それにあてはまる。ずっと一緒にいたからこそ分かる。

 とは言っても強かったけど、俺の成長し続けるスキルもあって勝てた。


 俺は、顔をニーナに近付ける。

 可愛かった顔。それが俺の手によって傷つけられている。

 皮膚が破れ、骨が折れて、無残な状態になっている。

 これで助かっても結婚は出来ないだろう。女性にとってこれ程に屈辱的な出来事はない。

 まぁ、これもフローレンとかシャノンに治される可能性はある。


 だからここで終わらせる。


「お前も、シャノンも、フローレンも、勇者も全員殺す!」

「がはぁ! お、お前……何て顔してんだ」

「あぁ……そんなに怖い顔してるのか?」


 自分では確認出来ない。

 だけど、ニーナの態度が急変する。

 それぐらいに俺の顔は変化していた。でも、不思議とは思えない。

 怖がっているニーナ。けどな、こういう顔にさせたのはお前らなんだよ。

 酷く怯えている。何だよ、これ。剣を引き抜いて別の個所に突き刺す。

 足、腕、と順番に刺していく。


「あ、がぁ」

「あっはははは! おいおい……まだ死ぬなよ? お楽しみはこれからだぞ」

「て、てめぇ……ゆ、許さねぇ、わ、私は」

「俺の事を好きって言ったのに許さないのか? もういいから、死んでくれよ」


 普通なら意識が飛んでもおかしくないのに。

 もう、終わりだ。これ以上長引かせると危険だ。

 こいつの回復力は凄い。だからここで……殺す。


 ――――俺の中にあった微かな希望。

 まだ洗脳とかなら、気持ちに余裕が生まれた。

 なら、勇者を倒せば元通り。とはいかないと思う。

 けど、ニーナは俺は殺さなかっただろう。

 でも、こいつは二年間の間に。あいつと……体も重ねていた。


 最後、俺は心臓の部分を狙う。

 ここを刺したら全てが終わる。楽しかった思い出も崩れ去って消える。

 あーあー何でこうなったんだろうな。

 失禁寸前のニーナ。もうこれ以上痛めつけても変わらない。

 俺は、躊躇せずに最後にこう言って。


「さようなら」


 プチっと血管の切れる音。そして、人形のように動かなくなったニーナ。

 血飛沫が俺の顔を襲う。汚いとも思わず、俺は空を見上げる。

 やった。やっちまった。やった! 遂に殺した。

 何とも言えない喜びが俺を包み込む。爽快感も後悔も全くない。

 これ程に虚しくて、目標を達成し満ち溢れている瞬間もない。

 様々な気持ちが交差して俺は笑う。


「あは……あっはははははは! やった、やったぞ!」


 今日、俺は殺した。ずっと一緒に過ごして来た村の幼馴染。

 笑いが止まらない。サーニャは顔を隠している。表情が見えないが引いているだろう。


 待ってろよ、勇者。シャノン、フローレン。お前らはこれ以上に酷い目に合わせてやる。

 何処かにいるかも分からない。だけど、空を見上げながら強く誓った。


 こうして一つの復讐が終わる。そして、また次の復讐が始まる。

 世界が敵に回ろうと。俺はやり遂げる。

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